第22話:公爵家の御忍び気分 2

 ステージを観ながらの朝食という中々乙な事をしてルンルンな一行は、次の目的地へとダラダラと歩いている。

 お母様、頼むから

「あらぁ!」

 の一言で消えないでください。この喧騒の中探すのは結構疲れるんです。

 まだ午前中ですよ? それで最後までテンションが持つのだろうか…。

 いや、持つんだろうな…。理由? お母様だから、これ以外に言葉など必要であろうか。


 さて、次に俺達が向かったのは、未だ名前が出てきていなかった、近侍を勤めているアドニス一押しらしい服飾屋だ。

 何が一押しなのかは

「着いて見れば分かります。きっと皆様お気に召していただけると存じますよ」

 とダンディーに言い放たれたため、静かに着いて行く。

 露天溢れる幅5・6Mほどの道をしばし進むと、アドニスが前方を指差し、その店を示してくれる。


 うーん…? 外見は特に…何の辺鄙も無いありふれた服飾屋にしか見えないが…。


「あぁ、お嬢様、その訝しげな瞳が堪りませんな。…ですがご安心ください。決して”普通”の服飾屋では御座いませんので。───…ほら、ご覧下さい。あの素晴らしいラインナップ!」


 そんな持ち上げて大丈夫かい? 期待値が大きいほど、満足値は下がるんだぜ?


 ───…なんじゃあこりゃあ…。


 これまた予想以上に広い店に所狭しと掛けられている衣装の数々。どこのアウトレットだいここは?

 さらに、掛けられている服が、俺の知識に残るチャイナ服だったり、ナース服だったり、エナメル生地のように光沢を放つミニスカートのメイド服だったり…普通じゃない。

 店主イチオシと札が掛けられた横に佇むのは、ふんどし。

 この時点で悪寒しか感じない。この店は確かに普通じゃない。いや、むしろヤバイ。


「あぁ、お嬢様、その怯えるような蔑む様な瞳が堪りませんな。…どうです、素晴らしいでしょう? ここにある服は全てここの店主が考案して作り上げた、一品モノばかりなのです」


「え、えぇ…、すごい所ですね…。ここだけ別空間なのかと錯覚してしまいましたわ。ちょっと私、用事を思い出したので席を外しますね」


 此処に長い時間居るとちょっと頭がまずい事になる気がしたので逃げようとするが、突然両脇を抱えられ、地に足が着かない状況に陥りそれも出来なくなる。

 焦り左右を見ると、アセーラとベアトリスがそれはもう花が咲いたような笑顔で店内を見回している。


「お嬢様、そのような用事は後回しにした方が良いと思いますよ! こんな奇抜なデザイン、貴族街では絶対に見ることが出来ませんよ! ここはすごいです!」


 頬を朱に染めて、俺を着せ替え人形にする時と同じ顔をしながらアセーラがまくし立てる。

 勘弁してくれ…。

 ベアトリス、鼻歌を歌いながらそんな際どい水着を手に取るんじゃありません。


「ふむ…、なるほど、生地自体は比較的安価なもので揃えられているようですね。肌触りが私たちが今着ている服よりも2段ほど劣るようです。だからこその冒険的なデザインなのでしょうね。

 ふむ…? しかしながら、作りはやはり丁寧ですね…。感嘆が漏れてしまいますわ。お嬢様も、手にとって見てくださいまし」


 いや、そんな危ない水着触ったら何かが起こりそうだから嫌だよ。

 しかし、裁縫技術がプロ並みのベアトリスを唸らせる作りというのは、この服飾屋の店主は、素晴らしい腕の持ち主みたいだな。


 悲しいかななんだかんだで目が慣れてきてしまい、辺りを見る余裕が出てきたので、とりあえず降ろしてもらい、店内を適当にぶらつく。


「じゃーん、これなんかどうかしら、あなた?」


「おお! 素晴らしいよマルシャ! 僕のとペアで作られた服みたいだよ。デザインとしては全く違うのに、何故か統一感を感じさせるね、この服は」


 突然、左前方の試着カーテンが開いたと思ったら、セーラー服に身を包んだお母様が現れ、それに賞賛の言葉を送るお父様は、学生服を第一ボタンまでぴっしりはめてはしゃいでいた…。

 何してんの貴方たち…。

 別に、新しいデザインの服を試着して遊んでいるだけなのに、何故か二人から哀愁が漂い、居た堪れなくなった為、そそくさとその場を後にした。


 さらに店の奥へ行くと、お兄様と店主と思われるカラフルな頭をしたおじさんが何やら話し込んでいた。

 もう仲良くなったのか、流石お兄様だな。


「流石は次期当主様ですわ。そのアイデアはあたしも浮かびませんでした」


「いや、手前の方で猫を模したと思われるフード付きのローブを見たので、そこからふと思い浮かんだだけの事ですよ。元を辿れば店主のアイデアですから、僕は何も…。

 それから、今日は気付かれてしまいましたが、お忍びで観光に来ているだけなのです。公爵家という扱いはしなくて結構、いやあえてしないで頂けますか?」


「あらぁ、謙遜しちゃって、もっと胸を張ってくださいな。

 そうだったんですねぇ。分かりましたわ、では、身分等には触れない様に接させて頂きますね。

 それで、その素晴らしいアイデアを是非あたしに形にさせて欲しいのだけれど、どうかしら?

