第12話:公爵令嬢の一段落
四日目も五日目も、総隊長のゴーギャンがまともに話してくれる事は無かった。
こちらから話を振れば、それには少しは応じてくれる。
だが、どれも事務的な対応で三日目にやっとしてくれた世間話や冗談は一切混ざらない。
三日目に俺何かまずい事したかな?
結構三日にして仲良くなれたと思ったが、人の心ってのは変わりやすいものだね。
まぁ、俺は俺の目指す所へ向けて出来る事をするだけなので、たとえゴーギャンが話しをしてくれなくても、一定距離から近づいてくれなくてもやる事は変わらないのだ。
朝五時にメイン広場へ行き、ゴーギャンへ今日も来ているぞ、一緒に朝の訓練するんだぞというアピールに、日課のヨガレッチだ。
それに、話をしてくれなくなったとは言っても、俺との約束はちゃんと覚えているようで、俺を模擬戦で一勝させるために、対人戦の訓練はしっかりとしてくれている。
すべきことはきちんとしてくれているので、その上で文句を言うのは何か筋違いだろうと、俺から特に何か言えることは無かった。
成果も上がっていて、たった二日だというのに、五日目の模擬戦では後一歩というところまで相手の男性を追い詰めることができた。
最後の詰めが甘く、気が急いてしまい、剣が大振りになってしまった所を避けられ、有効打を食らってしまった。
かなり悔しかった。この時だけはゴーギャンも近づいてきて、慰めてくれた。
「エアリース様、惜しかったですな。
しかし、最後まで気を抜かない事は確かに私が何度も言ってきていた事であるのも事実。
この敗戦をしっかりと受け入れ、次回同じ過ちを繰り返さぬように最後まで気を持ち続ける様に致しましょう。
実を言えば、他の参加者もエアリース様の猛特訓と急激な実力上昇を目の当たりにして、個別訓練時にかなり頑張っている様です。
それでも尚、たった五日で他者との実力を此処まで縮め、寸での所まで追い詰めたのは事実です。
其処は貴方の才能と努力を誇って宜しい。
大丈夫、此処で腐らなければ後二日で十分に勝機は有ります。
着実に訓練をこなして行きましょう」
「はい…。
訓練では出来ていたことが実践の緊張感の中で生かせなかったのは、一重に私の人を倒すという覚悟と研鑚不足によるものです。
ゴーギャン様が之ほど良くして下さっているのです、必ず果たして見せます」
溢れ出そうになる涙を堪えてゴーギャンを見やると、柔和な笑顔で肩をポンと叩いてくれた。
が、その直ぐ後にまたそっぽを向かれ、離れていってしまったわけだが。
離れていった後、ゴーギャンの周りに他の正騎士達が集まって何やら打ち合わせの様な事をしていた。
まさか模擬戦で手加減しようかなんて話じゃないだろうな?
それは許さんぞ、そんな事で得た勝利に、俺の将来に如何程の価値があろうか。
だったら全力でやって最終日まで一勝もできないほうがまだ価値がある。
俺は絶対に許しませんよ! という雰囲気を精一杯だしつつ睨んでおいた。
そんな二日間だったわけだが、その二日の間に、ノアノアが宣言通り攻めに転じ、意中の正騎士といい感じになったようだ。
相手はノアノアの担当騎士になったブロンクスという青年。
年齢は18歳で近衛騎士四年目の中堅所らしい。
実力もそれなりにあるらしく、百人隊長を任せられる日も近いのだそうだ。
先ほど攻めに転じたと言ったが、三日目以降いきなりしおらしくなったノアノアのギャップにやられたブロンクスの方から告白してきたというのが真相だ。
カルーアの方は、之といった進展が無いようで、酷く悔しがっていた。
「悔しがってる素振り見せてますけど、男性側の参加者の商家の息子さんと結構いい感じになってるみたいですよ。
昼食時とか対面に座って話してるの三日目から見てるんですよ」
おっと、スプモーニちゃんからタレこみが入ったぞ。
なるほどね、照れ隠しというか、からかわれると思って隠してるんだなぁ。
素直に喜べば良いのにな。
あぁ、三日目からと言うことは、ノアノアがいい感じになる前からだから、彼女なりに気を使ってるのか。
若干下衆入ってるとか思ってたが、中々にいじらしい所があるじゃないか。
六日目の朝、之まで通り、五時にメイン広場へと向かう。
五日目の大躍進の裏話をせがまれて、朝自主訓練をしていると白状したため、もはやメモは残してきていない。
何時も通りに、ヨガレッチをこなす。
次いで、借りている木剣を構えて歩法の反復練習をしていく。
何時もならこの辺りでゴーギャンが何処からとも無く現れて朝の挨拶だけは交わすのだが…。
今日は未だ来てないようだな。別の所で訓練をしているのか、はたまた寝坊か? 気にしつつも、自分のメニューをこなして行き、最後に調整のためのランニングでメイン広場を一周した頃、宿舎への道と広場との境目辺りに人影を見た。
近づいてみるとゴーギャンではなく、二日目にちょろっと話したネグローニ千人隊長だった。
ネグローニは俺の姿に気づくと、軽く朝の挨拶を交わした。
「お早うございます、エアリース殿。
今日はゴーギャンは一緒では無いのですな。
