第24話:公爵家の御忍び気分 4
昼食場の【すばらしきかな肉】を後にして、この後からは特に計画の無い一行。
本当の目的地であり、イント君と会わなければいけない【バーボンハウス】へ行くのは夜のため、日没まで時間をつぶす事にした。
特に目的もないまま賑やかな露天通を色々と覗いて行く。
図書を扱うお店では、見たことの無い小説が置いてあり、一同大興奮であった。
もちろん、とりあえず全部買っておいた。ジャケ買いは基本である。
露天の種類は、全体的に食べ物が多い印象だった。
そして、貴族街にすら回ってこないレアな食材の宝庫でもあった。
「おや、いらっしゃい! 隣国の新種だよ! 見て行っておくれ!」
「うわぁ…見た事の無い物ばかりですね! これなんてカラフルでとっても可愛らしい形ですこと」
「別嬪さん達お目が高いね。それはザクレリルっていう新しい果物でね、色によって味が違うんだよ。
試しに…ほら、この赤い実を食べてみな。そっちの別嬪さんにはこの緑のやつだ。そっちの子らにはこの黄色だ。後ろの…ほら、どこかで見たこと有る気のするお二人さんにはこの青いのをあげようかね。さぁ、食べてみな」
色で味が変わるだと…。どういう原理なんだ…すげぇ果物もあるもんだな。
俺はおばちゃんにもらった赤い実をしげしげと見つめる。
一口で口に入れるのに丁度良い大きさだな。皮も食べられるようだし、とりあえず食ってみれば分かるか。
甘みの強いスイカみたいな味だ。水分量も結構あるから、ペロリと食べれてしまう。…これは旨い!
他の皆も予想外の味だったのか、一様に目を見開いている。いやぁ、びっくりするよね。カラフルなブドウからこんな味がするなんて想像もつかないよ。
「これはいけるねぇ、食べた事のない爽やかな匂いが口に広がるよ。立食の席でちょっとつまむのにも良さそうだね、どうだい? マルシャ」
「えぇ、あなた。本当に不思議で美味しい果物だこと。今度王宮でお茶会があると呼ばれているのだけれど、お土産にしようかしらね。…店主さん。これは日持ちはするかしら?」
「そうだねぇ、日陰に置いてもらえればあと5日はもつよ。隣国から未熟性の状態で7日かけて持ってきて、正直それでもまだ少し早いくらいだからね。2・3日置いてもらった方がこれよりもさらに美味しいよ!」
「まぁ! それは尚素晴らしいわ! 店主さん、こちらお幾つあるかしら?」
「おや、気に入ってくれて有り難うよ! 在庫は5房入りの木箱が13箱だね。まだ沢山あるから売り切れなんて気にしなくても大丈夫だよ。別に売り切れたってその方があたしは嬉しいんだけどね! はははっ」
「あら、大丈夫なのね。では13箱くださいます? おいくらになるのかしら」
「あらありがとよ。んじゃあ13箱で……え? ええっ? いや、待っとくれよ。本気かい? そんなに気に入ってくれたのは嬉しいけど…えぇ…」
「おばさま、大丈夫です。ちゃんと消費させていただきますわ。うちの母は浪費癖があるわけでは御座いませんのでご安心ください」
「いや、まぁどういう使い方してくれたっていいんだけどさ…。…ああ! 分かったよ! 本気なんだね!? 1房200リラだから13000リラだ! 大丈夫かい? 高くてびっくりしただろう! 払えるかい?」
お母様はニコニコ笑顔でポンと出して「いい買い物ができたわねぇ。」とホクホクしている。
