第14話:(閑話)とある騎士の独白

 私は、ランドグリス王国近衛騎士隊総隊長を勤めている、ゴーギャン=ランドルフと言う。

 二十八になる時にわが師匠の他薦で総隊長になってしまってから、もう二年になろうとしている。


 騎士隊の中でも中堅所という年齢で、歴代総隊長では圧倒的最年少での抜擢ということで、色々な軋轢が生まれたものだ。


 壮年の千人隊長の一人であるルーファスは、こんな若輩者に着いて行けないと、騎士隊を去った。


 わが師、ネグローニは

「体が資本の商売だぞ、そんな所でやれ年齢だやれ立場だなどと言うバカは何れやめていたよ。お前が総隊長になったのがあいつにとって偶々良い切っ掛けだっただけの事、気にするな」

 とは言ってくれたが、やはり俺が成るべきではなかったのだろうと今でも思う。


 だが、総隊長から降りるという事は騎士隊を去る事と同じ事のため、それをする勇気は今の俺には無い。

 今の俺は、ただただ部下との摩擦を極力減らし、先輩騎士と波風を立てないように穏便に職務としての総隊長を全うしているだけだ。

 だというのに、騎士隊の脱退者の上昇が抑えられない。

 俺が任命されてより半年で二百六十四人が騎士隊を去った。

 通常、騎士になると、準貴族の位が与えられるため、平民よりも厚遇を受ける事ができる。

 そのため、よほどの事が無い限り騎士をやめる者など居ない、はずだった。


「お前は千人隊長になってすぐに総隊長になったから知らなかっただけで、親の事情、他貴族からの引き抜き、怪我なんかの自己都合、色々な理由でやめていく奴はいくらでもいたぞ。

 むしろお前の百人隊が一人もやめない事が総隊長抜擢の理由の一つでもある。

 まぁ、あくまで一つでもあるだけだがな」


「そうですか…。

 しかし、それでもやるせない気持ちになりますな。

 自分が今まで経験した事が無い事ですし、最初のルーファス千人隊長の事もありますから…」


「だから何度も言っただろう?

 あいつはいずれ、確実にやめていたか、やめさせられていたよ。

 ああいう騎士隊を傘に着て傍若無人に振舞うバカタレ共を炙り出すというのも、お前を抜擢した理由の一つだよ」


 そう言われつつも、それでもその言が信じきれず、部下との直接の接触を益々避けるようになっていった。


 そんな折、自分が任命されて何度目かになる一般公募兼体験入隊の希望者の中に、三大公爵家の名が入っていた。

 何かの冗談だと、最悪一般参加者が萎縮するとか理由をつけて追い返せばいいと安易に考え、名簿に入れなかった。


 そして、体験入隊初日、その冗談が本当にやってきてしまった。

 しかも、お忍びという形を取り、身分を正騎士以外に漏らさないでくれとの冗談みたいなお願いも添えてだ。

 これで断る理由が無くなってしまい、体験入隊へ受け入れる事になってしまった。


 …まぁ良い、所詮は貴族様の暇を持て余した余興だ。

 二日目辺りで例年恒例の夜逃げと共に居なくなるだろう。


 私は、体験入隊二日目からの参加だったため、今日が公爵令嬢様との初対面となる。

 さて、どんな勘違い娘が来るのやら…。


 初日ではとてつもない美人が来たと話題を総ざらいしていたが、それが公爵家からの参加者だろうか?