彼奴が広場に居ないなどとは珍しい事もあるものだ。
明日は季節はずれの雪でも降るかな? わははっ」
「お早うございます、ネグローニ様。
やはり珍しい事なのですよね、十五年毎日欠かさず続けて居られると以前お聞きしましたので、私もどうしたのかと少し心配しておりました。
お部屋での鍛錬に切り替えられたのでしょうか」
「うーむ、それは私も窺い知れぬ事ですが、大雨の時くらいしか、彼奴が部屋で鍛錬を済ますなど無かったのですがなぁ。
ひょっとすると…、だとしたらほんに情けない事だ…、総隊長ともあろう者が何に怯えると言うのか…」
「怯える…? 総隊長様にも怖いものがあるのですか、意思も体もとてもお強そうですのにね」
「人間、経験した事の無い壁に突き当たると、二の足を踏んでしまう物なのですよ。
之ばっかりは私共がどうこう言った所で、彼奴自身が乗り越えるべきものですしなぁ。
…まぁ、今日の訓練にも引きずっているようでしたら、渇を入れてやらんといけませんがね、はっはは」
そう言って笑いつつ、ネグローニは宿舎へと行ってしまった。
俺も広場をもう一周走り終えた後、女性宿舎へと戻ることにした。
朝食で、今朝の事をスプモーニちゃんに話していると、横からノアノアが話しに参加してきて、ニヤニヤしてきた。
気味が悪いが、構わないと不機嫌になる子なので、どうしたのか聞いてやると、待ってましたとばかりに胸を反り答えた。
「それはね、エアリースちゃんと顔を合わせるのが恥ずかしいんだよ~」
意味が分からん。
顔を合わせるのが苦痛だというのならまだ話は分かるが、恥ずかしいってどういうこったよ?
まぁ、ノアノアの言うことは話半分に聞いておくに限るとこの五日間で学んでいるので、今回も話半分に
「そうなのですねぇ…」
と神妙っぽい雰囲気で答えておいて、忘れることにした。
朝の整列に向かうと、この時ばかりはゴーギャンも既に居て、普段と雰囲気も変わらないように見えた。
ランニング中、近くに居たので、朝の事を聞いてみる事にした。
「お早うございます、ゴーギャン様。今朝は広場には来られなかった様に見受けられましたが、どこかお体の具合が悪かったのですか?」
「む、お早うございます、エアリース様。
いえ…別段そう言うわけでは御座いません。
たまたま部屋で鍛錬したい気分だっただけですよ。他意はありません」
気分で部屋にねぇ…。
やっぱり何か雰囲気がおかしい気がするが、上手く説明できない。
どうおかしいか説明できないって事は、気のせいって事だろう、たぶん。
それ以降、あえてその事は考えないようにして、走行訓練をこなした。
そして、少しの全体での素振りの後、運命の模擬戦の時間となった。
初戦は二日目に当たって以来此処まで模擬戦に当たらなかった、ミスティアちゃんだ。
四日前の俺とは違うって所を見せてやるぜ!
結果から言うと、見ようによっては惜敗。
ミスティアちゃんの見えない剣戟も、持ち手と踏み込みから判断して、何とか捌いた。
ずっと続けてきた歩法で、間合いを詰め、根元から剣を救い上げてかち上げた所を横なぎに切り込んだが、寸での所で後ろに飛んだミスティアちゃんにかわされた。
体力面で圧倒的に劣る俺が持久戦を嫌い勝負に出て、袈裟懸けに切り込んだ所を、剣を振り下ろして叩き落され、そのまま切り返しで胴に決定打を当てられてしまった。
「はぁ…はぁ…ふぅ…。や、やはり未だ遠い相手でしたか…、悔しいですね…」
「ふぅ…、六歳から始めている剣術で負けるわけには行きません。
絶対に追いつかれませんよ!」
くそう、いい勝負はできたと思うんだがな…。
六歳から既に騎士に向けて英才教育を施されていたか…。
そりゃ向こうに一日の長があるよな。
でも、二日目に比べたら明らかな進歩が実感できた。
やはりちゃんと成長できてるって事だ。
次がある! 次の相手には勝つぞ!
一巡し、次の俺の相手は、初めて当たる男性だった。筋骨隆々で、強面のお兄さんだ。
「始め!」
という掛け声と共に、お兄さんが走りこんでくる。
見た目に違わず、木剣を楽々片手で振り回して薙いで来る。
剣先を片手で支え、それを受けてみる。
凄まじい衝撃に、それだけで少し俺の体が浮いた気がした。
その一太刀から、まともに受けるとバランスを崩されると判断し、教わった歩法と、ミスティアちゃんが使っていた剣に当てて軌道をずらす手法で捌いて行く。
無作為に剣を打ち付けてくる事から、今までその力でゴリ押しの戦法と取っていたのだと推察できる。
動きは出鱈目だが、剣筋はミスティアちゃんよりも数段劣るため、しっかりと見える。
出鱈目な動きの剣を捌きつつ、来るべき機をじっくりと待った。
そして、斜めに切り下ろして来たのを確認し、此処だ! と自分の木剣を相手の木剣に叩き付ける。
叩き付けたその反動を利用して、木剣を切り上げ、強面お兄さんの喉元にピタリと当てた。
審判の
「それまで!」
という掛け声と共に、俺の勝ちが宣言された。
うおおおおおおおおっしゃああああああ! ついにやったぜ!
