第21話:公爵家の御忍び気分 1

 子供の頃、遠足と言えば、近づくにつれてそれはもうウキウキした気分に浸っていたものだった。

 それが今はどうだろう。その遠足当日だと言うのにこの憂鬱さ。

 俺も大人になってしまったと言う事なのだろうか。

 いやはや…歳は取りたくないものだね。


 そんな俺は、エアリース=サクリファス、今年で14歳になる満13歳の公爵令嬢だ。


 ふと騒がしい俺の横を見やる。


「さぁ、皆準備は整えたわね。…ふふふ、何処を回ろうかしらね、あなた」


「はっはっは、そんなに急がなくても下町は逃げないよ、マルシャ。あまりはしゃぎ過ぎて逸れないでおくれよ? 下町は此処と違ってとても人が多いからね」


 めっちゃはしゃいどる…。親が俺よりも子供らしいって…。

 い、いや…。あれこそが正しい姿なのだろう。その証拠にお兄様も付き添いの人達も困った顔をしているが、楽しそうな雰囲気がほわほわと漂って来る。


 なんだろう…。俺と他9名との間で途轍もなく大きな溝を感じる。

 唯一気を張っている表情をしているのは、護衛として帯同しているサクリファス家私兵長のマシューだ。

 そりゃそうだよな。総勢10名を一人で護衛とかどこの聖徳太子だって話だもの。

 漂わせる空気が俺に纏わり付くそれにどこか近しいものを感じるわ。


「マシュー。今日は大変な任に就かせてしまい申し訳ありません。私もお母様が消えないように、しっかりと目を光らせておきますから、宜しくお願いしますね」


「勿体無いお言葉有り難う御座います、お嬢様。そう気張らずとも大丈夫ですよ。お嬢様は、久方のご家族での旅行なのですから、存分に楽しむ事をお考えください。

 それに、我が家の使用人は皆、一通り護身術は使えますのでいざという時は彼らも護衛に回ります」


「あら、そうだったのですか。それならばある程度安心ですね。ですが…でしたら何故マシューはそんな緊張した面持ちをしているのです?」


「む、その様に見えてしまっていましたか? これは申し訳有りません。いえね、昼食は下町でとても流行っているらしい腸詰料理のお店を予定しているのですが、そこは店主が自ら仕込んだものを出すらしくて、数量限定みたいなんですよ。

 毎日お昼時にはその仕込み分が売切れてしまうらしく、腸詰料理がちゃんと食べられるか心配だったんですよ、はっはっは」


 あれ、いきなりマシューとの間に見えない壁が現れたわ。

 心配して損した。

 じと目で一瞥した後、後方に下がる俺を見て

「あれ、お嬢様? どうかされたんですか? お嬢様!? 俺何か悪い事しましたっけ!? えっ、えっ?」

 とか慌てふためいているが、無視だ無視。


 出発前から一悶着あったが、何とか出発する事ができた。

 まずは、大型の馬車で貴族街通用門の南門から外へ出た後、外周を回り下町通用門の一つである東門の前で降りる。

 王都外から王都観光にやってきたお上りさんを演出するためだ。

 そんな事しなくたって貴族街の門に好き好んで近づく地元民なぞ居ないんだから、普通に歩いて出れば良いのに、とも思うんだけどね。

 それをお母様に言ったら

「それじゃあ、旅行っぽくないわ」

 の一言で終わった。その時点で何かを指摘する事を俺は諦めた。あの暴走特急は誰にも止められないよ。


 東門の入門審査で、門兵さんにものすごい目で見られた。慌てて統括の近衛騎士がすっ飛んできた。

 今にも整列し、一斉に王国式敬礼をしそうな彼らに、お母様がにこやかな顔で口に人差し指を当てて

「しーっ」

 とやり、次いでアセーラが彼らに小声で何かを言うと、とても困惑した表情をしていた。

 あぁ、早速強権発動か。そりゃバレますよ。三大公爵家の一つだよ? 顔バレしてないはずが無いじゃない。


「う、うむ…。滞在理由はか、…観光だな。何か問題を起こさないように。道に迷ったら最寄の詰め所を探す事。

 では、通って良し! 次の者!

