第6話:公爵令嬢は夢を見る

『どうも、こんにちは。その節はお世話になりました。あれから如何お過ごしですか?』


 うーん、この顔(?)…どこかで見たことがあるような、無いような…。

 目の前に金髪のイケメンが座っている。

 顔は光って全然見えないのに、イケメンだってわかるんだからさぞイケメンなんだろうなぁ。…あれ? ところで俺は自室で床についたんじゃなかったっけ?

 うーむ、頭が混乱してるな…。


 む、そうか! ピンときたぞ!


 ははーん、さてはこりゃ夢だな。

 此れは良い! 夢って認識できた夢は何でも出来るんだったよな。

 うし、手始めに空でも飛ぶか!


『いやいや、混乱してるところ申し訳ないのですが、ここは夢であって夢じゃありませんのであしからず。

 僕が呼ばせて頂きました。貴方の夢、という訳ではありませんので、そう自由にはできないかと思いますよ。って、うおぉっ!?』


 イケメンが何か言ってるが気にしないぜ。

 うひょぉ、飛べた飛べた! いや~、気持ちいいね! 景色は一切見えない白一色だけど。


 うん…? イケメンが手を振って何やら追っかけてきてるな。っち、しょうがないなぁ、そっちまで行ってやるか。


『ちょっとぉ!? 人の管理下で勝手な事しないでくださいよ!

 相変わらず滅茶苦茶な人だなぁ…。とりあえず、僕の話を聞いてくださいよ。』


「何だイケメン。俺どっかで会った事あったっけ?

 何か見覚えがあるような、ないような…。

 あぁ、どっかの居酒屋かな? だとしたらごめんな、俺色んな奴に無差別に声掛けちゃうからさ、誰が誰とか分かってないんだよね。

 その節は有難う御座いました」


『違いますよっ! 僕が空腹で道端に倒れこんでたのを貴方の家まで連れて行って食事をくれたじゃないですか。

 それから一升瓶いきなり開け始めて二人で宴会したでしょ? その時に転生したいか僕聞きましたよね?』


「あぁ…? ああぁ~…、うん、思い出したわ、なるほどね…。

 …手前テメエこの野郎!

 何で騎士じゃなくてお嬢様なんだよ、ふざけんなよ!? 

 滅茶苦茶美人だけど自分で自分なんか触っても全然楽しく無かったよ!

 それに何でか知らないけど、綺麗なお姉さん触ってもちっともムラムラしないし!

 どういうこったよ! 俺のバラ色の異世界ライフを返せよ!」


 血走った目で喚き散らしながら、イケメンの両肩をがっしり掴み、前後に激しく揺さぶってやる。


 すると大層気持ち悪そうな雰囲気を纏わせてイケメンが弁明する。


『ちょ、ちょっと待ってください!

 うぷ…、うげぇ~…。

 …あ、あの時貴方は「最近小説に嵌っててな! つい最近読み始めたのが、異世界に転生するとかいう奴なんだよ! TS転生? とかいう奴でな、性別が入れ替わってやんの、これ面白いんだよねぇ、ジャンルが何なのかこれちょっと分かんねぇけど、こんな面白い所なら、異世界でも悪くはねえかな。騎士とか俺好みなんだよねぇ。」って言ってたじゃないですか!

 騎士と恋愛したいからTS転生したいって願いをちゃんと聞き届けてわざわざ相応の身分の女性にしたんですよ!?

 感謝されると思ったのに! それ以上何を望むって言うんですか!

 そんな強欲な人だとはあの時思わなかったな! 神を騙すってよっぽどですね!』


 その後、あれやこれやの押し問答の末、ようやっと二人とも落ち着いた。


 まぁ、何が言えるかっていうと、お互いちゃんと話を理解して聞きましょうってこった。


 しかし、このイケメンって神様だったんだ…。

 通りでね、随分と明るい奴だと思ったよ。蛍光灯みたいに顔光ってたもんな。

 まぁ、俺も酔ってたしな…気付かないのはしょうがないな。つうか、神様が空腹で倒れるってどういう…。


『あ、今失礼な事を考えましたね? 神だって食べなければ死んじゃうんですよ!

 まして、不注意で下界に落ちて…、オッホン! 下界の査察中で、身体構造もかなりヒトに近づけていたんですから余計です!』


「あ、そうなの? 別にそういうおっちょこちょいアピールいらないから触れないからね?

 ところで、こういう夢の中って本来の姿になるのが通例じゃないの?

 何で寝間着姿のエアリースなの? いや、確かに前世の自分の姿とか覚えて無いんだけどさ。」


『別に触れなくて結構です!

