スクールカースト・ストライカー
山田ツクエ
第1話 絵になる絵を描く少女
1−1
中学生とは、サル山のサルと同じで、常に誰が1番上かを決めるゲームをし続けている生き物である。
ゲームのルールは簡単だ。どんな方法でもいいので、他の誰かより自分が優れていることを証明すればいい。他人よりスポーツが上手い。他人より勉強ができる。他人より喧嘩が強い。他人より見た目がいい。他人より異性にモテる。他人より先生からの信頼が厚い。他人が知りたがっているようなことをたくさん知っている、他人より沢山友達がいる。あるいは、この一連のゲームの勝者と友達である。などだ。
方法はなんだっていいと言ったが、それぞれの方法のあいだには優劣がある。例えば、スポーツができるほうが、勉強ができるよりも得点が高い。仮に100m走の順位が県下1位のAくんと、全国模試の点数が県下1位のBくんがいたとしよう。一見同じくらいすごいように見えるが、このゲームで有利なのはAくんだ。ついでにAくんが、身長が高いとか、筋肉があるとか、女子にモテるとか、喧嘩が強いとか、サブ属性を持っていると勝敗は決定的になる。Aくんはクラスで一目置かれる勝者となるが、Bくんは勉強しかできないのでテスト前に皆にいいように使われるだけの敗者となる。
そうやっていくとどんどんヒエラルキーができていって、同じ学校の人間でも、同じ部活の人間でも、同じクラスの人間でも、序列が現れてくる。
まだピンと来ないか? もっと具体例を挙げてみよう。例えばクラスに男子15人、女子15人の30人の人間がいたとする。その30人は上から5人、15人、7人、3人のレイヤーに分けられる。人数は目安だ。特に意味はない。
1番目のレイヤーの5人はトップ層。部活でいい成績を残している奴ら、見た目とノリが良いやつら、あるいは喧嘩が強くて誰も逆らえない奴らが属している。部活で言えばサッカー部やバスケ部やバレー部なんかの花形の運動部の奴が多い。あいつらは、自分は誰とでも仲良くできるという顔をして、そのレイヤー以外の奴らとはつるまない。理由は簡単で、他のレイヤーの奴らを見下しているからだ。
次のレイヤーの15人は二番手の層だ。部活でいうと野球部の男や吹奏楽部の女なんかが属している。一番手の奴らとはつるめないが、集団で行動して自分たちが大きいかのように見せているような連中だ。こいつらも自分より下の層の奴らを見下している。
3番目のレイヤーの7人は下層だ。部活でいうと、人数の少ない運動部とか、大人しい女子とか、帰宅部だが勉強ができるやつとかが属している。こいつらは上の層に比べれば温厚な奴らが多いが、結局彼らがその地位に安住してられるのもそれより下の層の奴らがいるからだ。
そして最後のレイヤーの3人は最下層だ。部活でいうと、弱小運動部、文化系部活の男子、そして特にとりえのない帰宅部。皆に馬鹿にされたり、いいように使われたりしている。話し方がネチネチとして陰気で、特に能力もなく、オタクみたいなやつが多い。運が悪ければ、いじめられる。
えっ、お前はどのレイヤーなのかって? ここまでの語り方で察しはつくと思う。俺は部員も少なければ真面目に活動しているわけでもない弱小卓球部。勉強も目立ってできるわけじゃない。スポーツもできない。友達も少ない。見た目もよくない。特にとりえがない。つまり、最下層のレイヤーの民なのだ。
ばかばかしいと思わないか。中学校のお勉強の成績なんかで何が決まるって言うんだ。中学生が暇つぶしでやってるスポーツなんかで人間の何がわかるって言うんだ。そんなもんに縛られてるやつらが間違っている。いいか、悪いのは俺じゃない。悪いのはこの、スクールカーストなんだ。
*
俺は放課後の教室で、1人きりで机を運びながら、脳内で上述のようなスクールカーストに対する呪詛を唱えていた。なぜ呪詛を唱えているのかというと辛い気持ちを紛らわせるためだ。なぜ机を運んでいるのかというと掃除当番だからだ。そしてなぜ1人きりで運んでいるかというと、俺が最下層のレイヤーの人間だからだ。
