第9話:公爵令嬢の初邂逅
お触書を拾ってきてくれた使用人に応募をお願いしてから二週間。ついに体験入隊へ行く日がやってきた。
朝から王宮へ行き、近衛騎士隊の面々に自己紹介をした後、一週間そこで合宿という形をもって体験入隊完了となるようだ。
出発の日、朝からの出発だと言うのに邸宅の面子勢ぞろいで見送りに来てくれた。
お母様や一部の使用人に至ってはハンカチ片手に涙目で
「無事に帰ってきてね…」
とか言ってる。
いや、馬車で一時間くらいの場所だよ? 無事も何もヤバかったらすぐに逃げ帰れるレベルじゃないか。
事実、例年一割ほどの参加者が三日で逃げ出したりするらしい。
お父様に許可を頂いた日から幾日して、外務からお兄様が帰ってきた。
その時に使用人達から俺の体験入隊の話を聞いたらしく、猛反対されたが、お父様の許可も条件付でもらっていると言うと、あんな顔もするんだ…と思えるほどの憤怒の表情でお父様の執務室に突撃してた。
まぁ…もう決定事項なんですけどね。
テヘペロ。
結局お兄様も折れて、今日は見送りに来てくれているのだが、まだ
「やっぱり止めとけばいいんじゃないかい? 剣術や護身術なんかを覚えたいなら僕が手取り足取り…」
とか言っている。
それ、もう何度目よ? なんかあれから毎日聞いてる気がするわ。
それに、目的を履き違えてもらっては困る。俺はあくまで金髪イケメンが言っていた近衛騎士の助力を得るために、そことのパイプを作るために行くのだ。
ダイエットは二の次でしかない。
女で甲冑着るとかマジでヴァルキリーとかそういう事じゃないんだよ。
女騎士さんとお知り合いになりたいとかそういう事でも無いんだ。
やましさのカケラもない。
皆に見送られてから一時間、定刻通りに王宮へ到着。
王宮へ着き、馬車を降りると機を見計らった様に王宮付の使用人達が歓迎してくれた。
一体何事かとマシューと顔を見合わせてしまった。
聞けば、噂の公爵令嬢様が王宮に参られるという事で、その歓待を任せられたらしい。
王宮側に何か勘違いさせてしまっているようなので、俺達は近衛騎士隊の所へ行って体験入隊をするのだという旨を説明した。
そしたら、それは分かっているらしい。意味が分からん…。
参加者全員にこうやって使用人が付くのかと問えば、そんな事は無いと当然の答えが返ってくる。
そりゃそうだよな。なら言えることは一つだ。
「王宮のお気遣いは大変有りがたく、此方からお断りするのは大変心苦しいのですが、私達は立場を誇示するために此処へ来たわけでは御座いません。
あくまで、体験入隊へ参加させて頂くために登城しただけですので、公爵家としての扱いはしないで頂いても宜しいでしょうか。
他参加者の方々に騎士隊としても示しが付かなくなってしまうと思いますので…」
それだけ告げると、呆気に取られている使用人達を尻目に足早に近衛騎士隊本部へと逃げた。
体験入隊の受付へなんとか辿り着き、受付を済ませる。
ここでもエアリース=サクリファスが体験入隊に来るなど冗談だと思われていたようで、予約リストへ入れられていなかったため、えらく時間が掛かってしまった。
専用の寝室が用意出来ていないため、女性の体験入隊者達と合同部屋になる旨をそれは申し訳なさそうに伝えられたが、基よりそのつもりだったため、大きく頷いておいた。
まずは、待機場所としても使われるとの事だったので、マシューと途中で別れ、宿舎へと向かう。
部屋に入ると、先客が一人いた。
こげ茶色の髪を後ろで束ねた、十代後半くらいに見える女性。
程よく締まった身体が袖をまくられた腕から垣間見ることが出来た。
俺は早速挨拶をする。
これから一週間も世話になるのだ。せめて同部屋の住人とは仲良くやっておかないと、精神的に辛くなる。
それに、よくよく見ればこの女性、なかなか美人である。
鼻の上の薄っすらと見えるそばかすもチャームポイント、キャラ付け的にも高得点だ。
「本日から一週間この部屋でご厄介になる、エアリースと申します。宜しくお願いいたします」
「あ、ご丁寧にどうも。私はスプモーニって言います。
