第19話:公爵令嬢の騒がしい一日
それから昼食を珍しく家族全員で摂り、自室へ戻ってきた俺は、安堵の溜息を漏らす。
ふぅ…、お母様、言わないで居てくれて助かったよ…。面白いって判断すると突っ走る傾向があるからな、お母様は。
自室に戻った俺は、一先ずゴーギャンへ手紙を書くことにした。
出来る事ならば直接言ってきちんと自分の口から説明したい所だが、酒場の一件もある。
それに、相手が貴族ならば尚更、目上の貴族が簡単に目にかけているというわけでもない貴族の所へ私用で訪れるなど外聞が悪い。
俺が批判されるだけならばいいのだが、公爵家という絶対的な立場な以上、俺個人がという判断はされない。
家族が関わっている以上、公の場で勝手な事はしたくない。
まぁ…何よりも、俺が何をしても許してしまいそうな家族と接していると、自らを律しないと何処までも堕ちてゆけてしまいそうで怖いってのがあるんだけどな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
拝啓 ゴーギャン様
先日騎士団様へお邪魔させて頂いた折には、多分にお目をかけて頂き、大変有難う御座いました。
その折、大変有り難く、嬉しいお言葉を頂いた事も併せてお礼申し上げます。
初めて殿方からあのようなお言葉を頂いたので、あの場では舞い上がってしまい、まるで逃げるように顔も合わせず帰ってしまい、申し訳ありませんでした。
我が家へ帰り、じっくりとその時の出来事を振り返り、幾度と無く考えさせて頂きました。
先にお返事ですが、今回頂いたお話は、お断りさせて頂きたく存じます。
体験入隊でずっと感じていた感情を振り返ってみたのですが、どうしてもゴーギャン様の事は、私の中で頼れるお兄様という印象を脱しませんでした。
お付き合い頂く内に等考えましたが、それでゴーギャン様を振り回す事もしたくはありませんので、今回の結論へと至らせて頂きました。
近衛騎士隊にとって、ゴーギャン様は無くてはならない存在でございます。
これからも、この国の繁栄と安寧の為、是非その類稀なお力を振るって頂けたら幸いです。
これから益々暑くなってくるかと存じますが、お風邪など召しませぬよう、ご自愛ください。
敬具 エアリース=サクリファス
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
これで目下一つ目の課題は終わったな。残る問題は二つか。
酒場の件をどう伝えるか、その返事をどうやってするか、だな。
俺は昔から、隠し事と嘘が下手糞だったからな。咄嗟の言い訳は案外出てくるが、すぐにその内容を忘れて次の時に矛盾が出てきて、そこで大体バレる。
お母様が忍兵を使って居なかったとしても夜の脱出劇がバレるのは時間の問題だっただろう。
そして返事…。
イント君は平民だし、俺が貴族である事も言ってはいない。
王立図書館の司書をやっているが、司書は表に出てくることが殆ど無いから突然行って会える事もまず無いだろう。
だからと言って訪ねたり、手紙を渡したりなんてしたらイント君への風当たりが酷い物となりそうで、迂闊な事はできない。
はぁ…、やはり、行くしか無いよなぁ…。
でもその為にはお母様やお父様達の説得が…。あぁ…。
あちらを立てればこちらが立たず…。
うまい事出来てるなぁ、世の中ってのは…くそう。
まぁ、こんな事でうじうじ悩んでいても仕様がない、今夜にでも話すか…。
また外出禁止令が出るのかなぁ…。むしろ今ですら庭までしか出てないんだけど…。
その日の夕食の席で、俺はゴーギャンへの返事と併せて、酒場の件も話した。
いつ話そうかとタイミングが計れない俺の雰囲気を察してか、お母様が話しを振ってくれた。
「…あぁ、そうでした。リース、ゴーギャン様のお返事はどうする事にしたのかしら?
確か、お約束した期日は今日だったわよね?」
「あ、はい。今日まででしたので、お手紙を書かせていただきまして、伝令士の方に届けていただきました。
お返事としては、今回はお断りさせていただく旨、手紙に書かせていただきました…」
「へぇ、そうなのかい? 最年少で近衛騎士隊総隊長なんて、素晴らしい能力の持ち主だと思ったんだけどね。それに面倒見も良くて、顔も強面の部類に入るが、良かったんだろう?