うちのクラスでは掃除当番を名簿順で回している。例えば今日の当番が、アンドウ、イモト、ウエダ、ウエムラ、オオタだったとすると、次の日の当番は1人ずつずれて、イモト、ウエダ、ウエムラ、オオタ、カシマとなる。だが、俺と同じく今日の掃除当番だったサッカー部の
「俺たち大会前で1分でも練習の時間が欲しいんだよ。俺も小林もスタメンだしな」
先ほど城崎が俺にそう言ったとき、俺は内心「俺の知ったことじゃない」と思ったが、そんなことを言えばどうなるのか分かっていたので「そうなの、大変ね」としか言えなかった。しかし俺がそう言い終わるか終わらないかのうちに、
「キノコは卓球部だし、何にもないだろ?」
と小林が言ったときも、「卓球部だって活動はしてるぞ」と思ったが、当然言い返せるわけもなく「アハハ」と笑ったフリをするしかなかった。それを肯定の意と受け取ったのか、城崎と小林は、おそろいの赤いエナメルバッグを抱えて教室を去っていった。
実際、うちの中学の卓球部は大会に出てすらいないくらいの弱小部で、練習と称して駄弁っているだけで、誰も卓球なんてしていない。それに対しサッカー部は全国大会に出るくらいには強く、先生からの信頼も厚い。学校から金もかけてもらっていて、部員たちは、ユニフォームにあわせた赤色の、オリジナルのエナメルバッグで揃えている。ついでに言えば城崎と小林は女子にもモテる。さっきの話で言えば最高層のレイヤーの民なのだ。
それで城崎と小林が消えてしまったので、他にいた2人の吹奏楽部の女子も便乗して先に消えてしまった。2人がいなくなることを容認したのなら、残り2人が消えても文句は言えないだろうと言わんばかりに消えた。言わんばかりにと言ったのは本当にそう言われたわけじゃないからだ。俺とは話すのも気持ち悪いということだろう。
そこで俺は1人で教室の掃除をしなければならないハメになった。本当は先生が怒るべきところなんだろうが、うちの担任がサッカー部顧問なので黙認されてるという酷いオチがある。これ、イジメじゃないですかね。
ところで小林の発言の中にあった、「キノコ」というのは俺のあだ名だ。「
俺は横1列の机を運び終えたあと、壁に立てかけていた箒を使ってゴミを前の方に掃いてゆく。掃く度に埃が舞い上がり、俺は息を止めて顔をしかめた。一通り掃き終わったら、次の列をまた運ぶ。
今運んでいる、後ろから2列目の廊下側の席は、俺の席だ。机と言っても別に何も入っていないので持ち運ぶのは軽い。何か入っていたかもしれないと思って上下に振ってみたが、何かが入っているような感覚はない。教室の後方部の端の席と言えば、漫画やアニメなら主人公が座っている席だが、なぜかクラスの最底辺のモブキャラである俺が座っている。まあリアルとフィクションは違うからな。
何をやっているのかというと、無意味に重いものを運び続けさせられるロシア式の拷問とかではなくて、こういうプロセスで掃除をやる決まりになっているのだ。授業後のホームルームが終わると、クラス全員で全ての机をいったん教室の前方にずらす。そのあと掃除係が箒をつかってゴミを掃いて教室の前方に送り、一通り掃き終わったら、1列分だけ机を後ろに戻す。その後またゴミを前に向かって掃いて、また1列机を戻す。それを繰り返すと教室の前にゴミが集まるのでそれを集めるというワークフローだ。そもそもこのやり方は集団でやることを前提としているはずで、1人で掃除をするなら机を動かさずに机の間を掃いて回ることができればよかったんだけど、ホームルーム後に机を一気に動かすのでそもそも実行不可能だ。
教室に残ってる奴らも少しいるのだが、誰も俺を見ても手伝おうとしない。面倒くさいというのもあるんだろうが、別に俺ととりわけ親しいわけでもないし、何より彼らは俺より上のレイヤーの奴らなのだ。こういう仕事は俺たち下層の民に任せておけばよいというわけだ。
繰り返しになるが言っておこう。いいか、悪いのは俺じゃない。悪いのはこの、スクールカーストなんだ。
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