おばちゃんは
「たまげたねぇ…」
と言いながらもしっかりと数を数えている。しっかりしてるな。
ちなみに、先ほどの昼食が一人350リラだった事を考えると確かに高いと思うが、果物ってのは総じてそういうものだしな。むしろ1万リラのメロンとか平気であるし。
「確かに。毎度有り難うね! これはおまけにつけとくよ! この後回りながらでも食べておくれ!」
おばちゃんはすぐさま切り替えて、1房おまけを付けてくれた。いい対応だ、リピーターになりそうだよ。
露天通の各所に立てかけられている貸し荷台に箱を載せ、配送屋へ向かう。
5箱を我が家へ、8箱を王宮の王妃様へお母様名義で送っておいた。そのまま送ろうとしてたので、慌ててメッセージカードを書かせた。
お母様は
「えー」
とか面倒くさそうな顔をしていたが、いやいや、いきなり物が届いても怪しまれて廃棄されるのがオチだろうがよ。差出人なんていくらでも偽造が効くんだからな。
その後も、存在意義が分からない無駄雑貨にケラケラ笑ったり、なりきり店とかいうお店でまたもや着せ替え人形にされた上、撮影会まで開かれたり、休憩で立ち寄ったカフェの紅茶がめちゃめちゃおいしく、茶葉の出所を探したり、なんて事をしていたら、すっかり日も落ちてしまった。
「もう日が暮れてしまったわね。では、そろそろ夕食ついでに本当の目的地に行こうかしらね」
あぁ、ついに時間が来てしまったか…。まぁ、散々考えた事だ。怖気づいた所で問題が片付くわけじゃないしな!
「お嬢様…。お嬢様がお決めになった事ですので、誰も文句なぞ言いません。その答えに全力でサポートさせて頂きますので、自信を持ってお返事してくださいませ」
「ありがとう、アセーラ。やっぱり頼りになる親友だわ」
アセーラからの小声のエールはとても有り難く、すっと気持ちが楽になったような気がした。
中央通へ出て、貴族街の通用門に程近いお店へたどり着いた。
相変わらずキイキイ鳴る扉を開けて中へ入る。そこにはイント君の姿は無かった。まだ来ていないようで、正直安堵のため息が漏れる。
マスターに声を掛け、俺はカウンターへ、家族は奥のソファ席へ座った。
こんな団体で来られた事は初めてだそうで、マスターは驚いていた。
「マスターの出すお酒とお料理は本当に美味しいですものね。お声を掛けさせていただきましたわ」
「別嬪の嬢ちゃん…、っくう…俺ぁ嬉しいよ。こんな良い子に使ってもらえてよぉ。…よっしゃ分かった! 最高のまかない食わせてやっからな!」
マスターは意気込むと、奥に引っ込んで行った。代わりに、ウェーブがかった青っぽい髪を腰辺りまで伸ばしている綺麗な女性が出てきた。
何と言う事でしょう。あのリーゼントにこんな綺麗な奥様が居られたとは…。
世の中は不思議で溢れているな。
しばらく奥さんと歓談していると、「お待ちどう!」という声と共にお皿を持ったマスターが現れた。
「今日はサンガレオンの肉が入っててな! 普通に絞めただけじゃ臭くてかなわねえんだが、俺が使ってる肉屋は腕が良くてね、きっちりと血抜きをするから、臭みが全然無いんだよ。元来の臭みのせいで貴族様達にはあまり食べられてねえんだが、こいつの本当の旨さを知ったら、ただのイノムーの肉なんざもう食えねえよ?
今日はさらに臭みを取るように、シチューにしたぜ!