王都出身じゃないので、前入りさせてもらってたんです、宜しくお願いします」
聞けば、日当と三食の食い扶持の為に参加したらしい。
王都の外からは案外日当目的の参加が多いんだとか。
毎年女性も数名いるようで、殆どが日当目当ての参加らしい。
女性騎士になりたい子は、体験入隊の受付の段階で既に正入隊予定と告げるんだとか。
あとは、近衛騎士とお近づきになって結婚を狙っている者達が出会いの場として来る事もあるようだ。
騎士隊もその辺りは分かっているので、女性参加者への訓練は結構甘めのものが用意されるらしい。
ちなみに、上記の事から地方からの参加者希望者は結構多く、抽選や書類選考で選ばれるんだとか。
俺はそんな通知が来た覚えが無かったんだが、家の力でシード枠だったようだ。
我が家の地位の高さに頭が下がるばかりである。
初日は顔合わせと明日からの集合時間だとか、訓練内容の確認で終わりだった。
今回の参加者は男性三十一人と女性五人だった。
女性達とは個別に自己紹介を行ったぞ。やっぱりこういう面でも繋がりは重要だからな! 秘密の花園的な面で。
最初に自己紹介したスプモーニ(16)を筆頭に、騎士志望のミスティア(12)、旦那探しのカルーア(17)、同じく旦那探しのノアノア(17)だ。
皆それぞれに良いところがある、ちょっと田舎の町娘って感じだ。
俺の身分は付き合いが面倒な事になりそうだったから、黙っておいた。
後ろ二人は何回か参加しているらしく、プチ情報も教えてくれた。
何でも、訓練は全体訓練と個別訓練があるらしく、個別訓練は一人の騎士が一週間ずっとついて教官役のようなものをしてくれるらしい。
旦那探しの者はそれがメインターゲットとなるため、相手を見極めると同時に一週間で落とす為のアプローチを掛けていくんだって。
「エアリースちゃんは何もしなくても群がってきそうで良いわねぇ、でもだからこそ、意中の相手を落とすには個別攻略よ!」
カルーア達がそんなアドバイスをしてくる…勘弁してくれ…。
翌朝動きやすい格好に着替え、本部奥にあるという訓練広場へと連れてこられ、整列させられる。
これからは、毎朝この隊列へ並んでからのスタートみたいだ。
寝坊には気をつけないとな…。
午前中は全体訓練のようだ。
まずはランニング。近衛の正騎士の方々は頭以外の甲冑をつけて一緒に走るとの事。
え、あれ何キロあるの? というか、何であんな涼しい顔して掛け声発してるの。
こいつらやばい…オラオラの匂いがプンプンする…。
訓練広場を数周し、再び整列位置へ戻る。
数周と言ったのは覚えてないからだ…これヤバイ。普段紅茶飲んでダラダラしてってのが祟ったわ…。
マシューと一瞬目が合って、すげぇ心配そうな顔で見られてるけど、余裕ないから。
でも男として油取り紙ほどのプライドを持つ俺として引きつった笑顔を向けておいた。
つうか、他の参加者、俺くらい疲れてる奴一人も居ない。
下町の人らどういう生活してんの? 頑強すぎるでしょうよ。
次は、障害物を越えつつ百メートルほど走り、ロープが釣られた壁をよじ登り降りるという訓練だ。
説明だけで既に吐きそうで困る。
ぜえぜえ言いながら、狭まる視界に耐えながら、ただ前を見て進んでいく。
回りの音も聞こえなくなった頃、全工程を走破できたようだ。
正直途中記憶飛んでるから走った実感ない。
小休止を挟んだ後再び整列し、それぞれに木剣と鉄製の身の丈ほどもある棒を渡される。これらを剣と槍に見立てて、素振りをするらしい。
おぉ、これならまだあんだけ走り回らされるよりは…。
とか思ってた俺がバカでした。
十分も続けると、普段使わないわき腹とか踏み込みの太ももとか筋繊維がちぎれる音が聞こえるような気がしてくる。
ふと辺りを見ても、男性ですら持ち上げられなくなっている者がいる。
女性陣も三人はもう持ち上げられず、それでも何とか振り上げようとブルブル震えながら木剣と格闘してる。
ただ、そのさらに横のミスティアちゃんだけは、疲れた様子もなく一振り一振り魂を込めて振り下ろしてる。
何あの子…12歳だったよね…俺より年下であれなの…?
