腕相撲
「やっほー美咲、来たで」
二学期の期末試験を控えたこの日、私の家で勉強会が開かれることとなった。参加者は私、陽菜、そして航平である。
試験1週間前の部活のない日なので、部室が使えないため私の部屋を使うことになったのだ。
「いらっしゃい陽菜」
「お邪魔しまーす」
「私の部屋がここね」
そう言って陽菜を自分の部屋に招き入れる。ドアを開けると、中にはすでに航平がいて、部屋の真ん中にある机の上で参考書を広げていた。
「よお、佐久間」
「ああ、水原くんも久しぶり」
一年生の時は3人とも同じクラスだったが、二年生の今は全員別のクラスになっている。
佐久間陽菜と水原航平、二人とも会って話すのも久しぶりだろう。
「仲直りできたんやな、二人とも」
「まあね」
陽菜は私と航平が仲違いしていたことを知っていたし、その後仲直りしたことも知っている。
「いやー、あんときの美咲は落ち込んでたからなぁ、良かった良かった」
「嘘つかないでよ」
「……美咲、ほんとにすまなかった」
「いや冗談だから、全然気にしてなかったから」
「水原くんも罪な男やわ、ホンマ」
「航平でいいぞ」
「そう? じゃウチも陽菜でええで」
二人ともコミュ力は高い方なのですぐに打ち解けてくれた。去年あたりの陽菜は割りとマジで航平にキレていたので、本当に良かった。安心した。
「じゃ、勉強やろうか」
和やかな雰囲気で勉強会は始まった。
「美咲ー、ここわからん」
「乗法公式使わずに4aで括り出せば因数分解できる、その後は普通に公式使うだけ」
「あ、ほんまや」
「美咲、これ答えと若干違うんだけど」
「この角度がここと同じっていう根拠がないし、合同条件も違う」
「じゃあどこだよ」
「等しいのはこの辺、そしたら合同条件もちゃんと合うでしょ」
「ああ、なるほど」
そんな風にして、生徒二人にわからない所を教えていく。
「陽菜、willの後の動詞は原形。3単現のsは要らない」
「ミスってた」
「航平そこは命令形、翻訳が違う」
「そうだった」
二人に教えながら私も試験前の課題を片付けていく。簡単な問題ばかりなので、シャーペンを動かす速度が脳ミソの回転に追い付かない。
二時間ほど勉強したあと、休憩をとることにした。お茶とお菓子を持ってきて一息ついていると、陽菜が演技ぶった口調で私に話しかけてきた。
「しかし美咲さんや」
「なんですか陽菜さん」
「なんでぇ、ウチらの文芸部には新入生が入って来んかったんやろ」
私と陽菜以外がみんな幽霊部員だった文芸部。二年生に上がって新入生を引き込もうと部活紹介を頑張ったにも関わらず、何故か一人も新入部員が来なかった。
現在も文芸部は私と陽菜の二人だけの部活になっている。居心地がいいのは構わないが、少し寂しいのも事実だった。
「単純に読書好きな中1が居なかっただけじゃないの?」
「一人も居ないっておかしいやろ」
「まあそうだけど」
「なあなあ、航平くんはわかる? 文芸部に人が来ない理由」
私と陽菜が考え込んでいると、航平は呆れた顔をしてこちらを見ていた。この顔は理由を知っている顔だ、幼馴染だからわかる。
そんな航平に私はさらに畳み掛ける。
「教えてよ航平」
「いや、お前ら……」
「なんなん?」
「そりゃ、お前らみたいな女子が二人だけだと、新入生も入りづらいだろ」
「どういうことよ?」
私がそう聞くと、航平はやや躊躇ってから恥ずかしそうな声音でこう言ってきた。
「だから、可愛い女子二人しかいない部活だぞ? 女子は敬遠するし、男子はもっと入りづらいだろうが」
そう言い切ると、航平は俯いてしまった。顔が赤くなっているのを誤魔化すためだろう。うん、良い答えだったよ。
だが航平、残念ながら君は私たちの手のひらの上で踊らされている。文芸部に部員が来なかった理由など、すでに他の女友達から聞いていたのだ。
ということで、航平が弱味を晒したので弄ることにする。
「ねえねえ陽菜さん」
「何ですか美咲さん?」
「私たち、口説かれたよ」
「えーほんまー、びっくりやわー」
「ねー、二人も同時に口説くとかやばーい」
「なあなあ航平くん、どっちが本命なん?」
ニヤニヤしながら航平の肩を叩いて、ん?ん?と尋ねる陽菜。端から見てもあれを捌くのは難しいと思う。
「いや、口説いてねえよ!」
「とは言いつつ?」
「お前ら……覚えとけよ」
凄みを出して言う航平だが、顔が赤いので説得力がまるでない。やはりこういうところは男子中学生らしくて面白い。趣があるとすら言える。背が高くなっても本質はまだまだ変わらないな。
「あの小さかった航平が女の子を口説けるようになるなんて……、お姉さんびっくりだよ」
「美咲お前、同い年だろうが」
「腕相撲で私にボコボコにされてた航平が懐かしい」
「ボコボコにはされてねえよ」
目を細めて泣くような素振りをしながら航平を弄ぶ。ああ、楽しい。
「航平くん、美咲にリベンジしようや! 腕相撲で!」
「いや結果なんてわかるだろ」
「逃げんのか? お? お?」
「……わかったよ、やれば良いんだろやれば」
陽菜に煽られて机に肘を置いた航平は、私に向かって右手を差し出してきた。勝負を挑まれて逃げるのも癪なので、私も右手を出して航平と手をつなぐ。
昔に比べて大きくて節張った航平の手にドキリとしながらも、それを表情には出さず航平を見つめる。
「航平航平、負けたらなんか奢ってね」
「いいよ、その代わりお前も同じ条件な」
「うん、いいよ」
「ほな行くで、よーいドン!」
陽菜の合図で私は右腕に力を込めた。当たり前だが、まったく動かない。私が込めた力と同じ分だけ航平は跳ね返してきて、拮抗状態を作り出している。私は舐められているのだ、航平に。
その時、航平の背後に回り込んだ陽菜と目が合った。私はアイコンタクトで陽菜に意思を伝える。航平は気づいていない。必死で力を込める私を見下ろしてくるだけだ。それが彼の敗因になるとも知らず。
「おらぁ!」
陽菜はそう叫んでから、航平の背後から脇腹に手を伸ばしてくすぐり始めた。陽菜からの思わぬ妨害に、くすぐられた航平は大声で笑い始めた。
「ちょ、おま、止めぁハハハハハハッ!!」
よし、今だ。
航平の力が弱まった隙に、右腕に一気に力を込めて彼の腕を押し出していく。力の入っていない航平の腕は簡単に倒れていき、とうとう机の反対側に手の甲が着いてしまった。
私の勝ちである。
「勝者、美咲!」
「わーい!」
「卑怯だろおい!」
「「油断したのが悪い」」
どう考えても私たちの反則負けだが、暴論で押しきる。勝てばいいのだよ、勝てば。
「航平、私ハーゲンダッツのバニラね」
「ウチは抹茶で」
「それでいいのかお前らは……」
ぶつくさと文句を垂れながらも、航平は財布を取り出して外に向かう。こういう、無駄に律儀なところも航平の面白いところだ。
「……いってきます」
「「行ってらっしゃい」」
私も陽菜も、笑顔で送り出してあげた。
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