 まぁ、奴らは例年同じ事を言って興奮してるから、話半分に聞いておかねばなるまい。


 メイン広場で待っていると、時間が近づくにつれ体験入隊参加者達が続々と集まって来る。

 そんな中、女性陣が五人連れ立ってやって来て、その中に、とてつもない美人が居た。

 まさか奴らの言がこれほど正しいと思える日が来るとは思いもしなかった。

 思わず間抜けな顔をしていやしないかと、自分の表情をペタペタと確認してしまった。

 それほどまでに、一瞬彼女に五感を持っていかれたのだ。

 ただ、彼女がそうであると決まった訳ではない。


 情けない事に、異性にそれほどの興味を抱いた事が此れまで無かった為、見た目で年齢を測れないのだ。

 一人は一際幼く見えるし、体の鍛え方が騎士のそれなため、たぶん違うだろうが、他の四人はそれほど年齢に差があるようには見えない。


 そんな事を考えながら、最初の全体訓練を始める。

 あの美少女は…、やはりというか、ダントツの最下位か。

 体力が着いて行っていないというよりも、体の動かし方を良く分かっていない感じだな。

 あの子の担当騎士になる者には、その旨説明して、改善するようにしてやろう。


「………─────、次、ノアノア」


「はぁい」


「君の担当騎士は…、ブロンクスだ。後で互いに自己紹介しておいてくれ」


 午後の個別訓練の前に、昨日顔ぶれを確認していないため、担当騎士の発表と一緒に点呼をして、顔と名前を一致させていく。


 まぁ、この中から正騎士候補が出るとすれば良くて年一回といったところなので、真面目に覚える気など無いのが正直な所だが…。

 しかし、最後二人の内の一人が違ったか…。

 という事は、残ったあの美少女が件の令嬢という事になるわけか…。

 まぁ、どれだけ綺麗だろうが、俺には関係の無い事だ、やるべき仕事をこなさせて頂こう。

 どうせ二日目が終われば居なくなるのだしな。


「最後だな、エアリース」


「はいっ」


「エアリース殿の担当騎士は…ゴーギャン=ランドルフ、私が担当させて頂く」


 鈴の様な、聞くだけで心地よくなる声だな。

 随分と恵まれた生を与えられたものだ。

 公爵令嬢の接待なんだ、この程度の役得はあっても良いよな。


 心地よい声に浸るのも一瞬、めずらしく、というか初めて他の正騎士から異論の声が上がった。

 一目惚れした連中がそれだけ多いという事か…、まぁ、分からんでもないからな…、あまり強くは言えんな。

 ちゃんと説明してやらねば。


 その後、異を唱えていた連中を呼び寄せ、小声で事の次第を教え、普段は出ない総隊長がなぜ出なければいけないのかを説明した。

 しぶしぶながら理解をし、大人しく従ってくれるようで何よりだ。

 あぶれた連中には百人隊長に指示を出して、埋め合わせをしておいてやらんといかんな。


 今日の午後の訓練はどういったことがやりたいか希望を聞くと、持久力を付けたいと言う。まさかと思った。

 午前の走行訓練と素振りで既に倒れて気絶しそうな顔をしていたというのに、まだ体を苛めたいというのか。


 本来であれば、参加者の希望通りにしてやるか、一切を無視して自分の組んだメニューをやらせるところなのだが、後者は相手が相手の為、気が引ける。

 かといって、前者を選ぶのは、一人の男として歯止めが掛かった。

 俺は、二日で居なくなるであろう事など忘れて、最終日の六日目に照準を合わせて訓練メニューを組んでいた。


 翌日、十五年前から続けている一人訓練の最中に、異物を見つけた。

 何かの体操だろうか? ふむ、今度は筋を伸ばしているのか。凝り固まった体を解すには丁度良さそうな動きだ。

 って、何を感心しているのだ俺は。


 頭を振り、声を掛け、労うつもりが、最後に余計な事を言ってしまった。

 この余計な一言のせいで俺は昔から女性蔑視が強いと批判されてきたというのに…。


 後悔の念で相手を見やると、キョトンとした表情で此方を見ている。

 何故か居た堪れなくなり、逃げるように訓練の後半戦のために砂場へ走って逃げてきてしまった。

 個別訓練でどんな顔をしていればいいのか…、顔を合わせるのすら気まずいのはしまったな…。


 私の杞憂に反して、エアリース様は特に気にした風も無く本日の希望を言ってきた。

 有り難かったが、その気さくさに、逆に怖さを抱いたので、極力必要な事は話さないように、だがけして不快にさせないように注意して職務をこなした。


 三日目の朝、私の予想に反してまだ残っている所か、昨日に引き続いてメイン広場で何かをしている。

 これは、この方に対する意識を改めなければならないかもしれない。


 個別訓練の時に、二日目に教えた歩法について礼を言われた。

 教えをきっちり守り、師を師と認め慕ってくれる、気持ちのいい方だ。

 雑談の最中、来るべき時などと、不穏な事を口走ったため、思わず身構えてしまった。

 身構えつつ聞けば、言うに事を書いて公爵家が没落するのだという。

 思わず噴出してしまった。


「三大公爵家が没落…とな…?

