古本喫茶とメイド服

 

 秋である。食欲だったり、芸術だったりと色んなものがお勧めされる今日この頃、図書委員はいつものように読書を推薦していた。


「古本、結構集まったんだね」

「図書館の要らへん本とか、生徒が持ち寄ってくれたのとか、合わせたら百冊は越えとったわ」


 段ボール箱の中に積まれた、古ぼけた本。これらは、図書委員が文化祭で売るつもりの古本である。

 私たちの通う県立東雲高校は、文化祭を明後日に控えている。どの部活・委員会もそのための準備に必死である。


「じゃ、二年生は机のセッティングを、一年生は本を並べていってね」

「「はい」」


 図書委員の先輩の指示で、空き教室の内装を動かしてゆく。ほとんどの机を教室の端に追いやり、残ったものを4つずつに並べて、大きな机の塊をいくつか作ったところで、今度は床の掃除に取りかかる。ロッカーから箒とチリ取りを出して、各自で手分けして部屋をきれいにする。最後に、机の塊の上にテーブルクロスを引いて、その真ん中に小さな本棚を設置、その中に古本を入れた。

 図書委員は三学年合わせても10人に満たない小さな委員会である。少人数な反面、統制が取れているので作業はテキパキと進んだ。


 委員長である杏奈先輩の指示のもと、教室の準備はすぐに終わった。

 すると、教室に三年生の先輩達が入ってきて、彼らは印刷されたばかりの紙束を持ってきた。


「部誌の印刷できたよー」

「じゃあホッチキスで留めていこっか」


 紙の山から各自指定の枚数ずつ持っていき、半分に折り畳んでホッチキスで留める。私たち図書委員の書いた小説や詩の載った部誌の完成である。委員会なのに部誌なのかと突っ込んではいけない。


 ホッチキスを留める音がこの教室に木霊する。陽菜と並んで無言でパチパチとやっていると、杏奈先輩が話しかけてきた。


「美咲ちゃん、コーヒー豆は持ってきてくれた?」

「はい、500グラムきっちり持ってきましたよ」

「うむ、ご苦労」


 仰々しくうなずく杏奈先輩は図書委員長で二年生だ。眼鏡に三つ編みと、大人しそうな見た目とは裏腹に、割と豪胆な性格をしていて、しっかりと図書委員のリーダーを勤めている。


 今回やる予定の古本喫茶も、杏奈先輩の発案である。例年の文化祭では、図書委員会は部誌を発行してそれを配布するだけのごくありきたりなものだった。


 それをつまらないと思った杏奈先輩が、古本を集めてそれを売り、同時にコーヒーなどのお茶も提供する喫茶店をやろうと提案したのが今年の9月。委員会のメンバーも面白そうだとそれに同意して、今私たちはその準備に追われている。


 部誌をホッチキスで留める仕事が片付いたあと、試しにコーヒーを入れてみることになった。

 私が持ってきたコーヒー豆、これは私のアルバイト先の喫茶店でいつも買っているものだ。ガラスの瓶には粉末状になったブルーマウンテンが詰まっている。それをスプーンで掬い、ペーパーフィルターの上にのせ、その上からポットで沸かしたお湯を注ぐと、紙コップがコーヒーで満たされる。


 そのとなりでは同様にして紅茶を淹れている。こちらも紙コップにティーパックを入れてお湯を注ぐだけで完成する。


 古本喫茶のメニューは、コーヒーと紅茶と、あとは普通のクッキーだけ。杏奈先輩はケーキなんかも出したかったそうだが、衛生上の問題もあるし、手間もかかるのでナマモノは無しになった。


 出来上がったコーヒーと紅茶を図書委員のみんなで一緒に飲む。うん、普通に美味しい。

 予行演習も終わったところで、本日は解散となった。


「あ、みんな一部ずつ部誌持っていってね」


 帰りがけに私たちが発行した部誌を一部受け取って、陽菜と一緒に下校した。




「ほうほう」

「こら陽菜、歩きながら部誌を読まない」


 下校中、陽菜は先ほど渡されたばかりの部誌を読みふけっていた。


「みんな面白い話書いてんなあ」

「人によって全然違う話書くよね」

「美咲のはあれやな、星新一のショートショートみたいな」

「擬きだけどね」


 四百字詰めの原稿用紙で1人あたり五枚ほど、そんな短編集なのであまり凝った話は書けない。

 私が書いた小説は、女性になる能力を得た主人公が、その能力を使って仲良くなった女友達に男であることを打ち明けたら、なんと相手も同じ能力を持っていて、実は男であったというお話だ。