 強度と素材の問題もあるから、直ぐに明日にはとは言えないけど、切りよく10日頂ければ完成まで持っていけると思うわ」


「おぉ、本当ですか! それは素晴らしい。是非、お願いしたいです。

 費用については全額こちらに請求してくださって結構です。ただし、最高の品をお願いしますね?」


「んもう、誰に言ってるのよ。私が本気で作るんだから、半端なものなんて絶対に認めないわ。クローズちゃんからもお願いされちゃったしね、至上最高よ…。至上最高傑作をリースちゃんへ作ってあげるわ」


「ふぇっ!?」


 いきなり俺の名前が出るもんだから、変な声出ちまったよ…。


「あら、リース様いらしてたのね。少しお待たせしちゃうけど、楽しみにしていてね?」


「うふふ…」

 と、どす黒い笑みを零す店主に、俺は顔を引き攣りながら曖昧な返事を返しつつ後ずさり、踵を返した。


 やはり、ここは魔窟だ…。長く居ちゃいけない…。

 出口の日差しに向かって一心不乱に歩いて行くと、突然腕に抵抗感、その後浮遊感。

 左右を見れば美人二人が微笑みつつ俺の両脇を抱えている。


「ふふふっ、お嬢様、素晴らしい衣装を見つけましたのよ。早速着てみましょう」


「今だけは何時もの侍女に戻らせていただいて、お着替えのお手伝いさせていただきますね。お嬢様は何もしていただかなくとも結構で御座いますよ」


「ひっ、や、やめ…、降ろしてくださいまし。いやぁ…」


 俺の必死の懇願にも変わらぬ微笑みを携えたまま

「だーめ」

 の一言でそのまま本格的な試着用の小部屋があるらしく、そこへ引き込まれた。

 俺には彼女達の笑顔が、悪魔の微笑みにしか見えなかった…。


 ありゃ何かに取り憑かれてたよ…。(後日談)


 その後、本当に全く動く気の無い俺をガン無視したまま、ものすごい速さで服を脱がし、山積みにされていた衣装を着せられていった。

 二人でああでもないこうでもないと問答を続け、仕舞いにはお母様へ相談に行ったせいでまた同じ様に着る破目になった。


「それで奥様、どちらが良いと思われますか? どちらかを買っていただきたいのですが…」


「そうねぇ…、どちらも甲乙付け難いわね。それに、私としては此方のスリット入りのこの衣装も捨てがたいのよねぇ…」


「あぁ…、確かにそれも悩みましたわ。お嬢様の美しいボディーラインがよく強調されて居りますものね。

 ですが私ベアトリスと致しましては、この赤を基調としたしたミニスカートのこの白い部分がお嬢様の可愛らしさを全面に押し出していると思いますの。

 しかも同じ柄のこの帽子が対になっているとの事で、合わせるとそれはもう魅力的で…、ふふっ……あ、失礼しました」


「うーん、確かにそれは素晴らしいわねぇ…。じゃあ、とりあえずその良いと思えたものは買っておきましょうか」


「えっ…、お、お母様? あまり散財は宜しくないかと思いますが…。どれか一つで宜しいのではないでしょうか」


「…リース? これは浪費ではなく、投資よ」


 いや、そんなドヤ顔で言われても…別に良い事言ってる訳じゃねえだろ。


 結局、各人が良いと思った衣装を買う事になった。

 物のついでとばかりに、お父様と見せ合っていた学生服も一緒に買っていた事は、忘れる事にした。

 午前中から結構な荷物になってしまったと思っていたら、マシューが

「ちょっと待っていてくださいね」

 と言った後、近くの路地に入ったかと思えば、出て来た時には大量に持っていた荷物が消えていた。

 曰く、忍兵に先に屋敷へ運んでおいてもらったらしい。

 忍兵さん万能すぎるだろ…。というか、そんな所にいたのかよ、全く気配も人影も感じなかったわ。

 優秀なのは良い事なのだが、何故か薄ら寒くなった。


 予定よりも服飾店で長く過ごしてしまったとの事で、一行は少し急ぎ気味に昼食を摂る予定の店へ向かうのだった。

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