 ふっ…くはっはっはっははは!

 これは面白いご冗談を仰られる。

 大丈夫ですよ、建国以来三大公爵家はランドグリス王国の象徴とも言える家柄です。これが潰れる時は王国が潰れる時、そんな事は近衛騎士総隊長の私がさせませんよ!

 しかし、没落ときたか…くふっ、ふふふっ…」


  「あ、そんなに笑うこと無いじゃありませんか! 私は名ばかり貴族なのですから、将来何があるかなんて分かりませんわ。

 だからこそ色々考えているのに…」


 実にユーモラスな方だ。

 大貴族の令嬢だというのに、それを感じさせない非常に沢山の表情を持ち、物腰も柔らかく、様々なものを受け入れる柔軟な頭を持っている。

 だが貴族としての気品もちゃんと兼ね備えているという、流石は大貴族かと唸ってしまう。


 どんどんと、このエアリースという少女に興味を引かれている自分を感じる事ができるまでになった。

 中々機嫌を直してくれない彼女を宥めていると、機嫌を直す交換条件に、負け続けている模擬戦で一勝させろと言う。

 正直に言えば、このまま放って置いても六割がた勝つだろうが、それを十割にしてくれとの頼みだ、謹んでお受けした。


「ははは、それは大役を任せられましたな。

 畏まりました、総隊長として、その任必ずや成就させてみせましょう」


  「ふふっ、よろしくお願い致しますね。

 …それにしても、そんなお顔もなさるんですね。

 やはり鉄仮面よりも、そのお顔の方が私は好きです。

 もっと貴方の色々な顔を是非見せてくださいまし」


  「っ…!!」


 その言葉、笑顔を見た瞬間、気付いてしまった。

 姿を見かけるだけで包まれる幸福感、声を聞くと覚える安心感は一体何なのだろうかと。

 俺は、この少女に興味があるのでは無く、恋をしているのだ。


 生まれてこの方、人を好きになっているなどと自覚した事など無かった。

 十五で正騎士に任命されてから、武功を立てる事だけに邁進した十年。

 千人隊長を任せられてから、いかに部下を叩き上げ、そして自分も強くなる事だけを考えた三年間。

 総隊長となり、周りとの軋轢をいかに回避するかばかり考えたちっぽけな二年間。

 その間、ずっと腰に下げている相棒だけが心の支えであり、俺の恋人だと考えていた。

 一生剣と国に人生を捧げて生きるのだと信じてやまなかったが…、そうか、これが恋心と言う物なのか。

 なるほどこれは手ごわい…。


 かつて部下がこれにやられて腑抜けになってしまったが、俺はそうならぬと言い切れるかどうか…。


 そう思ってしまってからは、もはやまともに相手の顔を見る事など叶わず、横目でちらりと追うのが精一杯だった。

 最低限の指摘、指示だけは職務精神で何とかこなしたが、彼女の顔を真正面から見据えるのは俺には出来なかった。


 翌日も、翌々日もまともに顔を見る事はできなかったが、それでは自分をアピールする事もできないし、この思いが届く事も無いと奮起し、どうしても勝てないと悩み、肩を落とす彼女にアドバイスした。

 涙目で此方を見上げるその破壊力は凄まじく、これ以上見ていたら欲望のままに体が動いてしまいそうで、見ていられなかった。


 六日目、何時も通りに起き、準備をして、部屋を出ようと扉に手を掛けたところで思い留まった。

 今日も彼女は来るのではないか?

 朝、二人きりの場面で彼女に会えば、人当たりの良い娘だ、きっと後光すら見えるあの笑顔で律儀に挨拶をしてくるだろう。

 その時、俺は今俺の中に宿るこの薄汚い獣を抑えておけるのだろうか?