 一方、陽菜が書いた小説は恋愛ものだった。その作品を読んだ限り、どう考えても彼氏の山本くんがモデルの登場人物が出ている。純愛もので、砂糖をぶちまけたかのような甘いお話だ。語彙力や、てにをはの使い方が未熟ではあるけれど、感受性が豊かな陽菜の筆で綴られる文章は瑞々しくて、読んでいると楽しくなる。


 ところで最近の陽菜はかなり色ボケが来ている。まあ、高校生らしくはあるのだが、交際相手が相手なので少し心配でもある。


「陽菜は、昔に比べて雰囲気が大人っぽくなったよね?」

「そう? ウチそんな変わってへんやろ」


 そう言いながら首を傾げる仕草だったり、後頭部から垂れ下がるポニーテールの艶が以前よりも良くなっていたりと、陽菜の見た目は少女らしさを残しながらも、確実に大人の女性に変貌しつつある。


「悪く言えば色ボケしてる」

「おい」


 未だに子ども体型の自分と比べると、少し悲しくなってしまうが、そんな劣等感を感じられるのも自分が女性に近づいている証拠だとして、それに安心したりもする。


 秋の空のように、変化しつつあるこの感情は女心というやつだろうか。






 そんなこんなで文化祭当日。

 私はメイド服を着ていた。


「…………」

「ほら、美咲ちゃん。笑顔笑顔」


 メイド服を着た私に笑顔を強要してくる人物は図書委員長の杏奈先輩である。彼女も私と同じデザインのメイド服を着ている。なお、男子のメンバーは制服の上にエプロンを着けているだけだ。私もそっちがよかった。


「杏奈先輩」

「ん、なに?」

「やっぱり脱いでいいですか?」

「ダメ!」


 このメイド服を持ってきたのは杏奈先輩で、図書委員の女子メンバーは全員これを着ることになっている。女子メンバーは私と陽菜と杏奈先輩だけで、ちなみにこの事は今朝初めて知らされた。


 朝早く学校に来て、古本喫茶をやる教室に行くと、すでにメイド服を着た杏奈先輩がいて驚いた。そのまま、先輩命令だなんだと言われて、あれよあれよという間に私もそれを着させられた。


「美咲ー、これどう?」


 仕切りの向こう側から出てきた陽菜もメイド服である。白と黒で構成されて落ち着いたゴシック調のデザインで、膝丈のスカートの裾にはフリルがあしらわれている。頭の上にもフリルのついたカチューシャを乗せていた。膝まで白いソックスで覆われていて、ヒール入りの黒靴を履かされている。


「……似合ってるよ、陽菜」

「陽菜ちゃんもやっぱ似合うねぇ!」


 陽菜も私と同じメイド服を着ているが、大きく異なる場所がある。

 胸である。

 腰のあたりを黒いコルセットで締め付けているので、当然その上では、白いシャツの下から膨らむ胸部がこれでもかというくらいに強調される。なお、私には強調するほどのものがない。物悲しい。


「…………落ち着いた喫茶店がやりたかったな」

「美咲、諦めも肝心やで」


 肩を叩いて私を励ます陽菜。なぜお前は杏奈先輩側なのかと文句を言おうかと思ったが、やめた。





 メイド服を着ていようが、やることに変わりはない。いつものアルバイトの様にお客を座席に案内して、注文を聞いてそれを提供する。

 そんな風に仕事をしていると、航平と山本くんが来店した。


「いらっしゃいませ」

「え、美咲!?」

「そうです」

「なんでメイド服?」

「仕事だからでございます」


 古本喫茶に入ってきた航平とすぐに目があった。メイド服を着るなんて言っていなかったので、私を見た航平は目を見開いていた。


「あ、たこ焼き」

「食うか?」

「食べる、あーん」

「ほい」


 航平は、どこかの出店で買ったであろうたこ焼きを持っていた。爪楊枝に突き刺したそれを、航平が差し出してきたので一つ貰った。


「こひらにどうぞ」

「食いながら喋るなよ」

「桜田さん、陽菜は?」

「ん、陽菜はあっち」


 山本くんに聞かれて陽菜の方を指差すと、彼女も気づいてこちらに近づいてくる。


「陸くん、いらっしゃいませ」

「陽菜ちゃんメイド服可愛いね」

「えー、ほんまぁ?」

「凄く可愛いよ」

「ありがとう!」


 目の前でイチャつく二人を見て、私も航平に目を向けた。

 航平が見ていたのは陽菜だった、主にその胸を。

 イラッとしたので、脇腹をつついてやるとはっと気づいたのか、申し訳なさそうに私の方を向いてこう言ってきた。


「み、美咲、可愛いな!」

「ふーん」

「いや! ほんと、マジ可愛いって!」

「へーえ」

「…………ごめんなさい」

「二度目はありませんよ、ご主人さま」

「はい」


 項垂れる航平を見て気が晴れたので、注文を聞くと二人ともコーヒーだった。コーヒーを2つ淹れてから、それを航平たちの席に届ける。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」