元々サシが入って柔らかい肉だが、煮込む事でもっと柔らかくなってる。…まぁ御託はいいか! 食べてみてくれ」
結論から言うと、めっちゃ旨かった。デミソースを彷彿とさせる特殊なベースソースにゴロッと大き目の野菜が入っていて、食べ応えもバッチリだった。肉は最初に炭焼きをしてあるそうで、煮込んであるはずなのに肉汁がしっかり詰まっていて、とてもジューシーだった。
家族の方を見れば、皆一様に弾ける様な笑顔で食事をしていたので、家族も気に入ってくれたと言う事だろう。良かった良かった。
食事も頂き、とりあえずエールをチビチビ飲みつつマスターと話をして時間を潰す。
「お、別嬪さん、今日も来たようだぜ。ここんとこ毎日来ちゃあ身の上相談とかされるもんだから、もうまいっちまうよなぁ」
そう言いつつもまんざらでもない顔をして、鼻の下を擦ってる。うん、何か話してて思うけど、人にちょっかい出すの好きそうだよね、マスター。
顎で示された方向を見ると、何故かおどおどした様子で入ってくるイント君がいた。
目線が定まっておらず、此方に気付いていないようなので、呼びかける事にする。
「イント君~、こっちこっち、こちらですわ」
「うひゃうっ!? あ、れ…リースさん…? っ…!」
何そのビックリの仕方。めっちゃかわいいんですけど。
こっちを見て、何だか複雑そうな顔をしつつも、ぎこちない笑顔を貼り付けて近づいてきた。
「リースさん、6・7日ぶりくらいだね。今日はどうして此処へ?」
「貴方に会いに来たんですよっ。なぁんて…ふふふっ。まぁ…でも、少しお話がしたくなって、と言うのは本当です。約束も取り付けていませんし、会えて良かったです」
「そっか、じゃあ、一先ずは、再会の記念に乾杯でもしようか。────…、じゃあ、乾杯!」
カコン、とエールの入った樽ジョッキを打ち合わせ、ゴクゴクと喉を鳴らす。おぉ? イント君すごい飲みっぷりだな。もう空けちまったのか。
それから二人で、しばしの間近況の報告だとか、イント君が紹介したヨーソロ船長の本を手に入れて読んでみただとかを話した。
酒も、ワイワイやるエールからウイスキーっぽい樽酒に切り替えて、大きな氷の入ったグラスをカランカランと弄び始めた頃を見計らい、本日最大のテーマを切り出す事にした。
「…それでですね、イント君。この前此処で会った時に言って頂けた事の件なんですけど…」
「あぁ…騎士様への返事の件だね。どうしようって決めたんだい?」
「あぁ、その件もありましたね。騎士様へは、お断りさせて頂く旨のお手紙を出させていただきました。それともう1件なのですが、その時にイント君が、私の事をす、す、す……まぁそのような旨をお気持ちを伝えてくださった事の話です」
「あ、あぁ…その事、も、そうだよね…」
「あ、あのお言葉は! …あのお言葉は、とても嬉しかったです。私自身も、イント君とお話させて頂いていると、とても楽しかったですし、時間を忘れてしまうほどでしたし…」
あぁ、言い辛いなぁ。上手く言葉が出てこない。この選択を、自身の奥底の何かにさえぎられている様な感覚に陥る。これで良いのかと。
「それで、ですね…。あの…お返事をさせて頂きたいのですが、…あのお話はも───…」
「あー、ごめんね? リースさんが公爵家の娘さんだとは知らずに、身の程知らずな事を言っちゃってさ。あれは、ほんの冗談だよ。あんまりリースさんが周りが見えてない感じだったからつい、ね。あっはは」
さもおちゃらけた様な仕草で、突然そんな事を言い始めたイント君。
冗談という単語を強調しているが、うん、分かるよ。いくら鈍感で人の気持ちを察せ無い俺でも分かる。
無かった事にしようとしてくれてるんだよな。この酒場だけの飲み友達という関係を崩さないように1つの壁を作ってくれたんだね。
イント君の事は、嫌いじゃない、むしろ好きと言えるだろう。だけど、俺の中で今現状恋愛をするという心が出来上がっていないのだ。
だからこそ、あの話はもう少し待ってもらえないかという答えになっていない答えだった。
