第7話:公爵令嬢の画策
役得な一時が終わった後、アセーラや下町へ買出しに出かける使用人達に、王宮からお触れが出ていたら持ち帰ってくれと頼んで置いた。
その後はいつも通りに…は行動せず、日課の小説交流会の後、お母様の私室を訪ねた。
「お母様、今お時間宜しいでしょうか。少し相談したいことがあるのですが…」
「まぁリース、どうしたの? さぁ入って、ここに掛けなさい。
最近貴方との交流が少なくなってきた気がして、寂しかったのですよ?
食事時のみではなく、こうして尋ねて来てくれて嬉しいわ。
貴方なら、公務中だろうと他貴族の来邸中だろうと、好きな時に来てくれて構わないのよ?
それで、どうしたのです。内密な話でしたら、二人っきりになれる場所へ行きましょうか?」
「いいえ、それほど内密な話では御座いませんので…、お気遣い感謝致しますわ。
…それでお母様。正直に仰って頂きたいのですが、最近私、太ってきたと思いませんか?」
「ふとっ……!?」
ガタッとあちこちから音がした気がした。
見渡せば、お母様を筆頭に、お母様付の侍女や部屋の隅の使用人、アセーラまでもが目を見開いて驚愕といった表情をしている。
何だ貴様ら?
俺が皆の内心に気付いていないとでも思ったのか!
俺は金髪イケメンに言われて全部まるっとお見通しなんだぞ。
俺が目を細め、疑念を押し出した顔で見やると、お母様が言い難そうに口を開いた。
「リ、リース? 何を言い出すのです。貴方が太ったなどと…気のせいですよ。
そんな事を言われたら私だって……」
「本当にそう思われるのですか? 後ろの使用人の方々も、私は変わっていないと本当に、お思いになりますか?」
それはもう! お嬢様の言う通り、という具合に笑顔でぶんぶんと顔を縦に振ってくる。
その笑顔、怪しいね。
女の笑顔には裏があると良く言うのだよ…。
俺もどんだけ苦渋を舐めさせられたか。
「では、この二の腕の、この辺りとか…それから、このお腹のこの辺りとか…、後は、顔のこの下あごの辺りとか。
どうですか? 本当に変わって居りませんか、お母様?」
私だってと言って以降、何やらブツブツと念仏を唱えているお母様を、現実に引き戻してやる。
「…えっ? あ、あぁ、確かに、その辺りは若干肉付きが良くなりましたが…ですが、以前の貴方が痩せ過ぎていただけで…───」
聞き取ったり!
今の言確かに聞き取ったぞ、お母様!
俺は一気に詰め寄り、詰問する。
「言いましたわね!
確かに、肉付きが良くなったと言を取りましたわ!
そうやって皆さんでぶくぶく太っていく私の事を後ろ指を指して噂していたのですわ!
最近皆さんとせっかく仲良く成れて来たと思っていましたのに…。
悲しいです…」
やはりか、と俺が哀愁に項垂れていると、使用人達があわてて駆け寄りお母様をフォローしてくる。
「リース様! それは違います! リース様は正常に戻られただけで御座います。
今までが少し痩せすぎだったのです。
今やっと一般的な女性に肉付きに戻ったのです」
「…でもそれは、私が太った事を肯定しておりますよね…。
私だけ太ってきて、お母様はいつも変わらずお美しくて…何かしなければ…、このままではお父様達に勘当を…。っ…! お母様、教えてくださいませ!」
「わ、私が美しいくて若くて細いだなんてそんな…しかも貴方にそんな事言われるなんて、照れてしまうわ…。
それでどうしたのです?
何が聞きたいのですか?
私に答えられる事は何でも、私に叶えられることなら何でもしてあげますよ、愛しいリース」
後二つは言ってないが…まぁいい。
人は都合の良い耳を持っているものなのだ。
それにより、お母様が自信に満ち溢れた顔になっているのだから功名である。
そこで俺は満を持して質問を投げかけた。
「お母様、…お母様は普段どうやってその身体を維持なさっておいでになるのですか?
私、ここ最近部屋からあまり出してもらえない事を良いことに、非常に自堕落な生活を送ってしまっていた事を非常に悔やんでいるのです。
あげく、この様に太ってしまって…。
そこで、この年齢までずっと体型を維持されているお母様のお知恵を借りたいのです!」
「…リース…、確かに私はサクリファス家に相応しい身形で居るために、様々な事をしています。
夜会や舞踏会、晩餐会等に呼ばれる機会も多いので、どうしても不安定な生活になりがちですしね。
ですが貴方は、未だ若いのです。
未だ十四歳ではありませんか。
その間ならば、食生活を見直し、あまりスコーンや最近巷で流行り始めたケーキという糖の塊等を食べ過ぎなければ、自然と元に戻ります。
むしろあれだけ食べていてその程度なのかと目を疑いたくなります…。
コホン、…ですから、今は特別に何かをする必要はありませんよ。
三十代に差し掛かるあたりから、それだけでは厳しくなってきますので、その時に教えて差し上げます」
その後どれだけ聞きだそうとしても、必要ないと言われ、執りあってもらえなかった。
せめて一つだけ! と必死にお願いしていたら、最後に顔を赤くしながら
「私が、常日頃行っている身体をゆっくり動かす運動があります。それを教えて差し上げましょう」
と、何とか一つだけは情報を入手することが出来た。
教えてもらったのはヨガとストレッチが混ざったような主に筋を伸ばすような体操だった。
此れは中々良さげな体操だな…。
これにラジオ体操を加えてヨガレッチと呼ぶことにしよう!
