第15話:公爵令嬢は悩む

 逃げるように自室へ閉じこもって、現実逃避するように眠りに落ちてから数刻。

 ばっちり目が覚めてる俺がいる。

 時計を確認すれば、時刻は十二時を回った頃。

 朝まであと五時間とか…! 寝ようとすればするほど、目が冴えちゃって眠れないんだよなぁ…。

 しかも、さっきからゴーギャンに言われた場面が再生されまくってて、嫌でも意識しちゃうし…。


 あぁ!

 もう!

 何なんだよ!


 考えすぎて眠れないなら、考えられなくなればいいじゃない、ということで、部屋で歩方の復習とヨガレッチをする事にした。

 手近な所に合った柄の長い燭台を木刀の代わりにして、素振りも織り交ぜていく。


 しばらく考えない事を考えつつ

「ふん、ふんっ!」

 と唸っていると、徐に入り口が少し開いた。

 誰だ!? 暴漢か!? 夜這いなんて不届きな事をする男がこの屋敷にいたかしら?

 なんて思いつつ、入り口に燭台を向け、睨みつける。


「ひっ!? お、お嬢…様…? 如何なされましたか?

 随分前にお休みになられたと思っていましたが…」


「あぁ、アセーラでしたか。

 この様な時間にノックも無く扉が開くものですから一体誰が来たのかと思いましたよ。

 すみません、声が響いてしまっていたでしょうか。

 ちょっと目が冴えてしまって、眠れなくなってしまったので、軽く運動すれば眠気が来るかと思いまして…。

 こんな夜更けに心配させてしまいましたよね、御免なさい」


「い、いいえぇ! 良いんですよ!

 私も、てっきり眠っていらっしゃるはずのお部屋から変な声が聞こえたので、コソッと覗いてしまいました。

 申し訳ありませんでした。

 …マシュー、ありがとう、何も問題は無さそうです。深夜にすみませんでしたね、持ち場に戻ってください。

 ───…、心配なのは分かりますが、深夜に淑女の部屋へ男が入るなどありえません、ここは私が取り持ちますから、戻りなさい。

 …全く、体験入隊から戻ってからマシューの様子までおかしいわね…。

 あぁ、お嬢様すみません、マシューには持ち場へ戻らせましたので。

 …それで、如何されましたか?

 その、眠れないほどのお悩みがあるのでしたら、私にお話頂けませんか?

 打ち明けるだけで気が晴れる事も御座いましょう。

 あ、いえ、お嬢様が旦那様や奥様にもお話していない事を私に話すのが憚られるのでしたら、ご無理に、とは言いませんが…。

 ですが、帰ってからのお嬢様の悲痛な面持ちを拝見していますと、使用人一同、自分達まで心苦しくなってしまうというか…」


 あぁ…、一人で勝手に身悶えているうちに、家族や使用人達にまで察せられて心配掛けちゃってたのか…。

 申し訳ないことしちゃったなぁ。

 アセーラは家族だとか公爵家だとかの蟠りもないし、相談しやすいっちゃしやすいんだよな。

 もう十年も俺付きでやってくれてるしな。


「私が自分の世界に入り込んでいる間に、皆さんにそんなに心配をお掛けしてしまっていたとは、気付きませんでした。

 すみませんでした。…別に誰に言うのが憚られるという訳では無いのですが、ちょっと頭の処理が追いつかなくて、結果として話せなかっただけですわ。

 …アセーラ、良ければ聞いていただけますか?」


「えぇ、えぇ、勿論ですとも。

 ではその前にお体をお拭きしましょうね。

 もう、こんなに汗だくになるまで運動していたのですか?

 どこが軽い運動なのやら…。それに燭台などを振り回されて、睨まれた時は何かに憑依でもされているのかと思いましたわ。

 …はい、これで宜しいですね、新しい寝巻きをお付けください。

 それで、どうされたのですか? 一体何にそんなにお悩みになられているのですか?」


 俺は体験入隊での出来事を、思い出せる範囲で話し、最後にゴーギャンに突然告白された後、記憶が飛んでいる旨を伝えた。

 アセーラも最初の内は

「まぁ! お嬢様は根性がおありになるのですね」

 なんて微笑ましく相槌を打ってくれていたのだが、段々と表情が険しくなり、最後の出来事をを聞かせると、俯いてしまった。

 なんかカタカタ震えてるぞ、おい、大丈夫か?


