第18話:公爵令嬢は追い詰められる

「お嬢様…? 以前の事がありましたから、入るのは止めておきましたが、昨晩の夜更けに奇妙な音と取っ組み合いをするような音が聞こえましたが、どうかされたのですか?

 一応、マシューといつでも突入できるように準備しておりましたが…。

 急に音が止んだので、失礼ながら覗かせて頂いた所、私が襲い…いえ、とてもかわいらしい寝顔でお休みになられておりましたのでマシューを叩き出し、私も休ませて頂いたのですが…」


 翌朝、朝の支度に来てくれたアセーラがそんな事を口にした。

 あ、危ねえ…。奇行で疑いは掛けられちゃいるが、まだバレてはない!

 俺の監視のために警備が増やされるなんて事態は避けないといけないからな。


「い、いえ? 覚えてないですわねぇ、寝ぼけてたのかしらですわぁ。ほほほ」


 咄嗟に出た言葉は、どう聞いても怪しい。

 ま、まぁ、アセーラならそんなに突っ込んで聞いてくることは無いだろう。


「はぁ…。まぁ良いです…。ただし! 私に心配を掛ける程度ならばいくらしていただいても構いませんが、ご自分のお体を蔑ろにするおイタは許しませんよ?」


「ふふふ、流石はアセーラですね。だから大好きなんです。

 分かっていますよ。これからはもう少し気をつけますね」


「大っ…。えぇ! えぇ! これからもこのアセーラに全部お任せくださいませ!」


 やっぱりね。アセーラは俺に全幅の信頼と、自分の経験に絶対の自信を持ってるからな。

 彼女の直感でまずいと思われなければ、そう突っ込んで来る事はないさ。

 優秀な侍女で助かるよ。


 程なくして朝食へ向かう。

 もはや毎朝の事なので之と言って家族と話す事は無いので、簡単な挨拶だけして黙々と食事を摂って行く。

 お父様とお兄様は領地について何かを話している。跡目を継ぐ訳でも無いしな、我が家の領地は幸いにしてうまくやれているので、気にする事でもないかな。

 俺は空いてるお母様と適当に歓談する。昨日どうしていたかだとか、買い物に行きたいだとか他愛も無い話だ。


「…リース、それでね、昨日の事で少しお話があるの。後で私の部屋まで来てくれる?

 昨日、貴方の部屋から暴れるような音が聞こえていたと報告が来てるのよ。その件で…」


 食後の紅茶を飲みながら、何の気なしにそんな事を言って来る。

 げっ! まさか、バレたのか…?

 いや、まだ分からんぞ。昨晩の奇行が何だったのか聞きたいだけかもしれん。


「何っ!? リースが昨晩部屋で襲われたのか!?」


「違いますわよ。漏れ聞くのは関心しませんわね、あなた。しかもちゃんと聞いておりませんし。

 女同士で相談し合うという事もあるのです。殿方二人はそちらでコソコソやっていると良いですわ」


「む、むぅ…。ま、まぁリース。僕だって何かあったら全てを投げ捨ててでも相談に乗るからね。何時でも言いに来なさい」


 お母様に一蹴され、体裁が悪いのか俺に話を振り、露骨に話を切ってくるお父様。

 とりあえず俺は

「はい、その時は是非に」

 と笑い掛けて置いた。ぶり返すにしてもお母様の雰囲気が何か怖くてね…。


 朝食後少ししてから、お母様の私室を訪ねた。


「なるべく早い方が良いかと思いまして。ご迷惑では無かったですか?」


「リースが来てくれて迷惑な事なんてありえませんよ。さぁ、もっと此方においでなさい」


 机ではなく、お母様のベッドへと招かれた。

 お母様と言えば、普段マナー等に結構うるさいのに、どういう風の吹き回しだ?

 隣へ座った俺を確認し、ゆっくりと搾り出すように口を開いた。


「…ねえ、リース。貴方は私やユンゲ、クローズに使用人達が好きかしら?」


「えっ? はい、好きですよ。皆さんとても良くしてくれますし、愛情を持って接してくださいますものね」


「そう…、それを聞いて安心しました。では、そんな愛する家族に隠し事なんて、してませんよね?」


 ピクッ! と俺の体が跳ねた。訓練の時でも掻いた事が無い様な嫌な汗が額と背中に浮き上がる。


「え、えぇ、勿論ですわ。私に隠し事なんて。

 昨晩だって、単に寝ぼけていただけだと思いますですわ~」


 俺は嘘が下手糞だよなぁ。アセーラは騙せたが果たしてお母様は…。

 お母様は社交界で沢山の汚い輩を見てきてるしな。あるいは…。


「…はぁ、リース。無理をして取り繕わないで。お願い。貴方自ら話して頂戴…」


 モロバレでした。てへぺろ。

 …なんて言ってる場合じゃねえ!

 どうする!? どうする、俺! 何か全てがバレてるっぽい雰囲気なんだが?


