戦闘開始

ウーウーウー!ウーウーウー!

 頭の中にサイレンを鳴らす。あたかも本当に緊急事態が起きたかのように自分を騙すためだ。何事も形から入るのが大切、人って気分屋だから。

「み、みなさん、プロ来てます!!」

「!!!!!」

「え、え、高橋プロ⁉︎」

「…えーーと、えーーと…」

「全員落ち着け!」

 店長の落ち着いた声がイヤホン越しにすっと体を通過していく。周りのスッタフも落ち着きを取り戻したようだ。

「全員急いで持ち場に配置せよ!戦闘開始!」

「はい!」

 店長の掛け声とともにバイトも含めスタッフ全員が、少しばかりの緊張感と遊び心を胸に自分の担当場所に駆け足で向かう。

 この臨戦態勢のきっかけは、遡ること15分前に起こった。


 パチンコスタッフの業務には、台の上部にある「呼び出し」ボタンを押したお客様のもとに向かい、玉が出ないなどのアクシデントに対応するものがある。今日も同じようにお客様のもとに向かおうとして角を曲がったところ、大きなボールに体当たりした感触とともに尻餅をついた。


 顔を上げるとそこには視線だけで人を殺せるほどの鋭い目つきに何日も剃ってない無精髭が印象的な、横にも縦にも大きい熊みたいな男性が立っていた。


「あっ、大丈夫ですか?」

 熊が言葉を喋った。非現実的な事に思考が一瞬止まるがすぐに我に帰る。

「…お、お客様大変申し訳ありません。お怪我はありませんか?」

「大丈夫です、店員さんの方こそ…」

「私も大丈夫です。本当にすみません」

「いえいえ」

 そう言うと熊男は台と台に挟まれたせまい通路をもたつきながら歩いていった。

(高橋プロがいる、報告しなきゃ…その前に呼び出し急がなきゃ)


 そして時は戦闘開始に戻る。


「美希さん、さっき大丈夫でした?あと戦闘開始って…?」

 私のことを気にかけてくれるのは一つ下の後輩の山本君。大学にいたら喫煙所で騒いでるような見た目をしている、いわゆる陽キャである。たまに陰キャの集団も騒いでいるが、お前たちははしゃぐなと同族嫌悪してしまう私は当たり前だが陰キャである。そんな私とも仲良くしてくれるのはひとえに彼が幼少期から会話をする事から逃げずに向き合い、人と交流をすること楽しむ強キャラだからである。


「大丈夫、ありがとう」

「あの人めっちゃデカいっすね。なんか全体的に…」

「山本君って、高橋さんのこと知らないっけ?」

「高橋さん?」

「あの人、高橋プロっていうの。パチプロだよ」

「パチプロ⁉︎……ってあのパチプロっすか⁈…って何ですか?有名な人ですか?」

 本当にそんな職業があるのかと驚愕の表情を見せている山本君は案外ピュアなのかもしれない。リアクションがいいと確かに話がいがあるな、陽キャってすごいよな。


「ああ、別に私たちが勝手に呼んでるだけ。特にパチプロになるのに資格とかないんだけど、パチンコだけで生活してる人はパチプロ、スロプロって言われてる」

「へえー、じゃああの人それだけ勝ってるんですね」

「そうだね、毎回儲けてるね。あの人勝つまでやめないしね」

「そんな人マジでいるんすね、俺も目指そうかな⁉」

「うーん、個人的にはあんまりオススメしないかな。責任がないから自由で良さそうだけど、稼げる保証もないし、引きが良くても月の給料サラリーマンと同じか下くらいだよ」

「好きなことも仕事になるときつくなる場合もありますからね」

山本君いい大学通ってるし、見た目とは裏腹に目線は、現実的なんだよな。


「それで内線の戦闘開始は、店長の気分かな?」

「ふざけてるだけっすか」

「うん、ふざけてるだけ」

「常連さんだから本当は嬉しいんだけど、毎回勝たれるからさ。店長としては複雑みたい」

 店長の苦悶している顔が浮かぶ

「っふ、ははは。」

 山本君も同じ顔が浮かんだようだ。

「楽しいバ先だね!」


 ちなみに高橋プロは今日は、2万買ってた。


                     文責  5/8 高野 美希

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