 いや、あくまで貴方はエアリースですよ。

 それはまさしく本来の姿ですよ。…というのも有りますが、実際それだけ世界に馴染んで来ているってことですよ。

 元々のエアリースさんの感性なんかも引き継ぎ始めてるかもしれませんね。

 まぁ、あくまで引き継ぐだけで貴方は貴方ですが。』


「ふーん、まぁいいんだけどね。前世で迷惑かかってなきゃ、別に残してきたものなんてHDDの中身くらいなもんだし、未練もないしね。

 ただ、今ちらっと気になる事言ったなぁ。

 その言い方だと、俺がエアリースの身体を乗っ取ったみたいに感じるんだけど、そうなの?

 だとしたら申し訳ないし、彼女に返してあげてよ。大人しく輪廻を待つよ、俺は。

 このパターンだとどうせ元の世界には戻れないんだろ?」


『い、潔いですね…。

 まぁ、かねがねその通りです。今から元の世界に戻すことは出来ません、察しが良くて助かります…。

 ですけど、それはあくまでエアリースの為であって、僕の実力が足りないだとかそういうんじゃないですからね!?

 まず、何故この身体を選んだのかという所からお話させて頂きましょうか…。

 身分や身形が貴方のご要望にマッチしてるのは勿論ですが、貴方が目覚めた時にご家族から貴方は事故に遭ったと説明されませんでしたか?』


 うーん、そうだっけ…。(1話参照)よく覚えて無えなぁ。


 たしかお父様がそんな事言ってた様な気はしないでもないが…。俺が腑に落ちない顔をしていると、イケメンがそれを察したのか答えを言ってくれた。


『はい、正解です。お父君が説明してましたね。というか、そういう事忘れます? 本当に大らかなのか適当なのか…。

 まぁいいです。その事故の時に、打ち所が悪くて、エアリースは一度死んでおります。

 時々、貴方がよく読む小説に二つの精神が同居みたいな表現とか前世の全ての記憶を持ったまま赤ん坊を演じてるとかありましたよね?

 残念ですが、あゝいう事は基本的に出来ません。基本的にと言ったのは、貴方という特殊事例があるからですね。

 話を戻しますと、エアリースは死んで、魂と精神体が既に身体から離れて、霧散して居りましたので、現実にある身体は空っぽという事になります。

 貴方が入らなかった場合、そこで彼女の一生は終わってました。

 それを救うために入ってもらったと言えば聞こえが良いですかね。

 結局の所、都合良く空っぽの器があり、しかもそれが貴方の要望にマッチしていたから其処に貴方を入れたというだけなんですけどね。

 それでも、誰かを消して貴方を上書きしたというわけではありませんから、まだ許容範囲ではないでしょうか?』


 確かに…。エアリースなる人物がもはや存在しないというのならば、俺の存在も許容されるんだろうか。


 しかし、解せないこともある。


「それは分かった。有りがたく、エアリースが生きるはずだった分まできっちり生き抜いてやるよ。

 だが、喋り方だとかこの世界の知識だとかを継承してるのは何でだ?」


『だから、それが特殊事例なんですよ。

 僕だって起きた人がいきなり別人になったらなんてそんなチャレンジしたくないですから、身体の持ち主に合わせて記憶だとか好みだとかを弄らせて貰うんですよ。

 だのに貴方はそれを何故か自力で突き破って中途半端に前世の知識を残したまま乗り移っちゃったからもう、大変ですよ!

 本来なら貴方が言っている継承の方が本当の知識で、昔の事なんて思い出さない筈なんです。

 しかし、どうしてかは僕にも分かりませんが、ご家族や使用人達が何やら納得してるご様子なので僕も下手に梃入れテコイレはせずに居りますが…。』


 なるほどね。まぁ家の家族や使用人達は良くできた人達ばかりだからな。

 わざわざ俺にこの事を伝えに来てくれたんだろうか? だとしたらもっと早く来いよ、使えねえ神様だな。

 と、言ってやろうと口を開きかけた所。


『違いますよ! 僕は出来る神ですからね!

 貴方にはもっと重要な事をお伝えに参りました。

 本来はこういう事しちゃいけないんですけどね、未来を知ると人は努力をしなくなったりしますから。

 …とりあえず、貴方、いえリースさん。最近非常に自堕落な生活を送っていますね?

