仲直り
秋になり二学期を向かえた。中学生活がちょうど折り返し地点を過ぎたところのある日、航平が家を訪ねてきた。
「久しぶり、どうしたの?」
「ああ、ええと……」
扉の前で歯切れの悪い様子の航平を見上げる。
そう、見上げているのだ。一年前は私よりも若干背が低いはずだったのに、今目の前にいる航平はどう少なく見積もっても私より10センチほど頭が高かった。
「とりあえず、中に入る?」
「ああ、うん」
子供の成長の早さを見せつけられ、驚きながらも航平を家に入れた。
「あ、これお土産」
「あ、どうも」
航平に紙袋を渡された。受けとるときに他人行儀になってしまったのは、一年ぶりに会ったせいだろう。
「私の部屋で待ってて、お茶持ってくる」
「ありがとう」
キッチンに行ってお茶をコップに注いで、航平に貰った紙袋を開ける。中身はプリンだった。お盆にそれを2つのせて、スプーンとお茶と一緒に持っていく。
自分の部屋に入ると、やや緊張した様子の航平が床に座っていた。その前にある小さな机にお盆をのせて、私も航平の向かい側に座る。
「で、どうしたの? というか凄く身長伸びたんだね」
「ああ、去年くらいから急にな」
「一瞬、誰だかわからなかったよ」
「さすがに嘘だろ」
「ほんとほんと」
「お前はあんま伸びてないな」
「ほっといてよ」
久しぶりに会った航平を茶化して場を和ませる。頬の筋肉が緩くなった航平を見て、私は本題を切り出した。
「今日は何? なんか用?」
「用ってほどでもないんだが……」
「うん」
「まあ、母親に言われてさ」
「うん」
そう理由を述べてから、一息置いた航平は私に頭を下げてこう言った。
「去年は、ごめん」
「まあ、そのことだとは思ってたけど」
「うん、いきなりLINEで絶交するみたいに言って、ほんとにすまん」
「別に気にしてないよ」
「ほんとか?」
「ほんとほんと」
そう言いながら私はプリンの蓋を開けて食べ始めた。航平もプリンを手に取った。
「これ美味しいね」
「ああ、母親が出張した時のお土産、神戸のやつだって」
「へえ、ところで、母親に言われたってさっき言ってたけど、なんて言われたの?」
航平の母親はバリバリのキャリアウーマンでいつも夜遅くに帰ってくる。そんな彼女が私と航平が一年以上不仲だったことを、どうやって知ったのだろうかと、疑問に思ったのだ。
「ていうか航平のお母さん、私と航平が疎遠になってるの知ってたんだ」
「うん、ついこの間バレた」
「なんでよ」
そこでまた航平は言い淀んでからこう言った。
「こないだの二学期の中間テストあっただろ?」
「あったね」
「あれの成績見られてさ」
「ほお」
「怒られた」
「なんでよ」
航平はそこまで勉強が苦手ではなかったはずだ、少なくとも去年までは。
最近のは知らなかったので驚いた。
「なんで急に成績下がったのって言われてさ。ほら、俺っていっつも美咲に勉強教えてもらってたじゃん」
「そうだね」
「美咲ちゃんに教えてもらいなさいって言われたんだよ。で、口が滑って絶交してること言っちゃった」
「それで」
「絶交したときのこととか色々聞かれて、全部話したら謝ってこいって言われた」
「なるほど」
事の顛末がすべてわかって納得した。
母親に言われたから謝りに来た、と航平は言った。行動するために理由が必要になるのも、これくらいの年頃からだろう。自分の過去の発言を訂正して謝罪するには勇気がいる。
目の前の少年が少しずつ大人に近づいていることを実感させられた。第二次性徴はやはり、見ていて面白いなと改めて思ってしまう。
「なにニヤニヤしてるんだよ」
「ん、私そんなに笑ってた?」
「ああ」
「まあ、色々と懐かしいなあと思って」
「なんだよそれ」
航平に言われたせいで余計におもしろくなって、今度は自分でも分かるくらいに笑みを作ってしまう。
「航平ほんと大きくなったね」
「まあな」
「昔さ、私と腕相撲したときのこと覚えてる?」
「ああ覚えてるよ。小3の時だろ、俺がボロ負けした」
「そうそう、今の私だと絶対に勝てないね」
「そりゃそうだろ。女なんだから」
同じサイズのプリンを食べていても、航平が食べるとそのプリンは小さく、私が食べると大きく見える。その手に持つスプーンにも同じことが言える。
私と航平の目線の高さが揃うことは、もう一生ないのだろう。その事実が悲しくもあり、嬉しくもある。
「剣道はどうなの?」
「この前、初段になった」
「凄いじゃん! おめでとう!」
「すごくねえよ、初段は誰でも取れる。すごいのは三段からだ」
そうやって恥ずかしそうに謙遜するところも愛おしい。きっと航平は、これからも色んなものを私に見せてくれるのだろう。私に郷愁を抱かせる、なにかを。
「ねえねえ、そろそろ彼女とかできた?」
「……できてねえよ」
「なんだ、剣道部にはいい女の子いないの?」
「いるけど、いない」
「なによそれ……。あ、陽菜とかはどう? 凄くいい子だよ」
「どういう意味だよ」
「いや、丁度いいかなって思って。親心だよ」
「同い年だろお前は」
呆れた顔をした航平に言われた。そういえばそうだったね。
私も、まだ中学生だ。
「一年以上、会話してなかったな、俺ら」
「そうだね」
一年か、意外と短かったな。
「ほんとに久しぶり、美咲」
航平は感慨深そうにそう言ってから、最後の一掬いのプリンを食べ切った。
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