 そう考え出してしまうと、彼女に会うのがとてつもなく怖くなった。


 自己訓練は部屋でやろう。

 別に、あえて外に出なければ出来ないわけではないのだ。

 この相棒を振っているだけで、俺の煩悩が薄れていく気がするのだから、部屋でひたすら振り続ければいいのだ。

 とにかく自分の今の行動をなんとか正当化しようとあれこれと考えつつ、その朝はひたすら相棒を振り続けた。


 しかし、困難から逃げた臆病者だという自己嫌悪ばかりが増すだけで、煩悩が晴れる事は無かった。


 走行訓練中、平静を出来る限り装っていたつもりだったのだが、勘のいいお方だ。

 今朝の事とかけてこの二三日について暗に聞かれたが、やはり弱い俺は下手なはぐらかし方しかできなかった。


 そして、最後の模擬戦闘訓練が始まった。

 どれだけ本調子で無くとも、あくまで総隊長として約束してしまったからには、どうにかして勝たせてやりたい。

 だが、裏で何かをしてあの負けず嫌いなお方が果たして喜ぶだろうか?

 彼女の一戦目は、騎士志望と初日の段階で言ってきた、ミスティアだ。

 近年稀に見る才能の持ち主で、基礎能力は現段階で既に正騎士に迫っている。

 模擬戦闘でもしっかりとした基礎を見せつけ、素人相手では訓練にもならない別次元の子だ。

 未だ弱冠十二歳ということから、将来が非常に楽しみな子でもある。


 模擬戦闘の組み合わせは輪番であるため、私がどうこうできる事ではないのだが、それにしても最終日に当たるのがこの子とは…何とも運の無い…。

 傍から見ている私を含めたほぼ全員が果たして何秒持つかという後ろ向きな予想に反して、彼女の戦意は些かも失っては居ないようだ。


 模擬戦が始まった。


 ほお…あの剣戟を捌くか。…ほう、私がお教えした足捌きをうまく生かしていただいているようだ。…あんな動き、どこで覚えたのだ?

 お教えした覚えはないのだが…。


 気が付けば、皆魅入っていた。


 確かにまだぎこちなさの抜けない動きだが、一つの技をとにかく追求した事で、そのぎこちなさをかばって余りある動きへと昇華させている。

 彼女の勝利への執念を感じ、自分の心根のなんと弱い事かを痛感させられた。

 決して楽ではない訓練を毎日続け、いつでも全力で取り組み、全力で悔しがり、全力で喜んでいた彼女。

 もうダメだと倒れそうになりながらも都度限界を超えて見せ、ここまで途中で逃げず着いて来てくれた。


 それに比べ自分のなんとか弱いことか。

 十五年も心と体を鍛えてきたのではないのか。

 それをちょっと思わぬ軋轢から逃げ、経験した事の無い感情から逃げ、一体何をやっているのか。

 私の心はこの瞬間決まった。

 だが、今はまず、自分の教え子の成長を見守る事としようと思う。


 一戦目は惜敗と呼んでも良い結果であった。

 あそこまで食らいつくとは誰もが予想だにしなかった事だ、素直に賞賛しよう。

 その悔しさに満ち溢れた涙目があれば、次は必ず勝てるはずだ。


 二戦目は…、あぁ、デクか。

 彼は参加者の中で体つきが断トツだったため、最初は期待したが、それまでその生まれ持った体で何でもこなせてしまったのだろう。

 訓練もそれほど真面目に取り組まず、技術を磨こうともしないため、個別の勧誘リストから外れてしまった人材だ。


 それでも、あの豪腕の威力は正騎士の中でもかなりの上位に入るであろう事は明白だ。

 だが、彼女の戦闘型と一戦目で見せたあの観の目から考えればこの勝負、彼女の勝ちで決まりだろう。

 最初わざと攻撃を受けた時は、油断で気でも触れたか!? と思ったが、その後はしっかりと相手の戦闘型を理解し、対応し、蓋を開けてみれば危なげない勝利だった。

 最終日に、やっと何の小細工もなしにずぶの素人から、大の男衆を倒すまでに至った優秀な教え子を労うため、ゆっくりと彼女に向かって歩を進める。

 彼女も此方に気付き、小走りで近づいてきた。


 と思ったら次の瞬間、首筋に飛びつかれた。


「やりましたわ! やりましたゴーギャン様! ついに勝つ事ができました! ゴーギャン様の献身的なご指導のおかげです! 本当に有り難う御座います!」


  「わははは! エアリース様! ついにやりましたな! ほら言ったでしょう? 必ず成就させますと! 先の切り替えしは真に見事でしたぞ! あんな技お教えした覚えは無いのですが、いつの間に?

