第11話:公爵令嬢は期待する
三日目の朝、やはり日の出前に目が覚めてしまった。時刻は五時。昨日より早くなってる…。
凝った気がする肩を軽く動かしながら、昨日と同じように部屋を出る。
動きは軽快だ。幸いにして筋肉痛は二日目で終わったようだ。
昨日の方がハードだったのに、流石優秀な肉体だ…。
丈夫に生んでくれて有り難う、お母様。
おっと、忘れるところだった。
同居人達がまた男性陣を半殺しにしないように書置きを残しておかないとな。
ミスティアちゃんも異常だけど、それ以外の女性陣も相当強い事が昨日の模擬戦で明らかとなった。
そりゃ男性陣も夜這いなんて馬鹿な事しないよね。
昨日と同じようにメイン広場へ来て、早速ヨガレッチを始める。
うーん、相変わらずこの、前屈が…。
だが、昨日よりもやり易くなった気がする。
あくまで気がするだけだが、気は重要だしな。
「今日もですか、精が出ますな。寝不足は美容の敵らしいですぞ、ひと時の花の命を大事にした方が宜しいと思いますがね」
「ひゃいっ!? あ、あぁ…ゴーギャン様でしたか。
昨晩も泥のように眠ってしまっていたようですので、睡眠時間は十分取れましたから、その心配はご無用です。
私などよりもゴーギャン様こそ大丈夫ですか? 風の便りで耳にした話では、昨日のように走っていった先で相当に激しい訓練を行っていると聞きましたが」
「ほう、誰がそんな事を…。
知っている人間は少ないハズなんだがな…。
ですがそれこそ心配はご無用です。
もう十五年やっておりますし、所詮は朝飯前の腹ごしらえ程度ですからな」
ふーん、あくまでそう行くのね。
つうか、一々言い方に棘のある人だな。人にあまり近寄らないようにしてるのかな?
これが壁って意味なんだろうか。
「では、短い間ですが、私もそれにご一緒させて頂きますね。
といっても、とても着いていけるレベルではありませんので、こうして私は私の出来る事をしているだけですけれどね」
まずは遠くから慣らしていこうかね。
なんて考えながら、ニコリと微笑みかけると、総隊長のゴーギャンは軽く咳払いしつつ答えた。
「ふむ、まあそれを止める術が私にはありませんからな、お好きになさるがよろしいかと。
では、私はそろそろ日課に戻らせて頂きます故、失礼致します
」
そう言いつつ王国式敬礼をし、昨日と同じ方へ走っていった。
まぁ、第一関門は突破かな。
ヨガレッチの続きをちんたらこなした後、昨日ゴーギャンに教えてもらった足運びの復習をして部屋へ戻ることにした。
部屋に戻ると今日も皆起きていて、朝の運動とは何をしたのかだとか、本当に何もされてないのかとか心配された。
「えぇ~? 朝の運動ってもしかしてぇ~、…誰とやったのかなぁ~?
