第23話:公爵家の御忍び気分 3

 今度こそ、余所見をせずに目的地へと歩く一行。

 今ばかりはお母様も、きちんと目的を見据えてくれているようだ。

 だが、そこまでする程の場所なのだろうか? 中々仕込めないから極少数しか出していないという事なのだろうか。

 一行をマシューが引率してくれているため、どこだったっけ? とかいう旅行にありがちな迷子イベントは発生しない。


「そこの角を曲って少し行けば、例の店になります。─────…、うおっと! これは申し訳ない、そこに人が居るとは思っても居ませんで…。

 うん…? もし、まさかとは思いますが、貴方は奥の【すばらしきかな肉】の順番待ちを…? ───……、なんと、此処に来てもう30分も? ────……」


 うわぁ…マジかい。この角から店まで100Mはあるんだが…。これほどだったか…。


「奥様、旦那様、申し訳ありません。今一歩届かず、この行列のようです。他のメニューは食べられると思いますが、腸詰料理はまず間違いなく…。如何いたしましょう」


「いいんだよ、マシュー。君が素早く効率的に回ってくれたからこの程度で済んだとも言えるんだ、頭を上げておくれ。

 それに、僕自身は、待つ事は別に嫌いなわけではないしね。何せマルシャを射止めるのにどれだけ待った事か、ふふふっ…」


「まぁ、あなたったら。うふふ…、でもそうね、せっかく下町の皆様にこれほど愛されている料理屋を知ったのですから、その味も是非確かめたいという物ですわよね。ゆっくり待ちましょう。

 それに、此処まではそれなりに慌しく走り抜けてきてしまいましたものね? 下町をじっくりと観察するのも、また楽しみな事だわ」


 申し訳無さそうに頭を垂れていたマシューは、ゆっくりと顔を上げ、聊かぎこちない動きではあったが、笑顔に戻ったようだ。良かった良かった。俺の両親は無茶は言うが無理は通さない人達だから、別に心配はしていなかったがな。


 一段落したところで、朝食の店の造りがどうだっただとか、サラミという、結着肉の予想以上の美味しさが素晴らしかったねだとかで、各々話しに花を咲かせていく。俺もアセーラ達と朝出てきたサラダの異様な新鮮さ等について質問したりした。


 皆でぺちゃくちゃ話していると、不意に妙な視線を感じ、その方向に目を向けると、恰幅の良いおばさんと若い町娘が時折此方に視線を向けてはひそひそと話し合っている。

 何だよ、感じ悪いな。何かあるんなら言いに来れば良いのにな。

 俺の不躾な視線に気付いたのか、二人は慌てて居を治し、深々と頭を下げて足早に立ち去った。何? 確かに若干イラついてはいたが、そんな射殺すような目で見てたっけ?

 いやぁ、気をつけないといけないな。

 その後は、時折視線は感じるものの、嫌な感じの気配では無かった為、ほうっておく事にした。

 暫く話をしていて、一旦落ち着いた頃、突然前に並んでいた青年二人組が妙な大声で喋り出した。


「あっ! いっけねー、俺財布忘れちゃったよ。悪ぃけど、家に取りに戻るついでに今日は別の所で済まさねえか?」


「お、そうだな。しょうがないなー。付き合ってやるよ」


 大根役者宜しくの棒読みでそう言い合ったかと思うと、列を抜けてどこかへ行ってしまった。

 棒読み具合は気になるが、そういうしゃべり方の人もいるのだろう。それよりも30分待ったとかさっき言っていた様だが、ご愁傷様です、そして有難う。俺達が飯にありつけるのが早まりました。