うん、自分で何にも考え付いてないのにこの創始者感…、たまらんね。
帰ってきた使用人達から、何もお触れ等は出回っていないとの事だったので、仕方なく情報が出てくるまでヨガレッチを日課に組み込む事にしよう。
「んっ…、んはぁっ……ぁんっ……んぅ……ふぅ……」
「お、お嬢様…大丈夫ですか…?」
「んくっ…っ…うぅんっ…、だい…、じょうぶ…、です…、んんっ…はぁ……む、胸が閊えてツカエテ前屈が中々できませんね…んぅ…」
あれから一週間経つ。
なかなか王宮からのお触れが出回らないので、とりあえず日課と定めたヨガレッチを続けているのだが、如何せん最近段々とお母様に近づきつつある二つの丼ドンブリが邪魔でうまく伸ばせない。
普段も、重さで若干肩も凝るしで良い事が無い。
テレビでこんなものいらないとか言っているのをそれを捨てるなんてとんでもない!
とかテレビに向かって独りごちて居た記憶があるが、今なら分かる、確かにこれは邪魔だ。
何事も程よくが重要なのだろう。
しかしそう考えると凄いのはアセーラやお母様だな。
俺よりも豊作に恵まれた実をつけているのに何事も無いように過ごしている。
いつかあの年齢まで行けば鍛えられるという事なのだろうか。
「っ…! マシュー! こんな所で油を売ってないで周辺の見回りをして来なさいっ! 今すぐにっ!」
「…ひっ、は、はいっ! 畏まりましたっ! おい、手前ら行くぞ!」
今日は天気も良いし、一度部屋に引っ込んでからやるのも効率が悪いと思い、庭で使用人達と雑談ついでにヨガレッチをしている。
皆俺の苦しむ姿を苦笑しつつ見守ってくれていたのだが、それが気に入らなかったのか、アセーラが護衛達を鬼の形相で追い払ってしまった。
それを見た使用人達も
「あ、あれを忘れておりました…」
「あぁ、あれですね、私も忘れておりました。早く終わらせねば」
とか言いながら、蜘蛛の子を散らすように退散してしまった。
おい、誰も居なくなっちまったぞ。
ついでがメインになって、本来のメインが達成不能になっちまってるじゃねえか。
「あぁ…、アセーラが怖い顔をして怒るから、皆さん居なくなってしまわれました。
ダメですよアセーラ。あまり怖い顔をしていると、せっかくの綺麗な顔が台無しですわ」
「私のお嬢様に何たる……。
はっ…! も、申し訳御座いませんお嬢様。
特にマシュー達があのような下卑た目でお嬢様を見ていたのでつい…。
以後、気をつけます。あ、お手伝い致しましょう、お嬢様」
顔を朱に染めてにやけつつ気をつけると言われても、説得力なぞ皆無なのだが。
まぁアセーラは言ったらやる子なので心配してもしょうがないだろう。
アセーラに背中を押してもらいつつ、必死になって前屈を続けていると、使用人の女性が
「お嬢様ぁ、王宮発行のお触れがありました~」
と言いつつ、嬉しそうに此方へやってきた。
「お嬢様、王宮のお触れありましぃいっ!? …あ、ありました。近衛騎士隊への体験入隊の募集要項でした。
こちらに詳細の書かれたお触書を置いておきますね。失礼しました。」
こちらに近づいてきたと思ったら突然目を見開き、その後鼻をつまみながら早口に捲くし立てると、足早に去っていってしまった。
有難うもご苦労さんも言えなかったよ。…やべ、必死になりすぎて結構汗かいてたからな…、匂ってたかな?
自分の体臭ってのは気付かないもんだからな、気をつけないと…。
一先ずヨガレッチを一段落させて、募集要項を見てみる。
特になんて事の無い体験入隊の募集だ。
老若男女問わずってところが、騎士っぽくないな。それだけ人員不足という事だろうか?
さてどうしようかねと思案していると、アセーラが疑問を察して答えてくれた。
「貴族の各家にはそれぞれ私兵が居りまして、それ自体がわが国の騎士団の役割も持っています。
王宮直轄の近衛騎士隊は、騎士団としての役割ももちろんありますが、規模も大したことありませんので、専らの任務はここ王都の治安管理や、災害時に派遣される事となっております。
雑務が多いので、王宮付となれるとしても、あまり人気はありません。
ですので、平民の方々をターゲットとして呼び込み、人員確保に努めておられるようです。
下の方に運動不足の解消・体重管理にも! だとか、日当も出ます! なんていうのがいい証拠となりますかね」
なるほどね、この国の騎士については知らなかったなぁ。
だがまぁ、金髪イケメンが言っていたイベントはたぶん此れの事だろう。
大いに乗っかろうではないか!
中々楽しそうだし、ダイエットにもなるらしいしな!
そんな事を考えている俺の顔を、アセーラが怪訝そうな顔で伺っていた。
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