 ギュッと握る俺の拳の上にそっと白く透き通った細指が添えられた。

 手の持ち主の方を見ると、今まで見たことが無いほど弱々しく、今にも泣き崩れてしまいそうな顔をしたお母様がいた。

 そうか…お母様はお母様で、とても心配してくれていたんだな…。

 俺は

「ふぅ…」

 と息を吐きつつ覚悟を決め、それでも顔を見ることができないため、俯きながらポツリポツリと白状した。


「…昨晩は、皆が寝静まった後、私の部屋の窓から抜け出しまして…。

 その、下町の酒場へ、行っておりましたの。

 …ゴーギャン様の事で考えが纏まらず、一人で考えていてもどうにもならなくて…。

 ある人に、相談に行きました。…申し訳ありませんでした」


 あーあ、バレてたか。監禁されるのかなぁ…。

 それも仕方の無い事だよな。一人で今後を憂いて落胆していると、目の前が暗くなると同時に、顔の横に柔らかいものが当たった。


「よく、正直に言ってくれたわね、リース。有難う。

 貴方が正直に話してくれたから、私も何故その事を知っていたのか話さないといけないわね。

 ランドグリス王国は、他国に類を見ないほど治安の良い国です。貴族街はそれにも増して治安が良いわ。

 それでも、何時何が起こるか分からないのが世の常よね。

 だからどの家も、当然護衛や私兵を雇い、警備に当てているの。マシュー達が良い例ね。

 けれど、我が家は屋敷内には兵を置いるけれど、屋敷外には兵を置いていないわ。

 貴方が簡単に二度も敷地から出られたのがその証拠ね。

 門番を置くと、それだけで威圧感が生まれてしまって、近寄りがたくなってしまうの。ユンゲがその事を嫌ってね、大っぴらに兵を置くのをやめたのよ。

 でも、それだといざ侵入者があった時とか、不測の事態に陥った時に対応が遅れてしまうので、裏の私兵を忍ばせているの。私達は忍兵にんぺい呼んでいるわね。

 彼らには時に密偵をこなしてもらったり、要人警護についてもらったりもしているわ。

 貴方が敷地から出て行った後、忍兵が貴方に着いて行って、密かに警護していたの」


 全部お見通しだったわけね。さらっと一回目の大脱出も把握されてたらしいし。

 何食わぬ顔してしてやったりとか思ってた俺、バカみたいじゃねえかよ。


「そう…だったのですね。まさか現代に生きる忍者が我が家にいたなんて、全く知りも気付きもしませんでしたわ…」


「に・ん・ぺ・い、よ。聞き取りづらかったかしらね?

 …黙っていて御免なさいね。忍兵の立場上、そう簡単に公にするわけにもいかないのよ」


「いえ、謝って頂くような事は何も。そもそも私が勝手な行動をしたせいですので…」


「そう…良かったわ。実は、之を話したら貴方に嫌われてしまうんじゃないかって、不安だったのよ」


「そんなこと! そんな事でお母様を嫌いになんてなる訳がないじゃないですか。そんな事言ったら私こそ・・・」


「いいのよ、リース。それも有り得ない事よ。

 それで? ゴーギャン様の件については、何かしらの決心がついたのかしら?」


「えぇ、そちらについては一応…。ですが、また別の問題も出てきてしまいまして…」


 その後、昨晩イント君に相談してからの出来事を言った。

 お母様は最初こそ驚いたものの、一回目に会った時から既に疑っていたらしく

「やっぱり、そうなるわよねぇ…」

 と、困った様な顔をしていた。

 そして、全てを静かに聴き終わった後、やさしい笑顔で此方を向いた。


「そう…。貴方は貴方で、大変な思いをしてきたのね。それでリース、実はそちらの方も決心はついているんじゃないかしら?

 悩んでいると言う口ぶりの割には、事実確認のような語り口調だったけれど?」


 なんだか、嬉しそうにそんな事を言ってくる。

 まぁ確かに、悩んでると思い込んでただけで、出来事を語っているうちに同じ事じゃないかと思い始めていたんだよね。


「確かに…今はもう思い悩んではいません。後はどう伝えるか、くらいでしょうか。

 それが一番の悩み所でもあるのですけれど…」


「うふふ、そんなの、真剣に相手に正直な心をお伝えすればいいのよ。

 だけれど、まだ時間はあるのよね? もう一度そのケジメで大丈夫なのか、貴方の将来を左右する事になる気がするその方々に、その答えで本当に良いのか、ちゃんと見つめなおしてね。

 あぁ、それから、そんな良い酒場だったら、ユンゲにも教えてあげないとね」


 そう言って、お母様は齢を感じさせない悪戯っぽい笑みを向け、口元を扇子で隠した。

 ひどく妖艶に見えるそれに少し見蕩れてしまったが、言われた事を思い出し、俺はまた頭を悩ませるのだ。


「お母様…」


 この人は…俺をどんだけ上げて落とせば気が済むのかね。

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