「あの方々には申し訳有りませんが、ラッキーでしたね」


「えぇ、奥様が飽きてしまうのも怖かったですしね、お嬢様」


 小声でそんな事を言っているとまたもや前方から声が上がる。


「いっけねー、息子忘れてきちゃったよ。一回家に取りに帰ろうぜ」


「え、えぇそうね。…まずは仕込みましょうね」


 もうちょっとマシな言い訳無かったのかね? 連れの女の人完全に戸惑ってたよ。

 だが、これはもしや…あれ、だよなぁ…。

 その後、次々と前の人達が何かしらの理由を叫んで列を離れていく珍事が発生。

 いつの間にか俺達は一番前まで進んで来てしまっている。


 ちなみに、理由の簡単な内訳は…

 ■財布・子供等様々な物を忘れた。 約6割

 ■待ち合わせの時間忘れてた。 約3割

 ■そういえば母が危篤だった。 2名

 ■もう飯を食ったのを忘れてた。 1名

 ■俺、何で此処にいるんだろう? 1名

 ■赤の他人に手を振り、「おーい!」 3名


 忘れ物をする人が随分と多い日だったな、うん…。

 いや、本当に申し訳ない…。

 だって、さっき

「おーい!」

 って走っていった人恐持てのおっさんに殴られてるし、財布忘れたはずの人すぐ後ろに何食わぬ顔で並んでるんだもの。

 俺は無言で後ろの人に頭を下げておいた。

 その後すぐに、店の従業員と思われる男性に人数を聞かれ、その状態で暫く待つと、店のドアがカランカランと音を立てながら開き、聞き覚えのある声が響いた。


「大変お待たせしました~。11名様お席のご用意が出来ましたので、ご案内致します~」


 そこには、ちょっと前によく見たこげ茶色の髪を後ろで一まとめにした、鼻の上の薄いそばかすがチャーミングな少女がいた。


「…スプモーニ、さん…?」


「…えっ? …あああ! リースさん! うわぁ! 久しぶりです~! …あっ、御免なさい、一先ずお席に案内しますね!」


 まさかこんな所でスプモーニちゃんに会えるとはなぁ…。世間ってのは広いようで狭いものだ。

 久しぶりとか言っていたが、あれから1週間しか経っていない。天然ぶりも健在のようで、色々と安心したわ。

 何故此処に居るのか等聞きたいことはあるが、仕事の邪魔をするわけにもいかないので、暇が出来たらコソッと聞くことにしよう。

 お冷を奥から運んで来たスプモーニちゃんは、再会の時とは打って変わって表情が硬く、傍らにちょび髭を生やした恰幅の良いおじさんを携えて戻ってきた。


「ほ、本日はわしの汚い店に足を運んで頂き、た、大変恐縮至極に御座います。公爵家の皆様に置かれましては、お、お日柄も良く…」


「おっと、大将。今日は皆さん御忍びという形で来られてるんでさぁ。だから、そんな顔に似合わないしゃべり方しなくて結構ですから、他のお客さんと同じようにしてくだせぇ」


 いきなり前口上を始めて、自分で何を言おうとしてるのか分からなくなってる感じの店主に、すかさずマシューが口調を変えて止めてくれた。


「…何でぇ、そうだったんですかい。いやぁ、すみません。慣れ無い事なんざ、するもんじゃありませんな。

 へへっ、今日は何をお召し上がりで? まだ仕込んだ分の腸詰は人数分準備できやすが、どうされますかね。

 こんな可愛らしい嫁さんを家のできそこないと引き合わせてくれた大恩人もおられることだし、是非裏番メニューを出させて頂きたいものですがね!」


「へぇ、裏番ですって。あなた、かなり珍しい腸詰料理だけじゃなく、更に限定の品なんて言われたら、是非頂くしかないわね!」


「はははっ、全くマルシャは、限定って言葉に弱いんだから。でも折角そんなものを用意してくださるのだし、ご相伴に預かるとしようか。皆も同じで良いかな?」


 もちろんだ。店主自らオススメしてくれるメニューを無碍には出来ないよな。周りを見ても、皆穏やかな笑顔で頷いている。


「がってんでさぁ、それじゃあ、すぐに取り掛かりますんで、これで失礼させていただきやす。スプちゃん、腸詰の在庫がこれで無くなるから、外にお客さん達に言ってきてくれるかな? そしたら、ちょっとの時間が開くから、休憩してくれていいよ」