 ……済みません…」


 門兵さん迫真の演技でそれっぽくやり過ごしたが、最後の小さな小さな一言から、彼の心中を察する事ができると言うものだ。

 俺からも言っておく、本当に申し訳ありません。


 ところで下町には、東西に門があり、どちらからでも入る事ができる。

 今回来た東側には、服飾・雑貨・カフェなんかのお店が多い。逆に西側は鍛冶場・製紙場・加工場なんかの職人街のような感じになっている。

 いつからそうなったかは分からないが、職人街は朝とても早く、夜は日暮れと共に仕事を終えてしまうので、活動時間が違いすぎるのと、そこかしこから金槌を打ち鳴らす音だったりが聞こえるため、お互いに気を使わなくていいようにいつの間にか別れていたそうだ。

 ちなみに王城は北側にある。貴族街から登城するためには、必ず下町の中央通を通らねばならない作りになっている。

 中々面白い作りだよなぁ…。


 そう黄昏ていると、不意に手を引かれた。


「もう、お嬢様。ぼーっとしていたら皆様に置いて行かれてしまいますよ! 逸れない様に、今日は私がお手を引いていきますね!」


 そう言って来るのは、青みがかったさらさらの髪を肩口あたりで切りそろえたかわいらしい女性。

 155cmの俺より少し背が高いくらいの小さめなその人は、選抜6名に選ばれた使用人のマミーテイラーだ。

 こんなかわいらしい女性と周りを気にせず手をつないで歩けるのなら、この遠足にも意味があったというものだ、役得である。


「こら! マミー! 貴方勝手にお嬢様と、てっ、手を繋ぐとはどういうつもりですか!? 使用人風情が軽々しく主様に触れるなど、全く貴方って子はどうして…」


「まぁまぁメイド長、今日は無礼講ですよ。何といっても私達は田舎のお上りさんですものね?

 ふふふっ、それにマミーは私がぼーっとしていて危ないからとわざわざ気を利かせて手を繋いでくれたのですから、善意でやってくれたのですよ、ねぇ?」


「は、はい。勿論です。ま、マミーだなんて、そんな…」


「っく、うぐっ…、畏まりました。では、そういうことでしたら私が腕を組んで道中お連れ致します」


 そう言いつつメイド長のベアトリスがマミーテイラーと反対側の腕に絡み付いてくる。

 お、おうふ…、たわわな桃が…ちょっと近付きすぎなんじゃないですかね。

 有難う御座います!


「ちょ、メイド長! 自重してくださいよ! だったら私にお連れさせてください!」


「そうですよ! メイド長は普段奥様のお付をされているんですから、今日もそうしたら如何ですか! 今日は僕達がお嬢様をお連れ致します!」


 無礼講と言った途端食って掛かったのは姉弟シテイでサクリファス家に登用され、さらに6人の中に二人して食い込んで来るラッキーシスターズの姉、ヴェール=シャルトリューズと弟、ジョーヌ=シャルトリュージュだ。

 姓を持っていることから分かるとおり、彼女らは男爵家の子供だ。何故そんな彼女らが使用人なぞしているのかは、本人達が応募してきたので謎らしい。


 まぁしかし、サクリファス家の裏の審査を通っているという事は、これといってやましい事はないと思われるので、俺も何故? とは突っ込まないがね。

 それに、姉のヴェールは勝気な性格だが、くりっとした目が印象的な赤髪の美女で、弟も赤髪の少し垂れ目なかわいいある意味男の娘だ。


 さらに言えば、性格も何故性別が逆で生まれなかったのかそこだけが悔やまれるが、二人とも素直で俺よりも子供っぽくてかわいいのだ。

 そんな子らを、不意な質問で悲しませるような事を、俺には出来ないのだよ。


 話がそれたな。結局、ああでもないこうでもないと押し問答の末、それぞれ立ち寄るお店までの間を順番に回していくという事になった。

 何故かそこにお兄様が混ざっているのがよく分からないが、アセーラを抜いたその6人と腕を組む事が勝手に決定されていた。


 いや、良いんだけどさ、何故かこういう時の相談事に入れてもらえないんだよね…。そこは一応主の娘なんだしほら、さ。いや、良いんだけどね?


