心をほどく時

 今日は、5時半には帰りたいから、朝から出勤した。


 うちに帰ると、誰もいないはずの部屋に灯りが点いてる。


 玄関開けて、ただいま~って声掛けたら、おかえり~って返事が返ってくる。

ただいまとは毎日言うけど、返事が返ってくるのは、2か月ぶりくらい?


 洗面所で手を洗って、部屋着に着替えて。


 リビングに戻って、ソファに体をあずけたら、お料理しながら口ずさむ高弥たかやの鼻歌が聞こえてきた。この歌声が好きなんだよね。なんかね、うまいとかへたとかじゃなくて。好き。


 うちは、15.5畳のリビングダイニングキッチン。それも、アイランドキッチンだからさ。ふふ。楽しそうにお料理してるなぁ。たぶん、今、私の好きなライスコロッケ揚げてくれてるんだよね。でもさ、その歌、アニメのエンディングテーマだったコロッケの作り方の歌じゃない?ま、いいけど。


由多香ゆたか、ここの皿持ってってくんない?」


 ん?はいはい。


 あ、今日のメインはライスコロッケじゃないのね。


「ひとりじゃ手巻き寿司できないから、たまにはやりたいって言ってたじゃん。

だから今日は、手巻き寿司」


 飯切を運びながら、酢飯をつまんで味見。うまっ!ほんと、この人の酢飯はいつもばつぐんの酢加減だよね。


 具材は・・・、まぐろ、いか、サーモン、えび、きゅうり、かいわれ大根、ツナマヨに、卵焼きに、大葉に・・・あ、たくわん。ふふ。


 すごく豪勢だね~。うちの家なら、まぐろと、かにかまと、きゅうりと、たくわんがあれば、オールオッケー!なんだけど(笑)


「海苔は、20枚くらい焼いといたけど、足りるかな」

「20枚もあれば十分ちがう?そんなに食べるかな?」


 実家でもらってきた、知多半島の海苔。焼いてないやつが束でたくさんあるのよ。おいしいよ。でもさ、半分ずつ使うから、実質40枚だよ。そんなに食べないでしょ・・・。


 あと、醤油は、いつも使ってる、陸前高田の八木澤さんのだよ~。


 で、どや顔で出してきたよ、サメ皮のおろし板。


 昨日、安曇野から生わさびがクール便で届いたから、まぁ、今日は、なんか寿司なんだろうとは思ってたのよ。

 もくもくと、わさびをおろす高弥。いいわさびはこの、香りが違うね。

 

 それにしてもさ、誰かとおしゃべりしながら食卓を囲むって、いいよね~。


 私はいつもスマホと食卓囲んでるからさ。


 あ、ライスコロッケ、おいし!いつもの間違いない味。


 手巻き寿司って、手の上に広げた海苔の上、冷めきってない生温かい酢飯が乗ってる感覚が好きなのよ。高弥の家もそんな感じだったのかなぁ。そんな些細なシンクロがあったら嬉しいなとか思いながら、あの具もこの具もいろいろ食べてたら、お腹いっぱいだゎ。



 食事が終わって、二人で洗い物を片付けたら、お茶の時間。


 いつも贔屓にしてるお茶屋さんの、きりっとした渋味のある薫り高い煎茶。


 お茶は、まずは沸かしたお湯を冷ますのだけど、これがなかなか難しい。


 ゆっくり心を落ち着けて、待つ。こんな時間がもてるのは、意外と贅沢なことかもしれないね。


 おしゃべりをしながら湯冷ましに入れた湯の温度をみつつ、ちょうどいい頃合いで急須に注ぐ。低い温度で出すと、渋味がおさえられて、うま味が引き立つの。


 十分に茶葉が開いたのを確認して、湯呑に注ぐと、さわやかな山吹色。そうそうこの色。二つの湯呑に交互に注いで、最後の一滴までしっかり注ぎきる。この最後の一滴が大事。 


「やっぱり、由多香の淹れるお茶はおいしいなぁ。自分でも同じお茶もらって帰って淹れてるけど、こんな味にならないよ」

「そう?そやったらきっと、込めてる愛が違うからやゎ。おいしくなりやぁ~、って」

「そっか。ありがと」


 ちょっと。そんな真面目なトーンで返されて肩を抱かれたら、照れるじゃん。


「・・・この辺は、水も違うねん。めっちゃおいしいんえ。全国シェアNo.1の氷工場も近くにあるくらいやねんし・・・」


 思わず照れ隠しで続けたけど、もういっか。高弥の腕の中は温かくて、肩ひじ張り続けてた心がふわっとほどけていく感じ。あとは、ぜぇ~んぶ溶かしてくださ~い!



 翌日は、いつも朝なんてないの。


 起きたら、とりあえずランチを食べて。


 ランチの後は、お友達の作っている、玉露のセカンドフラッシュを使った和紅茶を飲みながら、こちらもお友達のお店の、チーズケーキ食べたりして。


 午後ともなると、そろそろお見送りの時間。


「ほなね。次はまた2か月後くらいかな」


 それを聞いて、しょげたような顔になる高弥の髪を撫でながら、その存在感を体に覚えさせるように抱きしめた。


 私の腰に腕を絡ませながら、高弥はちょっと考えて、


「あ!来月、名古屋でセッションのライブやるんだけど、由多香が気に入ってたアイツも来るし、おいでよ。ちょっといいホテル取っておくよ」


 急に高弥の顔が明るくなる。


「15、16の土日だから」


 予定組んでね!と言いながら、高弥は車のエンジンをかける。


「え~。う~ん。考えとく」

「相変わらず、そっけないなぁ」


 じゃ、またね~。


 カーブの先に消える車を見送って、ふと顔を上げると、なんだか急に鳥の声や虫の声が聞こえてきた。

 また、いつもの日常が戻ってきた。



 あ!そうそう。電話電話。


「・・・もしもし、部長?来月の15、16、17と有給とるから、会議いれないでね。よろしく~」

 

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ミュージシャンとの日常 あたらし うみ @NovaMaro

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