 スプモーニちゃんに対する態度がもはやおかしいが、それだけ愛されているという事だろう。つらい生活をしていないようで、良かった。

 戻ってきたスプモーニちゃんは、余所余所しく、動きも硬い。まぁ、そうだよな…。俺が公爵家の人間だなんて言ってなかったもんな、裏切られたという気持ちもあるかもしれない。

 互いに目を合わせられないまま、1分ほど過ぎた。このままではいけないと、俺は意を決して謝ってみる事にした。


『申し訳有りませんでした!』


『えっ…?』


 いきなりハモった上に、その後の動作まで被ってしまった。俺の顔が上気しているのが、自分でも分かる。


「ぷふっ、ふふふっ、あははははっ」


 二人して恥ずかしいやら可笑しいやらで、噴出してしまった。漂っていた張り詰めた空気が、一気に弛緩して行くのが分かる。

 その後、俺があの場で何故身分を明かさなかったかを説明し、再度謝罪をすると、スプモーニちゃんは

「いえいえいえいえっ!!」

 と恐縮し、自分も知らなかったとは言え、失礼な態度を取ってしまったと謝罪した。そこで、またお互いに笑いあった後、仲直りをしようと言う事になった。


「仲の良い子達からは、スプって略して呼ばれているんです。だからリースちゃんにも、そう呼んでほしいなって…」


「まぁ、宜しいのですか? …じゃあ、スプちゃん」


「…はい。…ふふふっ、これでもう一度、お友達だね。…あ、そろそろ厨房を見てくるね。トンポーローさんの作る肉料理は本当に美味しいから、楽しみにしていてね?」


 若干頬を朱に染めながら小さく手を振って行く彼女を見ながら、俺も小さく手を振っておいた。かわいいなぁ、ちくしょうめ。

 ところで、あのちょび髭店主さんの名前、やたらと旨そうだな…。


「良いお友達が出来たわね、リース。こういう立場上、どうしてもしがらみが多くなる中で、ああいう交友関係は本当に重要だわ。私には生憎その機会は恵まれませんでしたが、大切になさい」


「はい、お母様。私の親友第二号ですわ」


 頭に疑問符の浮かんだ顔をしているお母様に、俺はしたり顔で説明してやる。


「第一号は、アセーラですわ、お母様。もう10年も私を支えてくれているんですから、大切な侍女であり、頼れる親友のお姉さんですわ」


「あら、…うふふっ、そうねぇ、その通りね。良い友人を持ったわね」


 目を細め、とても優しい笑顔でそう告げてくるお母様に俺は、自分で言ったことが少々恥ずかしくなってしまい、俯いてしまった。

 その後、感極まったアセーラにもみくちゃにされたのは言うまでもない。


 そんな問答をしていると、とても良い香りと共に、鉄板に乗せられた大きなフランクフルトソーセージのような肉が運ばれてきた。鉄板には小さな石が置かれており、かなり熱そうだ。


「お待たせしました。通常うちでお出ししている腸詰は窯で燻したものを提供しているんですが、こちらのは、臭み取りに香草をふんだんに使って、生のまま調理した腸詰なんですよ。

 燻す事で独特の香りが確かについて美味しいんですが、此方はお肉の味がダイレクトに来るので、また違った美味しさがあるんです。

 しかも、仕込んで翌々日くらいには痛んでダメになっちゃうので、普段は出されていないメニューなんです」


「わざわざそんなメニューを…本当に申し訳有りません。有り難く食べさせて頂きますね」


 大きいため、ナイフで切り分け、鉄板の上の石で少し焦げ目をつけて食べるようだ。

 漬けダレは2種類置いてあり、ケチャップのようなトマトを使ったソースと、ステーキソースのような味の下ろした根菜が入った甘辛いソースの両方で食べる事ができた。

 付け合せにプレッツェルのようなパンが付いていたのだが、まぶされた塩加減も程よく、此方も大変おいしかった。

 自然と下がる目じりと、上がる口角を気にする事も無く、皆夢中になって食べきってしまった。


 食後の飲み物を頂いている時に、スプちゃんにいつか屋敷にも遊びに来てねと口約束を交わし、再び美味しそうな店主に見送られて、心地よい満腹感に浸りつつ店を後にした。

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