 俺の悲しみを余所に、最初はメイド長のベアトリスだったようで、無駄に体を密着させて歩いていく。


 朝9時くらいのはずだが、下町は既に人通りが激しい。やっぱり活気が違うね、人混みは苦手だけど、活気があるのは好きだよ。


 しばし、貴族街との違いに皆で呆気に取られながら歩いていると、食材屋の隣に田舎のログハウスを思わせる造りをしたカフェを見つけたので、朝食と休憩を兼ねて入る事にした。

 中に入ると、正面からは分からなかったが、奥行きがかなり広く、60席ほどあるようだった。

 入って右側の壁沿いにステージのような一段高くなった場所が設けられており、夜にはそこで何かしらの催し物が行われるのだろうと推察できる。

 左右の二列ほどの席は中央よりも段差2段ほど高く造られているので、脇の席からもステージが見られるように配慮してあるのだろう。此処は催し物に結構力を入れているお店なんだな。


「いらっしゃいませぇ。11名様の団体様ですねぇ、有難う御座いますぅ。ではぁ、此方のお席にどうぞぉ。……お客様でえすぅ!

 今は朝食時間メニューとなっておりますのでぇ、こちらのメニューからお選びくださいぃ」


 へぇ、朝、昼、晩でメニューの種類と価格帯を変えているのか、懐に優しいお店だな。

 コーヒーとお茶が数種類か、更に300フラン追加するだけでこのパン主体のセットとやらが付くと…。

 すごいな、これでやっていけるのか? 住んでいて何だが、王都の物価は結構高いと思っていたが…。


「はぁい、承りましたぁ。セットの朝食はお飲み物と一緒にお持ち致しますねぇ。それからぁ、もう間もなく朝の演奏が開始されますので、そちらもごゆっくりご覧になってくださいぃ。失礼しまぁす」


 少しして、セットと飲み物が運ばれてきた。この速さは流石だね。

 早く来てくれないとお母様が興奮のあまり厨房に突撃しそうだったから助かったよ。


「お、お待たせいたしましたっ! ご注文の品は全てお揃いでしょうかっ。この他、何か御座いましたら何なりとお、お申し付けくださいっ!」


「えっ…? えぇと、先ほど注文を取って頂いた方と同じ方ですよね…。何やら人が変わったようになっていますが…、どうかされたのですか?」


「いえっ、はいぃっ、ご、ごめんなさいぃっ! な、何でも御座いませんっ! 先ほどは失礼いたしましたっ!」


 え? ナニコレ? まさかとは思うけど、もうバレた?

 幸いお母様達は、今まで食べた事のない種類の料理と、軽快なジャズのような音楽をニコニコしながら楽しんでいるので、気付いていない事を祈ろう。

 俺は密かに給仕の女の子を此方へ呼び寄せ、お願いをする。


「たぶん、お気づきになっておられますよね。ですが、今日は御忍びという体で下町を観光いたしておりますので、出来うる限り他のお客様と同じように接して頂けますか?

 その方が、私の両親も逆に喜びますので…。

 それから、私達が此処へ来ているというのは、極力内密にお願いいたします」


「そ、そうなんですかぁ? わ、分かりましたぁ、マスターにもそう言っておきますぅ。何かぁ、すっごいケーキみたいなの準備し始めてたのでぇ」


 言っておいて良かった…。そんなもんが来た日には、お母様が下町を勘違いする事請け合いだ。


 まだスタートしたばかりだと言うのに、俺は頭痛がしてきたような気がした。

 これは偏頭痛、朝特有の低血圧のせいだと言い聞かせながら、こちらで生まれて初めて聞くジャズも楽しめないまま、店を後にするのだった。

 お会計の時に、このお店のマスターが挨拶に来てしまったりと小さなハプニングはあったが、不思議がるお母様に

「朝からこんな団体が来てくれたから、そのお礼ではないですか?」

 と適当に吹いていたら、何故か納得していたので、一先ず危機は脱したという事にしておこう。

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