あれヤバイでしょ…。
だが、ミスティアちゃんのおかげで俺の油取り紙が三枚重ねくらいになった。
小学生の女の子に負けるわけにはいかないでしょ。
あの子が振り続ける限り、俺も食らい付いて行ってやる。
どれだけ経っただろうか、一時間くらい振り続けた気がする。
手がジンジンしびれ、握力が無くなり、そろそろ振った拍子に前に飛んでいくかなぁ、とか思ってた所に止めの指示。
思わずその場にへたり込んでしまった。
所謂アヒル座りってやつだね、やっぱり骨格が広いんだなぁとか無意味な事が頭を過ぎていった。
人間、追い詰められると逆に可笑しな事考えちゃうよね。
宿舎近くの食堂で昼食が出されるとの事で、参加者は足を引きずりながら向かっていく。
正騎士に肩を抱かれながら本当に半分引きずられてる人も居る、どんだけだよあいつは。
とか人の事棚に上げつつ、俺もマシューに肩を借りてるんですけどね。
しかし、マシューは流石我が家の優秀な私兵だけあって、涼しい顔をしてる。
「大丈夫ですか、お嬢様? 午後の個別訓練は精神統一訓練とかに変えてもらって今日の所は休んだほうがいいんじゃないですか?
最後まで振り続けるとか、相当無理してましたよね。
いや、むしろ最後まで振り続けられるとは思いませんでしたよ」
「無理は承知です。今まで屋敷で楽をしていたツケが回ってきたのです。
走行訓練では、私一人だけ皆に置いていかれて足を引っ張ってしまいました。
何も出来ない私でも、何か一つくらい彼らに勝ちたい、着いて行きたいのです。
一人だけ特別扱いはダメです」
「お嬢様…、分かりました。何かあるようでしたらこのマシューが止めに入りますが、それまでは見守らせて頂きます。
差し出がましい事を申しました」
「ふふっ、やさしいですね、マシューは。
周りが見えず倒れたなんて事になったら、余計に迷惑が掛かります。
その時は宜しくお願いしますね、頼りにしていますよ」
スキンヘッドが茹蛸のようになってるマシューに笑いかけつつ、食堂へ到着した。
本日の昼食は鳥のササミっぽい大振りの肉と野菜スープにパンだ。
正直食欲とか皆無なんだが、少しくらい食っておかないとさらに動けなくなるため、半分くらいをかろうじて平らげる。
あんな疲れた顔してた割りに他の参加者達はモリモリ食ってる。
こいつらやっぱすげぇわ…、下町や地方領地の人ら正直同じ人間だと思ってナメてたけど、どうやら認識を改める必要があるみたいだ。
俺が食えずにいると、隣のミスティアちゃんが
「もらっても良いですか? ちょっと足りない感じで…」
とか言って来る。
この子マジでどうなってんの?