「あとこれが部誌ね」

「美咲も書いたのか?」

「うん、五ページ目のやつ」


 二人に部誌を渡すと、新しいお客が来たのでそちらに対応しにいく。古本喫茶はかなり盛況であるため、知り合いに構っている余裕など無いのだ。

 航平も山本くんも、部誌を読みながらコーヒーを飲んでから、しばらくして剣道部の出店に戻った。


「美咲もよかったら来いよ、剣道部の焼き鳥」

「うん、あとで行くね」

「おう」


 彼氏二人組が帰ったあと、看板を持って校舎内を歩き回っていた杏奈先輩が戻ってきた。


「ただいまー」

「おかえりなさい、杏奈先輩」

「次は美咲ちゃんの番ね、はい」


 そう言って渡されたのは、手作りの看板で『西棟2階 古本喫茶!』とマジックペンで手書きされている。


「……行ってきます」

「お願いね」


 メイド服で校舎内を練り歩かなければいけないので、あまり気は進まないが仕方ない。折角なので剣道部の焼き鳥屋に寄っていこう。




「メイドじゃん」

「本物だ、すげえ」

「図書委員の喫茶店か」


 廊下を歩いていると、やはり注目された。仕方のないことだ。というか杏奈先輩はよく平気でこんなことがやれたな。恥ずかしくなかったのだろうか。


「西棟2階で古本喫茶やってます、良かったら来て下さい」


 宣伝文句を口ずさみながら校舎内を歩き回る。どの階も一通り回ったところで、剣道部の屋台がある場所に向かった。

 焼き鳥屋は盛況で、かなり人が並んでいる。さすがにこれに並ぶ時間はないと思い、屋台の中で鳥肉を焼いている航平に手を振ってから、古本喫茶に戻った。






 二日に渡って行われた文化祭、図書委員の古本喫茶は盛況に終わった。コーヒー豆も紅茶のパックも無事に売り切れた。


 楽しかった文化祭は終わり、明日からはまたいつもの学校が始まる。今日という日を終わらせたくない気持ちを抱えながら、夜、ベッドの上でゴロゴロしながらスマホでTwitterを眺めていた。


 東雲高校の同級生が色々と文化祭について呟いている。それらを微笑ましく思いながら、Twitterの『今日のモーメント』を見てみると、「文化祭の可愛いメイドさんが話題に!」という項目があった。

『今日のモーメント』は話題になったツイートやニュースを取り上げる機能で、毎日いろんな情報が飛び交っている。


「文化祭の可愛いメイドさんが話題に!」というモーメントを見て、さては私と同じようなことをやった高校があるのだなと思って、それをタップした。


 最初に映し出されたものは茶髪で巨乳のメイドの写真であった。豊かな胸を煽るようなアングルで撮られたその写真を、中々よく撮れているなと思いながら、右にスワイプすると今度は三つ編みで眼鏡をかけたメイドの写真が出てきた。これもいいなと思いながらさらに右にスワイプすると、綺麗な黒髪をまっすぐ伸ばしたメイド服の女の子が、紙コップにコーヒーを淹れている写真だった。うん、なるほど。


「私じゃん!!」


 思わずスマホをぶん投げそうになったが、ギリギリのところで堪える。改めてその写真を見ると、私も陽菜も、そして杏奈先輩もカメラ目線ではなかったので、どうやら知らないうちに撮られた写真らしい。三枚の写真をのせた呟きはすでに数万回リツイートされていた。まあ、ただのコスプレ写真だ、問題はないと、そう無理やり思いこみながらこの写真に対する他のユーザーの呟きを眺めていた。すると、気になるツイートがあった。



 Twitterの投票機能を使ったツイートだ。投票機能とは、その名の通り不特定多数のユーザーから投票を呼び掛けるシステムで、誰でも好きな選択肢を提示してそれをツイートすることができる。その投票ツイートには選択肢が3つ並んでいた。


 『茶髪巨乳』

 『三つ編み眼鏡』

 『黒髪ロリータ』


 の、3つだ。

 そして、そのツイートのコメントは、「誰が一番好き?」というもの。投票数はすでに4桁を越えている。


 投票結果を見るためには自分もどこかに票を入れる必要がある。恐る恐る、3番目の「黒髪ロリータ」をタップすると、パーセンテージの棒が伸びて、現時点での結果が表示された




 茶髪巨乳が50%で、三つ編み眼鏡と黒髪ロリータが25%ずつでタイ。


 今度こそスマホをぶん投げた、枕の上に。



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