フフッ、二日連続とかリースちゃんも隅に置けないなぁ。
積極的に行けって言ったのは私だから私としてはいい傾向だと思うけどね?」
ノアノア…こいつはブレないな…。
思考回路が四十台のエロ親父のそれじゃねえか、どんな生活してたら十七でそんな下衆になれるんだ…。
「ノアノアさん、そういうのを下衆の勘繰りと言うのです。もっとお心を広く持ってください」
「ん~、言ってる意味は良く分からないけど、これ以上詮索するなってことねぇ~。
はいはい、どうせ最終日までには分かることだしね~、私ももう今日で半分だからね! そろそろ本気出して行くよ~!」
あぁ、前世の諺が当たり前のように通じるわけが無いんだな、失念してた。
ランドグリス王国にも諺自体は当たり前のようにあるからごっちゃになるんだよな…気をつけよう。
「下賎な考えの人間はすぐに悪いほう、人を疑う方へ考えるという意味です。
…はぁ、ひとまずそれで良いので、あまり突かないでくださいまし。
…ノアノアさん、あまりにお下品な戦法はいくら殿方がいやらしい事がお好きでも、一歩引いた関係になってしまうそうですよ。やり過ぎないようにしてくださいね。
貴方自身のその美貌があれば、十分それだけで戦力として使えますし、貴方様の価値を自ら下げるような事はお控えくださいね。
もったいないですよ」
「え、う、うん…、そ、そうだね…ちょっと気をつけるようにしようかな…。
ありがとう、リースちゃん…。」
俺が言いつつ笑顔で諭してやると、ポッと赤くなって、最後は何を言っているのか分からない返事を寄越した。
何だ、ちゃんと年相応の恥じらいも持ってるじゃないか。
それで男性陣に迫れば半数は一撃だろ。
皆で朝食を取り、既に着替えてあるのでメイン広場へ。
ノアノアやカルーアは普段ギリギリまで寝てるタイプだから、朝の時間がキツいらしい。
「此処に来てやたらと早起きになってその間に朝の支度もできるから、朝食までや朝食後に余裕があって良いねぇ。
これから朝は早めに起き上がるようにしようかなっ」
それがいいだろうよ。
俺は温室にいれられてたから朝起きて何かする必要も無かったから惰眠を貪っちまってたがな。
まぁそのせいで太ってきちゃって強制的に規則正しい生活を叩き込んでるわけだが。
午前のメニューは二日目と変わらずで、昨日必死に頭に叩き込んだため、うろたえる事も無くなんとか皆に着いて行く事ができた。
むしろ、男性側の一人を抜いてビリ脱出という快挙を成し遂げた。
やったよ!
三日で良くぞ此処まで!
俺がんばった! がんばったよ!
昼食の席で、ふと人が少ないような気がして、近場に座っていた男性に聞いてみる。
「あの、お食事中申し訳ありません、なんだか男性側の人が少ないような気が致しまして…もしかしてどなたか今日の訓練をお休みされているのですか?」
「んあ? あぁ、昨日三人夜逃げしたのさ。全くこの程度で根性の無ぇ…。
エアリースちゃんだってこんだけ着いてきてるのになぁ?
あ、昨日なんか男共が疑われてぶん殴られてたけど、俺のとこに来るんだったら大歓迎だよ、いつでもカギ開いてるからね!
なぁんて、そもそもカギなんざ無いっての、ダハハ!」
こいつ昼間っから飲んでんじゃねえのか?
俺は引きつり笑顔でお礼を言い、そそくさと席に戻った。
そうか、本当に一割が三日で逃げ出したな…、いや二日か。
実際ここで逃げ出すと、帳簿につけられて二度と体験入隊への参加は出来なくなるため、正直食い扶持のために来ている人たちにはデメリットしか無いんだが、それを差し引いても無理だったのかなぁ…。
せっかくだから俺が参加したこの回だけは途中退場無しだと良かったのにな。
期間中に戻れば一応ブラックリスト入りは回避できるらしいから、是非とも思い留まってほしいものだ。
ただ、その場合給料はナシになってしまうようだが…。
午後からは鉄仮面ことゴーギャンとのマンツーマンレッスンだ。
三日目となる基礎訓練をとりあえずこなし、歩法の復習をしていく。
「教えていただいた歩法のおかげで今日は未だ一勝の夢は適いませんでしたが、一矢報いることはできました! 本当に有り難うございます」
「たった一日でどうこうできる歩法では無いのですが、之も一重にエアリース様の努力の賜物でしょう。
体験入隊中が終わっても気が向いたら続けていただきたいものですな。
貴族様のひと時の気の迷いではない事を祈りますよ」
「まあ! ゴーギャン様の教え方が上手いんですよ。
本当に分かり易くて、どれだけこの技法を極めているのかそれだけで分かるという物ですわ。
朝のあの努力があってこそなのでしょうね。皆から尊敬されるはずですわ。
一時の気の迷いだなんて、酷い事を仰るのですね。
来るべき時に備えて、手に職をつけておく所存ですのよ?」
「私が尊敬などと…。
所詮は運に恵まれすぎた若輩者ですよ。年下に指示されて皆さぞ迷惑でしょうな。
それを分かりつつも近衛騎士という立場を捨てられない、軟弱者なのですよ、私は。
失言が過ぎましたかな、申し訳ありませんでした。
…ところで、来るべき時…とは? サクリファス公爵家では他国の不穏な動きなどを察知しておられるのですかな?
でしたら直ぐにでも王へ上げなければ」
「いえいえ、違うのです。
そうではなくて、いざサクリファス家が没落してしまった時に、私のような温室育ちが突然世間の荒波に飲まれたら一溜まりもありません。
その様な事が起こったときに自分の身は自分でどうにかできるようにして置かなければと思いまして、これからもこの教えをしっかりと守っていくつもりなのですよ」
「三大公爵家が没落…とな…?
ふっ…くはっはっはっははは! これは面白いご冗談を仰られる。
大丈夫ですよ、建国以来三大公爵家はランドグリス王国の象徴とも言える家柄です。
これが潰れる時は王国が潰れる時、そんな事は近衛騎士総隊長の私がさせませんよ!
しかし、没落ときたか…くふっ、ふふふっ…」
「あ、そんなに笑うこと無いじゃありませんか!
私は名ばかり貴族なのですから、将来何があるかなんて分かりませんわ。
だからこそ色々考えているのに…」
ぷくっと頬を膨らませ責める俺に、ゴーギャンは
「いやいや、失礼を致しました」
とわざとらしく一礼をしてくる。
こんなふざけた態度もできるんだな、この人は。
「いいえ、許しません。
許してほしかったら私をどうか一勝させてくださいまし。
残り四日で一勝できたのなら許して差し上げます」
「ははは、それは大役を任せられましたな。
畏まりました、総隊長として、その任必ずや成就させてみせましょう」
「ふふっ、よろしくお願い致しますね。
…それにしても、そんなお顔もなさるんですね。
やはり鉄仮面よりも、そのお顔の方が私は好きです。
もっと貴方の色々な顔を是非見せてくださいまし」
「っ…!!」
こんなに砕けた態度をとってくれた事が嬉しくて、俺まで笑顔になってしまう。
それでこんなお願いをしてみたのだが、はっと何かに気づく様な顔をしたと思ったら途端にそっぽを向かれてしまい、それ以降此方を向いてくれることは無かった。
うーん?
此方を向かなければ指導も出来ないだろうにと思っていたのだが、何故か的確な指摘が飛んでくる。
こいつはマジで何者だよ?
その後、ヘトヘトになりながらも、昨日までよりは体力的に持った俺は、夕食もなんとか半分いかないくらいは食べることが出来た。
ミスティアちゃんが、若干物欲しそうな顔で見ていた。
昨日まで食べてくれてたのは君だったんだね、予想通りだよ。
食えない半分をどうぞとずらしてやると、瞬きをしているうちに皿が空になっていた。
こいつもマジで何者だよ?
意識があるという事はお風呂タイムが満喫出来るということである。
ルンルン気分で、しかし動かない体を引きずって浴場へ入ると、もう皆湯船に漬かっている様だった。
服の上からでは分からなかったが、三人とも結構なメロンを育てていらっしゃる。
ミスティアちゃんは期待を裏切らないスレンダーボディですね、有り難うございます。
さぁて、キャッキャウフフの始まりだぜ! と思っていたが、皆死んだ魚のような目で浸かっている。
流れ作業のように体を洗い、湯船で筋肉を軽くほぐしたのち、水風呂で体をしめる。
ゾンビのようで、とてもスタイル良いですねだとかなんて声をかける空気では無かった。
ミスティアちゃんだけは何がそんなに楽しいのか、水風呂ではしゃいでいる。
底なしかよこの子は。
皆、済まない。
おれ自身、リースの体と感覚が馴染んで来過ぎているのか、大して興奮もしなかった上に、女同士の入浴なんてこんなもんなんだ。
何のドラマも無い。
…済まない。
風呂から上がった後、入浴イベントの為に精魂使い果たした俺は再び、泥のように固いベッドに突っ伏した。
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