ちょっと勿体無いような気がしないでもないね」
お父様が、そんな事を言って来るが、顔がだらしない。
もっと説得力のある、せめて少しくらい残念そうな顔をして言え。
「そうですね…。私には勿体無いくらいの方で御座いました。
ですが散々悩んだ結果、どう考えても現状で歳の離れたお兄様という印象しか感じられませんでした。
その感情のまま婚約をさせて頂き、この気持ちが変化するのを待つというのは非常に失礼だと思いまして、お断りさせて頂き、より良き方と巡り会えるようお祈りさせて頂きました」
お父様の相変わらず締まらない、そのだらしない顔に突っ込みたくてしょうがなかったが、ぐっと堪え無視して話を進めた。
「…それで、ですね。ゴーギャン様の件はそれで良いのですが、それに付随しまして、もう一つ問題が起きておりまして…」
節目がちに言い淀む俺を見てお兄様が心配そうに声を掛ける。
「…問題か。大丈夫かい、リース? 此処でその話を持ち出したと言う事は君の中で何かしらの決心があっての事だと思うから、言わなくていい、とは言わないけれど、ゆっくりで良いよ。
…大丈夫、リースがした事で君を咎める者は此処には居ないから、さぁ…ね?」
前を向けば、お父様も困った様な、優しい笑顔を向けていて、俺を安心させようとしてくれているのだなというのが伝わってきた。
俺は肩に置かれたお兄様の手を握りつつ、再び話し始める。
「お兄様…。有難う御座います。
…まず、この事はお母様にはもう話してありますので…お父様、お兄様。
私は一月ほど前と昨晩自らの勝手な判断で貴族街を抜け出し、下町にある酒場へと一人で出掛けました。
深夜衣装をそれらしいものに着替え、一人で酒場へと行き、軽くお酒を飲んで帰ってきました。
幸いにして何事もありませんでしたが、自らの立場を省みない軽率な行動を取り、申し訳ありませんでした」
頭を下げた後、一体どんな言葉が飛んでくるのかとビクビクしていたが、一時待っても何の言葉も誰からも発せられない。
恐る恐る顔を上げると、お父様と隣に座るお母様が悪戯が成功した子供のような顔をしている。
訳が分からず、お兄様を見ると、此方は困った様な苦笑いを両親へ向けている。
何だこれ?
俺が頭にハテナを浮かべ戸惑っていると、それが尚面白かったのか、正面の二人がほぼ同時に噴出した。
「ぷふっ…、あっははははは───…。
いやぁ、御免御免。リースの面食らった顔があんまりかわいい上に可笑しくてね…ぷふっ…。
…やっと自分から話してくれたね。嬉しいよ。
最初の脱走劇の顛末を
僕らの都合でリースの自由を奪ってしまっていたんだしね。
それで、その時はそれは不問にして何も無かった事にしようって話になったのさ。
昨晩の二回目の脱出劇は、正直衝撃的ではあったけれどね、それでも何の意味も無く君が事を起こすとは考えられなくて、言い出してくれるまで待とうかって話になったんだよ」
そう…だったのか…。完全にお母様に担がれた訳か。
まぁしかし、此処で正直に話せていなかったらそれこそ家族からの信頼を損ねることになってしまっていたのも事実だ。
感謝こそすれ、恨み辛みごとなんて以ての外だよな。
それでも、一言二言くらいは言いたくなるよなぁ?
「もうっ…! 知っていたならこんなに悩まずに済みましたのに、ずるいですわ!
お兄様も、あんなお声掛けておきながら内心ほくそ笑んでいらしたのでしょう? ひどいです」
この程度なら良いよな?
横で何かが
「いや、僕は違うんだ、ダメだと言ったんだよ」
とか喚いているが、無視だ無視。
それよりも、もう一回そこへ行く日程の確認と許可を貰わねばならんのだからな。
「ふぅ…、ですが、知っていてくださったのなら話が早くて助かります。お父様、あそこへは、次は何時行って宜しいでしょうか?」
「…えっ? 何故だい? あそこと同じ酒は取り寄せるから、もう行く必要は無いだろう?」
「…えっ? えぇと、イント君へお返事しに行かねばならないので、それでは困るのですが…」
え? どういう事? 何? 何でお母様横でめちゃめちゃ笑い堪えてるの?
ほんのり上気した顔がお美しいですね。
では無くて、コラ。目線を合わせろ。
しばし笑いを堪えていたお母様が、したり顔で二人に今回の事の顛末を話してくれた。
「な、何ぃぃぃいい!?」
おい、聞いてなかったのかよ…。何、何でも知ってたんだよ的なドヤ顔晒しておいて…。
その後、男性陣は二人で顔を合わせながらブツブツと呟いていた。
そんな光景を、何か重要な事を考えてる時顎を親指と人差し指でつまみながら肘を抱える癖一緒なんだ、親子だなぁ。とか考えながらポケーっと眺めていた。
しばらく、ブツブツ言い合った後、二人で頷きあい、再び顔を此方に戻しつつ、お父様が提案をしてきた。
「それじゃあ、そんな良い店なら五日後にでも皆で御忍びで出掛けようか。
あぁ、勿論、僕らは少しだけ離れたテーブルで邪魔をしないようにしているからさ」
おぉ…神よ…。
ふざけんなよあのクソイケメンが。面倒事ばっかりじゃねえか!
「あー…、えぇ、もう…それで結構です。お心遣い有難う御座います…」
何を言っても無駄だと悟らされた俺には、頷く事しか出来なかった。
あちらを立てれば、此方が立たず。
今日は散々だよ…。…何て日だ!
何故か異様に疲れた体を引き摺り、私室へと移動した後、さっさと夜着に着替えてベッドへと現実から逃げるようにダイブした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます