第17話:(閑話)ある酒場の店主の告白
おっす、俺は下町で最も貴族街に近い酒場『バーボン・ハウス』をやってるボンベイだ。
今日も今日とて、俺の店は平和で静かだ。
言ってて悲しくなってくるな…。
当初、此処に建てたのは、貴族様にも偶に使ってもらえる下町のちょっと小洒落た酒場を目指したからだ。
しかし、現実はそんなに甘くはできちゃいないもんでね、貴族様方が下町で飲み食いする事は百パーセント無いと知ったのは、完成しちまってからだ。
下町の連中は、貴族街には近づきたがらないから、下町の客もあんまり来ない。
まさに八方塞とはこの事だわな。
だが、そんな折店の名前の一部にもなってる女房のバーボネラがある提案をしてくれた。
「どうせ普通の酒場をやっていても来ないのなら、ちょっと変わった内装にしちゃいましょうよ。
下町の人達って、貴族街には近づかないけど、貴族の恋愛小説なんかが流行ったりで、憧れはあるのよ?
だったら貴族様達が飲み食いする酒場を勝手にイメージして、そんな内装にしちゃいましょうよ。
場所は変えられないからそこまで流行らないかもしれないけど、気に入ってくれる人は必ずいるわ。
そう言う人たちが集まれば、お店も軌道に乗るはずよ! がんばりましょう、あなた!」
自分で言うのもなんだが、良い女を捕まえたもんだよ。
それから各席をレースカーテンで間仕切りしたエリアを作ったり、椅子をソファに変えてみたり、店内の窓を極力減らして蝋燭で明り取りをしたりなんてやってみた。
もちろん、普通の席も用意はしてある。カウンターとか、丸椅子と角テーブルとかな。
酒も下町の酒場じゃあんまり扱わないようなのを置くようにした。値段よりも味を優先していい地方のを取り入れたりな。
女房の予想は大当たりで、リピーターがすげぇ増えて、店も軌道に乗っていった。
あれからもう三年、貴族街前の酒場として、名前は覚えられてないが、認知はされている。
相変わらず忙しくはならないが、そういう雰囲気が好きな客には贔屓にしてもらえて、有り難え事だよ。
そんな店だから、ご新規さんってのはそんなに見るもんじゃあないんだが、ある日すっげぇイケメンって奴が現れた。
なんつうか、儚げって言うのかな。女よりもサラサラした髪に女よりも長いまつげ、なんつうかな…そう、王子様だ! そんな言葉が似合いそうな兄ちゃんだったよ。
そんなのが節目がちに、今にも消え入りそうな雰囲気まとって入って来たんだ、気にならないほうがおかしい。
だが、ここは酒場だ。客の私生活に踏み込むのはご法度だからね、突っ込んだ事は聞いちゃならねえ。
一発目からオススメの樽って言ってきたから、酔って流したい事もあるんだろう、悪酔いしないようにファジーの蜜漬けでも出しておいてやろうかね。
「はいよ、此れは俺からの差し入れだ。
兄ちゃん、酒で忘れたい事があったとしても、溺れるのはいけねえよ?
自分の体は大事にな、兄ちゃんが居なくなったら悲しむ人は、沢山いるんだろ?」
「っ…! はい…有り難う御座います」
はっとした顔で俺を見た後、何とも表現しづらい表情で俯きながらそう言って来る。
礼儀正しい子じゃねえか、こういう子だから必要以上に悩んじまうのかもな。
兄ちゃんが酒を呷り始めて三十分くらいだろうか、樽酒をグラスで三杯もやっちまってて、ちょっとペースが速いよなんて注意しようとしてたら、入り口の開き戸が開いた。
きょろきょろと周りを見渡しているのは、とんでもねえ美少女だった。
なんじゃありゃあ…。
驚愕に包まれつつ、カウンターに座った彼女は、しばらくメニュー看板を見み悩んでいたが、何かを決意したのか
「よしっ」
と小さく頷いて、エールを注文してきた。
いやぁ、顔も良けりゃ、声も良いね! 心が晴れ渡るような気分になるね。
俺がささっと出したエールを少しばかり見つめた後、ゆっくりと口を付ける。
「お、おいしい…!」
そうだろうとも! エールだって、蔵元を探して良いヤツを探してきたんだからな。こだわりが違ぇよ。
その後、一気にエールを呷った彼女は、とろんとした目で「ぷはぁーっ。」とか言ってる。
な、なんかエロいな…。俺の半分以下の年だと思うんだが、何でこんな色気持ってんだ?
「お、とてつもない別嬪さん、いい飲みっぷりだねぇ!」
「うふふ~、マスターのお酒が美味しいからですわ。次は樽酒を頂こうかしら。
ふふっ、本当においしいですわね」
っ…! っと、危ねえ危ねえ…今一瞬完全に動けなかったぞ。
俺は頭を振って、いそいそと樽酒を注いだ。
そして、樽ジョッキと一緒に準備した煎り豆の塩まぶしをトン、と置く。
「あいよぉ!これはおまけだ!」
「わぁ、有り難う御座います。…ん、塩加減が丁度良くて、此れも美味しいですね」
そうだろうそうだろう。その豆も贔屓にしてる豆屋のオヤジの所に偶に入ってくる貴族様用の四種豆を分けてもらってんだ、下町じゃ中々食えるもんじゃないぜ。
しかし良い子だねぇ、こっちのする事に一々反応してくれて、こちとらも遣り甲斐があるってもんだよ。
しばらくチビチビと美味しそうに樽酒を飲んでいたかと思うと、何かに気づいたようにジョッキを持ってフラフラとあの思いつめてる兄ちゃんの所に歩いていった。
あぁ、もうちょい近くで見て居たかったんだがなぁ…。
しかし、本当に珍しい子だな。一人で夜の下町をうろつくのもアレだが、酒場で他の客に声を掛けるヤツはあんまりいない。
人を疑うって事を知らないのかねぇ。何だか育ちの良さそうな娘さんだしな。
よしっ! 変な虫が付か無えように、しっかり見張っといてやるからな!
最初こそ何か堅い感じだったあの兄ちゃんだが、時がたつにつれてどんどんと明るくなっていった。
普段はあんな感じで、明るい奴だったんだな。相当何かに追い詰められてたってことかい。
あの別嬪さんは、それを感じ取って気を紛らわせに行ったって事か…? いや、流石に考えすぎかな。
しばらく二人でえらく盛り上がっていたが、別嬪さんがふと壁掛けの時計を見て慌ててペコペコしてる。
あぁ、楽しい酒ってのは時間を忘れちまうよな。
門限でもあったかな? あんまり遅えとあんな子の親だ、心配しちまうよな。
「マスター、お会計お願いします。あの子の分も一緒に」
「おや、早速奢りかい? 今じゃ古い考えだが、そう言うの嫌いじゃないぜ。甲斐性あるね、兄ちゃんも」
「ははは、いえね、彼女がお金を家に置いてきたなんて言うものですから。」
…当たりが良いとは思ってたが、天然のこましかい? あの別嬪さん…。
将来が怖くて仕方ねえよ、俺は…。
裏で申し訳なさそうに縮こまってる一見さんの将来を案じずには居られなかった。
そんな顔を見たのか、兄ちゃんが
「いえ、でも申し訳ないから次は自分が全部払うと言ってくれましたので…」
とかやたらと嬉しそうに弁明してくる。
そうかぁ…数時間で既にやられちまったか、イケメンの兄ちゃん…。
俺はこのイケメンの確定で尻に敷かれるであろう未来を案じずには居られなかった。
あの日から、イケメンの兄ちゃんがほぼ毎日うちに来るようになった。
来る度にずっと小一時間周りをキョロキョロしてるから、あの別嬪さんを探してるんだろうな…。
だがよ兄ちゃん、俺の当たりじゃあの別嬪さんは貴族様だぜ?
貴族様がいくら本人の意思でも体裁ってもんに縛られてそう下町に来れる訳無いと思うがね。
案の定、一週間過ぎてもあの別嬪さんは現われる事も無く、二週間過ぎた頃には、イケメンの兄ちゃんも義務感に囚われて通ってるだけな感じに見える。
兄ちゃんの来る頻度も毎日から隔日くらいに落ちてきてる。
まぁよ、初恋なんざそんなもんだよ。大体が打ち明ける事すらできずに失敗に終わるってもんよ。
まぁ俺はバーボネラを勝ち取ったわけだがな! ダァーハッハ!
…うるせぇ! 自分で言って置いて照れてなんていねえよ!
最近じゃ兄ちゃんの顔見る度にかわいそうになっちまって、差し入れをやってる。
実らないつらさが分から無い訳じゃ無えからよ。
「ようこそ、失恋酒場へ。なんつってな、おい元気出せよ。別に彼女じゃなきゃダメなこた無えだろう?
ほら、この前だって兄ちゃん女の子に声掛けられてたじゃねえか。あの子だってよっぽど別嬪だぜ?」
「あぁ、マスター…。失れ…うぅっ…。
その方ならもう面と向かってお断りさせて頂いたじゃないですか…。僕は彼女じゃないとダメなんです。
まだ振られたって決まったわけじゃないじゃないですか。
そもそも、僕の想いだってまだ伝えてないのに! これで諦めるなんて、そうしてしまったら僕は負け犬だ…」
「わ、悪かったよ! 泣くなよ、ほら、今日もこれやるからよ…。
まぁ、兄ちゃんがそれでいいなら赤の他人の俺がとやかく言えるわけじゃ無えけどよ、傍から見てて辛気臭いのも辛いもんだぜ?
どっかで折り合いつけるのも、大人の男の選択肢だとは思うがね。
ま、納得行くまでやってみなよ!」
そう言ってその弱弱しい背中をバシッ! っと叩いて慰めてやるのが恒例行事になりつつある。
あれから一月過ぎて、一月と一週間に差し掛かりそうな頃、久々にご新規さんがやってきた。
何だありゃ? フードなんか目深に被って…。
やだねぇ、家の店に世間様に顔向けできないような輩が住み着くとか、品格が落ちそうだ。
俺が訝しげな横目でチラ見していると、おもむろにそいつがフードを取り払った。
っ…! いつかの別嬪さんじゃねえか…! たった一月でまた別嬪さに磨きがかかってらぁ。
いやぁ、女の子の成長は本当に速いねぇ。
家に娘が生まれたら、すぐああなっちまうのかねぇ…。
…生むなら男だな! うん!
「おや、いつかの別嬪さんだね。御贔屓にしてくれてどーも!
今日も一人かい? 何にする?
お姉さん、中々強いからね、最初から樽行くかい?」
「私、一期一会を大切にしておりますの。
そうですね、ですが、今日はゆっくり楽しみたいので、やっぱりエールから頂けますか?」
「あいよぉ!そんじゃ、これはサービスだ!
シャックって珍しい鶏が入ったからね、その肉の黒焼きだよ。塩とコショウで下味つけてあるけど、添え物のパペダの果汁を搾ってもらったらもっと香りよくなるよ!」
「わぁ、シャックは貴族街でもそこまで食べられるものではありませんのに、こんな珍しいものすみません。マスターは本当にいつも気前が良いのですね、そんなマスターは私も大好きですわ」
俺が笑顔で久々の再開を喜び、ちょいと奮発して差し入れしてやると、とんでもない返事を返された。
違う違う違う、この子は意識なんてしてない、してない、してない…。
言い聞かせておかないと俺まで落とされそうだ。久々に見るが本当にとてつもねえ威力だな…。
必死に雑念を振り払い、エールをいそいそと用意する。
…やっぱり飲みっぷりが良いねぇ、この別嬪さんは。それだけ嬉しそうに飲めば、酒も喜ぶってもんよ。
危うく忘れかけていたが、奇跡が起きた事を、あの兄ちゃんに報告してやらねえとな。
最近人探しに来てるのか、自棄酒飲みに来てるのかよく分から無え感じだしな。
「おうおう、兄ちゃん! 天使様がご降臨なされたぜ! そんな辛気臭え雰囲気でお出迎えしても良いのかよ?」
「えっ…!? あ、ほ、本当だ…」
おい、今から泣きそうになってどうすんだよ?
そんな調子で本当に想いなんざ打ち明けられるのかねぇ…。
犬みたいにパタパタとカウンターの方へ行き、それはもう嬉しそうに話しかけてる。
…あれ、尻尾…? いかんいかん、今日は疲れてるのかね。
それからしばらく、二人のその間の近況を報告したりしていたようだ。
”偶に”酒場に寄ってたとか、小さな見栄を張れる気概があるなら、何とかなりそうだな。
俺はニヤニヤしながら二人のやり取りを眺めていた。
追加の酒を置きに行ったとき、不穏な単語が別嬪さんから発せられた。
騎士様に告白されただと…?
…おいおい、しかもそれが満更でも無いみたいな言い回しかよ?
うわぁ、こりゃ兄ちゃんに良い酒で慰めてやらないといけねえかもな…。
俺が一人で在庫状況を考えていると、兄ちゃんの発する雰囲気が変わった気がした。
ひじを突いてカウンターの奥を見ているようだが、目が据わってる。
客の情事や相談事に首を突っ込んじゃいけねえんだが、もう兄ちゃんとも一月の付き合いだ、どうしても気になって、耳を傾けてしまった。
「リースさんは、現状その騎士様の事をどう思っているの?
あぁ、その出来事を考えると頭の中に騎士様が出てきちゃうって言うのはとりあえず考えないようにして。
印象が強すぎると頭の中をそれ一つが支配しちゃうのはしょうがない事だから、極力その事は考えないようにして、且つ、その騎士様の事はどう感じてる?」
「そうですね…。どう感じているか、と問われたら現状頼れるお兄さんという印象が強いでしょうか」
「ふぅん、なるほど。じゃあ、その頼れるお兄さんの騎士様と結婚すると言われて現実味はある?」
「うーん、無い…かなぁ…。いえ、ですが、あれほどの好意を真っ直ぐに向けてくれる方はそう居ないというか…。
お兄さんが高じて恋愛対象になっていったっていう作品もあるといいますか…」
「いや、現状の話だからね。現状そうだと言うなら下手なキープみたいな事は止めた方が良いと思うよ。
はっきりと今の気持ちを伝えて、それでも尚食い下がってきた時に改めて考えるようにする方が精神衛生上良いと思うよ。
それに、婚約してしまったら、法に縛られるし、やっぱり合いませんでした、じゃあ済まない事になるしね」
あぁ、貴族様限定でそんな法律あったな。かわいそうだねぇって女房と話してたので何となく覚えてるわ。
別嬪さんも、さも驚いたように眉根を上げて、口元に手を当ててる。
驚いて一瞬隙が出来た様な気がした瞬間に、兄ちゃんが別嬪さんの手を取って、胸の前に持ち上げた。
うおおお! やりやがった! まさか、このタイミングでいくのか!?
つうか、別嬪さん抵抗なしかよ! どんだけ疑う事を知らないんだよ。
「それに、さ。好意を真っ直ぐに伝えるなんて、僕にだってできるよ。
リースさん、僕は初めて貴方に会って、話をした時から、貴方の朗らかな人柄に惚れました。
貴方が好きです。騎士様みたいに強くは無いけれど、貴方を不幸になんかさせません。
僕と結婚を前提にお付き合いしてください」
「えっ、えぇぇえ!? ちょ、ちょっと待ってくださいイント君、どうしちゃったんですか?」
いったああああああああ!
おいおい、俺の興奮が留まる事を知らねえぞ。
別嬪さんがあたふたしてるのが、その姿形とのギャップで初々しい。
「ね? いきなり言われたらそうなっちゃうよね。そんなもんなんだって」
「っ…。もうっ! ビックリしましたよ。
でも本当にそうですね、一瞬何も考えられませんでした」
あれ? ここまでやってビビって冗談にして逃げようとかしてんの?
「ふふふっ、そんな感じに見えたよ。
…、でも、僕の気持ちは本当だから。本当に貴方を愛してますから。考えてくれると嬉しいな」
「っ…! か…考え…考えさせてください…」
うわ鬼畜…。俺もあんなあたふたしてる人間に追い討ちは掛けれねえや。
一人儚い美青年の変貌振りに恐々としていると、別嬪さんが心此処に在らずな雰囲気でフラフラと会計を求めてきた。
あぁ、ちゃんと前回した約束守るつもりなんだ。律儀だねぇ…。
そりゃいいお嫁さんになるよこの子は…。
釣りを渡してやると、今にも茹で上がりそうな真っ赤な顔をフードで隠し、猛スピードで店を飛び出していった。
…あれ? 今別嬪さんの後ろに人影が見えたような…?
これ、まずいんじゃねえか? いくら貴族街が近くても絶対に何も無いなんて言い切れるか?
「おい、追いかけて、送っていかなくていいのかい? って…えぇ!?」
イケメンの兄ちゃんは、笑顔のまま気絶してた。
彼女にバレなくて良かったなぇ、おい。
こんなひ弱な姿見せたもんなら、創世記の恋も冷めるってもんよ。
しばらく放置して、はっという感じに覚醒したのを見計らって、声を掛けてやる。
「おう、兄ちゃん! とんでもねえタイミングで言ったねぇ。
でもまぁ、漸く想いを告げるって念願適って良かったな!
あとは返事だが、また此処でもらえるって感じなんだろうかねぇ?
だとしたらそれまでまた引き続き、毎度あり!」
「言っちゃった…言っちゃったよどうしよう…」
俺の渾身の冗談は聞いてもらえなかったみてえだな…。
まだまだもうしばらくはこのひ弱な兄ちゃんとの付き合いも続きそうだ。
次またあの別嬪さんが来るまでに、精々鍛え直してやるとしますかね!
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