どうせ食えないから、快く渡してやると、パッと華を咲かせたような笑顔でお礼を言い、一気に平らげてしまった。
これが新たなギャップ萌えだというのだろうか。
正直かわいくて抱きしめそうになったけど、身体が自由に動かないためセーフだった。
…初日から変態認定されて、屋敷に強制送還とか笑えないからな。
午後からの個別訓練の前に、それぞれの担当騎士の名が上げられ、互いに自己紹介していく。
女性陣の担当騎士に選ばれた奴らはガッツポーズをし、外れた騎士らは肩を落とし、外れた者同士でバディを組み、傷を舐めあっている。
女性陣みんなかわいいもんな、その気持ちはわからんでもない。
しかも将来の嫁さんになるかもしれないんだ、そりゃ真剣にもなる。
俺の担当は、最後に宣言された。
俺の名が挙がると、正騎士の人達がすんげぇ睨んで来る。
何この人達、俺何か生意気やったっけ。
「エアリース殿の担当騎士は…ゴーギャン=ランドルフ、私が担当させて頂く」
その宣言が為された瞬間、まだ担当が決まっていなかった騎士達から
「えぇええ! ズルイですよ総隊長!」
「横暴だ! 職権濫用だ!」
「あんたじゃ年齢合わないでしょうが!」
とか物凄いブーイングが巻き起こる。
つうか最後思いっきりタメ口だけど大丈夫か?
その名前の人総隊長なんだろ。
俺の心配を余所に、余った騎士達の所へ行き何やら言っている。
するとしぶしぶという感じで余り者の騎士達が散開していった。
うーん、怒られた感じじゃないな。
それだけ寛容で、慕われているからこそなのか、良いね、好感持てるねそういうの、そういう上司のいる職場って離職率低いんだよね。
などと、適当な事を思っていると、総隊長が此方へ向き直り、近づいてきた。
「若い衆が失礼をしました。私、近衛騎士隊総隊長のゴーギャン=ランドルフと申します。
これから一週間担当騎士として教官役を勤めさせて頂きます、宜しくお願いいたします」
「ご丁寧に有難う御座います。私、エアリース=サクリファスと申します。
体力が無く、足を引っ張る事も多々有りますが、必死に着いて行きますので、ご指導のほど、宜しくお願い致します」
俺の身分的に一兵卒が教官役をするには厳しいと判断し、総隊長自らこの役を買って出てくれたようだ。
年齢は30らしく、総隊長としてはかなり若いらしいが、良く出来たおじ様だ。
立場が人を変えるってのはよくある話だよな。
個別訓練は、担当騎士が各々訓練内容を決めて良いらしく、模擬戦闘をしているペアもあれば、体操をしているペアもある。
俺は、午前でいきなり動いて、筋肉が凝り固まってしまっているから、一先ずはゆっくりと柔軟体操をしていく。
「エアリース様は、どのような事をお望みですか? 今日は疲れたというのなら、木陰で精神統一訓練にしておきますか」
体操中に、ふと総隊長のゴーギャンから聞かれたので、持久力をつけたい旨を説明する。
このままやられっぱなしは何か癪だよね。
一週間後打倒ミスティアちゃんを掲げてやるぜ!
つうか、その質問て、俺を試してるよね?
何にもできないお貴族様じゃないぞ俺は!
いや、今は何にも出来ませんがね。
説明した後、ゴーギャンは動かなかった表情を若干変え、しばし考えた後、ゆったりジョギングからのシャトルランのような訓練をした。
最初からやりすぎると逆効果になるとの事だったので、今日は緩めだ。
最終日を目標に据えて其処に最大を持っていくように調整するとか何とか言ってた。
まるでトレーナーだが、頼りになる事に違いないな。
しかし、こちらがどうペースが変わっても並走し、励ましの言葉を掛けてくれるのは嬉しいが、表情が全く変わらないな。
ロボットかこの人。
気まずい空気の中とにかく一週間後を見据えてのジョギング、明日に向かって走るのだ。
夕食は当然、吐き気が優先されて、まともに食べられなかった。
その後の記憶は無い。
後から聞けば、空ろ目で風呂に入り、総隊長に言われてた通り、水風呂に入って筋肉をほぐし、倒れこむようにベッドに突っ伏して寝てしまったらしい。
お風呂でキャッキャウフフもしなかったなんて…相当疲れてたんだなぁ。
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