「…やはり、行かせるべきでは無かったのです…。

 一週間も共同生活を送ればそうならないはずが無いではありませんか…。

 ミスティアという子もアウトですね…。

 しかし、総隊長か…、立場がそれなりな方ですから、秘密裏に処理するのも難しい…。

 これは困った事になりましたね…」


「あ、アセーラ? 大丈夫ですか? 何か様子がおかしいですが…」


「…あぁ、お嬢様、申し訳御座いませんでした、私も自分の世界へ入ってしまって居りました。

 …お嬢様は、その、ゴーギャン様の事はどう思っておられるのですか?

 サクリファス家は恋愛結婚が家訓ですので、お嬢様がはいと仰れば、私共は応援させて頂きますよ。

 …そりゃあ、認めたくはありませんが…」


「え? 最後の方が良く聞こえなかったのですが。

 …そうですね。実は、良く分かっておりません…。

 告白されたのは初めてですので、とても嬉しく思うのですが、私自身は好意こそありましたが、それほど意識していたわけでもありませんので、一体どうしたらよいものかと…。

 でも考えれば考えるほど、ゴーギャン様のお顔が頭に浮かんで来て、恋をしている気になるというか…。

 ごめんなさい、うまく言い表せなくて」


 俯く俺の肩を優しく包み込む何か。

 ちらと目を向ければ、白く綺麗な細指。

 反対を見上げると、暖かな笑みを浮かべて此方を見ているアセーラの綺麗な茶色の瞳がある。


「そうですか…。最初は悩むものでございましょう。

 お嬢様、よく悩み、ご自分の心と慎重にお話ししてくださいまし。

 ご協力できず、心苦しいばかりですが、之については、人にどうしろと言われて決断してはいけない問題で御座います。

 …大丈夫ですよ、お話しに聞く限り、相当に過酷な一週間で御座いました。

 それを乗り越えて帰ってこられたお嬢様なら、きっとご自分に納得できる答えが出せるはずです。

 未だお答えする期限には二日もあるのですよね?

 旦那様方にお話を聞くというのも手で御座いますよ。

 何せ恋をして、苦難を乗り越えてこられた先輩方なのですから。

 さぁさ、ですが今夜はもう夜も深くに御座います。

 私がお体をほぐして差し上げましょうね」


 そう言って、肩から腰、太ももに掛けてをゆっくりとマッサージしてくれる。

 アセーラが近くにいると感じるだけで、安心できる上に、ぶちまけた事でどこかスッキリとして、変に意識する事も無かった為、程なくして睡魔に襲われる。

 非常に優秀な侍女が付いてくれたものだと内心嬉しくなるね。


「アセーラ、有難う御座います、段々眠くなってきましたわ。

 でも、もう一つだけ我侭を聞いてくださるなら、しばらく一緒に寝てくれませんか?

 一人だと意識してしまうと、また思考のド壷に嵌りそうで…」


「良いですとも。このアセーラ、お嬢様がお眠りになるまで、お手を握って目の前で横になっていましょうね」


 それを聞くか聞かないかの内に睡魔が強くなり、思考を停止させた。

「ハァ…、ハァ…」

 という荒い息遣いすらもこの時は心地よく、手のひらの温もりを感じつつ、意識が途絶えた。


 翌朝目覚めると、柔和な茶色の瞳と綺麗な金髪が眼前に広がっていた。

 もしや一晩中こうしてくれていたのだろうか。

 本当に献身的な侍女だよ貴方は。

 朝から美人を見つつ起きられて今日も幸せです。


「おはよう御座います、お嬢様。朝の湯とお着替えをお持ちいたしますね。

 …はぁ、眼福で御座いました…」


 両思いって良いよね。

 朝から無意味な事を考えられるだけ回復できたのは、アセーラのおかげだよ。

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