周りでもどよめきが起こっている。
「おおぉ…、あんな小さいエアリースちゃんがデクに勝っちまったよ…。やっべ、俺が今やっても負けそう…」
それはどうかは分からんがね。
デクと呼ばれてるお兄さんがごり押し戦法の力任せだったから俺との相性が良かったってのもあるわけだし。
でも、それでも一勝は一勝よ! やったね!
振り返ると、ゴーギャンが柔和な笑みを携えて此方へ近づいて来る。
俺は思わず走り出し、ゴーギャンの首元に飛び込んだ。
「やりましたわ! やりましたゴーギャン様! ついに勝つ事ができました! ゴーギャン様の献身的なご指導のおかげです! 本当に有り難う御座います!」
「わははは! エアリース様! ついにやりましたな! ほら言ったでしょう? 必ず成就させますと! 先の切り替えしは真に見事でしたぞ! あんな技お教えした覚えは無いのですが、いつの間に?
いや、貴方の事だ、他の参加者がやっているのをしっかり見て盗んだのでしょうな…、全く素晴らしい才能だ!」
そういいつつ、俺の頭を撫で、肩をバンバンと叩いてくる。
痛えよ! でも、今回だけは許してやろう。
ゴーギャンの歩法のおかげで此処まで余裕を持ってかわすことができたんだしな!
少し落ち着いたところで、周りから不穏な空気を感じたので見渡すと、半分くらいが生暖かい目で、もう半分くらいが親の敵のような目で見ている。
何だこの空気は。
「ちょ、総隊長! いつの間にエアリース様とそんな親密な仲になってたんですか!? 聞いてないっすよ! 初日に別に興味も何も無いとか言ってたくせに、ずるいですよ!」
そんな中、一人の正騎士の青年がゴーギャンに詰め寄って来た。
「あっ、い、いや、之はだな…。
そ、そう! 教え子が見事な戦い振りを見せてくれたのだ!
それを喜ばぬ指導者は居らぬだろう!? それだぞ!
けしてやましい心持が何処かにあったわけでは…」
ゴーギャンが盛大にたじろいでいる。
あの鉄仮面だった男が、部下に詰問され、しどろもどろになっているのがまた可笑しくて、つい笑ってしまう。
「ふふ、あはははは、ゴーギャン様がたじろぐお姿なんて、想像もできていませんでしたわ。
ふふふっ、そうですよねぇ、毎朝私の訓練にお付き合い頂いてましたものね。
私、立派な愛弟子となれましたでしょうか? ふふふっ」
「ええええ!? 総隊長、毎朝二人っきりで訓練してたんすか!?
ちょっとどういう事ですか! 俺らとは一緒に訓練してくれないのに、エアリース様とは二人っきりで朝っぱらから…!」
「その言い方はやめろ!
そんな疚しい事はして居らん!
む…しかし、お前たちと訓練するのを断った事などあったか…?」
「とぼけちゃって! 俺らが広場行くと、逃げちゃうじゃないっすか!
だから俺らは仕方なしに、各自部屋で自主訓練してたんすよ!?」
「いや、あの時はだな、私も総隊長になったばかりで、こんな若輩者が居ては朝の邪魔になると気を利かせて場所を変えたのだ。
…しかし、まさか皆にそんないらぬ気を逆に使わせてしまっていたとは…済まなかったな…」
うん、やっぱりそんな事だろうと思ったよ。
思わぬ事で、もう一つの目標も達成できちゃったみたいだな。
「ふふふ、ネグローニ様といいゴーギャン様といい…、近衛騎士隊は意地っ張りの集まりなのですね。
少し素直になってみればこの通りですのに、元々無かった溝を掘っていたのは、自分達だったという事ですね」
「溝…、溝か…。
その通りですな。私は自信の無さから、自分の部下を信じることも出来て居なかったという事ですな。
これでは総隊長失格です、いやはやお恥ずかしい。
エアリース様には思わぬお返しを頂いてしまいました、感謝します」
そう言って頭を下げ、上げたゴーギャンの顔は、憑き物が取れた様な、晴れやかで、穏やかな表情だった。
昼食後の個別訓練は、何か分からないがゴーギャンがえらく他の正騎士からからかわれて、妙な空気となってしまった。
だが、昨日までのそっぽを向いた状態では無く、何か照れくさい感じがしつつも、和気藹々とした空気の中での訓練となった。
空気は和やかでも、こなすメニューはエグさが増しており、本日も足を引きずり宿舎へと戻る事になった。
女性陣も、六日目となると相当に疲れが溜まっているのか、無駄話なぞせず、むしろ一言も発せず風呂で筋をほぐし、ミスティアちゃん含め皆泥の様に、ベッドへダイブしたのだった。
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