ひどく曖昧な返事をしてしまう事で、友達以上恋人未満という微妙な関係になり、逆に気を使って離れてしまうのではないかと危惧していたのだが、それをイント君の助け舟によって回避できた。
「…有り難う、御座います……。え、えー、冗談だったんですか!? 酷いですよぉ。乙女心を弄ぶなんて、イント君は女たらしなんですね!」
「えっ…、ち、違うよ誤解だって。僕はリースさんの為を思って…」
「ふふっ、あははは、慌てるイント君もかわいいですねぇ。……でも許しません! 罰として、これからも偶に私と酒場で落ち合う事!」
「か、かわいいって…、えっ…あ、ああ、分かったよ。しょうがないなぁ、ははは」
結局、逃げに他ならないのだが、イント君の好意に甘えてしまった。
その後、頃合を見て家族に目配せし、先に失礼させて頂いた。
お父様が会計をしてくれている間外で待っていると、肩を抱かれた。横を見やると、とても温かみのあるお母様の微笑がそこにあった。
「結局、私の弱い心のせいで、お相手に気を使わせてしまいました。…どうすれば心を鍛える事ができるのでしょうか」
「良いのよ。貴方はまだ14にもなっていないじゃないの。これからゆっくりと、育ててゆけばいいわ。私たちも着いているのだから、頼れるうちに頼って欲しいわ。今回は、よく悩み、よく決めましたね。えらいわ、私のかわいいリース」
甘やかされてるなぁ、と思う。それでもまだ、今はこの揺りかごの中で存分に遊ばせてもらおうかなぁと感じる暖かさだった。
この日が来るのが只管嫌だったが、終わってみれば、この方が良かったのかもしれない。俺は女々しいからな。一人でうじうじいつまでもやっていたかもなぁ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エアリース達が外へ出て行くのを見送り、ドアを閉めた後、静かにカウンター席に腰を下ろしたイント。
「掠れていたけどちゃんと聞こえた。有り難う…かぁ。そう言わなけりゃいけないのは僕の方だったのにね。やっぱり、意気地なしだなぁ」
「イント殿、と仰ったかな」
不意に声を掛けられ、頭を跳ね上げるイント。
振り向いた先に立っているのは、紛れも無くランドグリス王国3大公爵家の一つ、サクリファス家の当主その人であった。
そんな超有名人であり、現在の自分とは天と地ほどかけ離れた存在に声を掛けられ、明らかに動揺してしまう。
「は、はっ、私がイントで御座います。サクリファス様」
酔いも一瞬で吹き飛び、王国式敬礼をしつつ応えるイント。その姿を見て、ユンゲは笑いながら話し続ける。
「はっはっは、そんなに畏まらないでくれ。今は唯の市民、という設定なんだ。…娘が大変お世話になっているようだからね、純粋にそのお礼を言おうと思っただけさ。いつも有り難う、娘の良い友達でいてくれて」
「い、いえ…。僕なんか…そんな褒められたものじゃありませんので…」
「いや、結果としてそうなっているのだから、やはりお礼は言わせて頂くよ。…ところで、君はこれからどうするかね?」
「えっ…?申し訳ありません、それはどういう意味で…」
「君は選択を迫られているはずだね。それはもう決めたかい?」
「っ…! どこでそれを…。いや…、公爵様ですもんね、何かしら情報の伝はありますよね…。…えぇ、今日、先ほど決めました。ママ先生にも、報告に伺うつもりです。…彼女に、ふさわしくならねばなりませんので」
そう言うイントの目は、先ほどの気の弱さを感じさせない、強い意志が込められていた。
それを見たユンゲは、静かに瞑目し、イントの肩をポンと叩く。
「3年だ。3年と少し待って欲しい。まぁ、そこは君の気持ち次第だがね」
「えっ…それはどうい……っ…! はい、分かりました。それまでは、わき目なんて振りません。いつまでだって待って見せます」
「当然だ。他所を向いてなんていたら、絶対に許さないよ? これは、公爵家当主ではなく、一人の男としての言葉だ。深く受け止めてもらいたいね」
微笑しつつキイッと立て付けの悪そうな扉を押して出て行く男に、イントは頭を下げ続けるのだった。
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