 いや、貴方の事だ、他の参加者がやっているのをしっかり見て盗んだのでしょうな…、全く素晴らしい才能だ!」


 彼女の余りの喜びように、自分までついテンションが上がってしまい、まるでかわいがっている部下にするように扱ってしまった。

 一頻り褒めちぎったところで、周りからの鋭利な視線に気付いた。


「ちょ、総隊長! いつの間にエアリース様とそんな親密な仲になってたんですか!? 聞いてないっすよ! 初日に別に興味も何も無いとか言ってたくせに、ずるいですよ!」


 部下から突然彼女と親密だとか突っ込まれて頭が真っ白になり、思わずたじろいでしまった。

 すると彼女は此方の様子を見やりつつ笑い出し、良い弟子になれたか、などと聞いて来る。

 こんなに優秀で、魅力的な弟子は初めてですよ。

 すると、またもや部下の一人が、私に詰め寄ってきて、朝の訓練を一緒にしてくれないとか言いがかりを言って来る。

 何の事だ?

 むしろ遠慮していたのは此方の方だというのに。


「ふふふ、ネグローニ様といいゴーギャン様といい…、近衛騎士隊は意地っ張りの集まりなのですね。

 少し素直になってみればこの通りですのに、元々無かった溝を掘っていたのは、自分達だったという事ですね」


 彼女がそんな事をにこやかに言う。

 そうだな…。互いが互いを不必要に恐れ、警戒し、仲間だというのに気心も知れない間柄となってしまっていた。

 私が信用できなくて、どうして部下が信用して着いて来てくれようか。

 自分の半分も生きていない少女に、こんな事を教えられるとはな。

 大変な恩返しをしてもらってしまったようだ。

 それと同時に利子まで持っていかれてしまった…。


 翌日から、さっそく部下たちが私と同じメニューをこなしたいと起きて来た。

 なんだかこんな会話は久しぶりすぎて照れくさく、ぶっきら棒な態度を取ってしまったが、彼らは気にする様子も無くニコニコと着いて来てくれた。


 良い部下を持ったものだな、私は。


 最終日の訓練も全工程終了し、昼食兼慰労会の時間となる。

 毎年、ここで総隊長が乾杯の音頭を取るのだが、私はこの上からものをしゃべるのがどうも苦手だ。

 挨拶もそこそこに、乾杯を唱和し、思い思いの宴をしていく。

 私はネグローニと、静かに飲み語らうのが通例行事だ。


「それで? 今日で本当に最後な訳だが、思いの丈をぶつけるのはいつだ?」


 ワインを少しこぼしてしまった。

 何を言い出すんだこのジジイは。

 相手は公爵令嬢、私は一代貴族の騎士階級に過ぎないのだ。

 それに、年齢だって倍も違う。

 一体何処に彼女と釣り合う所があるというのか。


「サクリファス家は立場なぞ関係無い、恋愛結婚主義の家系だ!

 さっさと行け!

 これが終わったら会う機会なぞ雷に打たれる程度の確率しか残らんぞ!

 玉砕だろうが、成功だろうが、今のお前にはそれが必要だ!

 話題が無かったら俺の事を出しに使っても構わんぞ、だからさっさと声を掛けろ。

 後はお前の心が勝手にお前を動かすだろうよ」


 …それから後の事は、いまいち記憶に無い。

 ただ、エアリース嬢に告白をして、困らせてしまったという事だけは覚えている。

 酒の力を借りて漸くか、相変わらずなさけない事だが、今は言えたという記憶が嬉しくて、その事を端へ置いている自分が居る。

 エアリース嬢からの返事は、あさって頂けるそうだ。


 成功でも失敗でも、今の俺の気分は晴れやかだ。

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