 そこで、数ある未来の可能性の一つをお見せします。』


 返事速いな…。


 イケメンがそう言うと同時に、走馬灯のようにお父様やお母様に俺の現在以降続けた生活習慣を呆れられ、さらには勘当を言い渡され、醜悪な商人に買われて、そこで馬車馬のように働かされ、過労で倒れる姿が頭に雪崩れナダレ込んで来た。


 なんてこったい。


 こ、これはひどい…。両親がこんな事をするなんて…。


 付き合い方を改めなければ!


『いやいやいや、酷いのは貴方ですからね!?

 その生活習慣を改めなさいと言っているのですよ! それに、皆言いませんが、ちょっと太ってきたんじゃないですか?

 自分でも気付いているのでしょう。本当にそうなりますよ。』


「分かってるっつの。あん時から本当に冗談が通じないね君は。

 それも分かってる…。だけど、皆今ぐらいがちょうどいいとか美しさが増しましたとか言って来るんだもん!

 そんな事気にするわけ無いだろ? どうしろってんだよ!」


『ふふふ…、そう言うのを待ってました!

 ではお告げです。王宮の近衛騎士に貴方を助けてくれる人がいるでしょう。

 近々会えるチャンスが巡ってくるはずです、見逃さぬように。』


 ふーん、近衛騎士ねぇ…。


 まぁ、自称神がそこまで太鼓判押すんだ、そのレールに乗っかるのも吝かじゃないな。

 聞くことも聞いたし、善は急げだ。


 起きてお触れが出回ってないか確かめるか! 巡ってくるとか言ってるけど、たぶんもうすぐにでもイベントが始められると思うしな。

 さっきから話さなくても意思疎通できてるみたいだし、心の中で失礼。

 じゃーねー。


『軽い! 軽いよ! ちょっと待って後一つ。これは友人としての注意です。

 リースさんが関係して、何やら裏で動いている方がいそうです。

 そのままルートに乗ってしまうと、公爵家が戦争に巻き込まれ、ご両親が亡き者にされる可能性もあります。

 努々ユメユメ油断をしないようにね。』


 不穏だね~。


 まぁ、俺は俺の手の届く範囲で足掻くだけさ。


 だが、大事な友人の小言くらいはちゃんと覚えておくかね。


 …ふわぁあ…何か夢のはずなのに眠くなってきたな。


 すると突然、立っていた感覚が無くなった。

 下をみると、俺の周りだけ白とは正反対の全てを飲み込んでしまいそうな漆黒があった。

 今度は重力に逆らえずそのまま落下していく。


 どわああああああ!?

 おい勘弁してくれよ!!

 死ぬ、死んじゃう!

 上の方で『眠そうなので、快適なお目覚めを~。』とか舐めた事言ってるイケメンの声が聞こえるが、反応している余裕は無い。


 必死にもがくこと数十秒、ぽよん と柔らかな感触と同時に、柔らかな見えない柱の手ごたえがあったので、それに必死でしがみ付いた。


「……さま? ……じょうさま? …お嬢様!? しっかりして下さいませ! 大丈夫ですか!?」


「うぅっ…、アセーラ…? あぁ、…助かりました。あのまま一体何処まで落ちていくのかと…。」


 気がつくと、天蓋ベッドの上でアセーラに必死で抱きついている俺がいた。


 役得だ。


 だが、そう引っ付いていてもセクハラで訴えられかねないので、そろそろ離れよう。


「何か、恐ろしい夢をご覧になられたのですね。

 まだ、朝お目覚めになる時間には少々お早いです。

 もうしばらくこうしていてくださいませ、お嬢様が落ち着くまで、私こうして近くに居させて頂きます」


 やさしい事を言ってくれる侍女だ、本当に良い家臣を持ったものである。

 何か顔が赤いのと、目が血走ってるのが気にならないでもないが、今はお言葉に甘えさせて頂こう。


 役得である。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 さて、戻っちゃいましたね。貴方が望んでくれれば、そのまま天界に連れて行ったのですが、ね。

 まぁ、いつか貴方が年をとって、この世界に魂を溶け込ませるその時が来たら、もう一度会いましょうね。

 その時貴方が未だ僕を覚えてくれていたら、お酒を酌み交わしましょう。


 忘れてたら…思い出すまで雷でも落としましょうかね。

 そしたら貴方は「死んでまでこの仕打ちかーっ!?」なんて言うんでしょうね、今からその光景が目に浮ぶようです。


 ですが、今はまだ大切な友人の幸せを精々祈ることにしましょうか。

 これ以上の干渉は出来そうもないですからね、願わくば貴方が幸せに寿命を全うできますように。

 文字通り神に愛されし子が、波乱に包まれませんように。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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