中間試験

 

 学生生活において我ら生徒には定期的に試験というものが課される。中学生になって初めての中間試験である。小学生気分の人間と、将来を見据えた人間で大きく差がついてしまう残酷な通過儀礼。

 特に、社会の縮図とも言われる公立の中学校ではトップと最下位には圧倒的な差がある。

 大人になってから地元の同窓会に行くと各人のついている職業の幅広さに驚かされる。

 大学の同窓会なら割とみんな同じくらいなんだけどね。


 とにもかくにも、残酷な競争社会の幕開けはここである。

 しかしそんな残酷さを理解できる中学生なんているわけもない。私のような前世持ちの人間でない限りは。


「中間試験とか楽しみやなぁ」


 呑気な関西訛りでそんなことを言うのはもちろん陽菜だ。みんな、初めての定期試験にわくわくしている。その高揚は二年生に上がる頃には誰も感じられなくなるのだが、まあ幸せなのは今のうちだ。


 一年生の最初の試験なんて簡単に作られてるしね。余程の馬鹿でもない限りここではまだ差はつかない。


「そうだねー」

「なんや美咲、自信ありげやん」

「まあね、陽菜は試験勉強とかちゃんとやってるの?」

「なんもやってない」

「うちの学校、赤点取ったら追加で宿題がでるらしいよ」

「ふーん、まあウチにかかればそんなもん余裕よ余裕」


 調子にのる陽菜を見ていると若干不安になってくる。

 陽菜の将来が心配だ。








 そんなこんなで中間試験は終わった。

 ちなみに、転生者だから目立ちたくない、等という理由で手を抜くつもりは毛頭ない。内申点は出来る限り高いほうがいいし、そもそも前世の頃から私は勉強が得意だった。

 そんな私が大人げなく全力を出した結果こうなる。



『中間試験 五教科合計順位』

 一位 桜田美咲 500点

 二位 …………


 廊下に張り出された順位表を見て、驚いた顔をした陽菜が言った。


「美咲、あんためっちゃ賢かってんな……」

「そんなことないよ」

「謙遜するにもほどがあるわ」


 いやまさか、全教科で満点を取れるとは思っていなかったよハハハ。国語あたりでどこかしら減点されたりするだろうと思っていたが、中1の試験にそこまで本格的な問題は出題されなかった。


 まあ私の話は置いといて、


「で、陽菜は?」

「さーて試験も終わったし、部活いこか」


 さっと顔を反らして話をはぐらかす陽菜だが、私が逃がすわけがない。


「陽菜ぁ? 余裕余裕とか言ってたけど、どうだったの?」

「……」

「ひーなさん」

「何のことでっしゃろ?」

「中間試験に決まってるでしょ」

「チュウカンシケン? 知らんなあ、そんな名前のもんは」

「まさか赤点はとってないよね、さすがにないよね」

「……」


 私が赤点と言った瞬間、急に黙りこんだ陽菜を見て察しがついた。

 ああこいつやらかしたなと。


「全部赤点だったの?」

「ぜ、全部ちゃう! 数学だけや!」

「なるほど」


 大方、中学になって初めて現れたアルファベットの使い方が理解出来なかったのだろう。

 とはいえ、中1のこの時期から数学がヤバイというのは良いことではない。


「部室行こうか、追加の課題教えてあげるから」

「……」

「陽菜ぁ?」

「はい……よろしくお願いします」


 これでも前世で大学生だったころ、家庭教師をやっていたのだ。陽菜くらいの生徒、すぐになんとかして見せよう。

 1ヶ月下さい、本物の教育というものを見せてあげますよ。


 なんて心の中で調子に乗っていた私を驚かせるほど、陽菜は数学が苦手だった。


「数学、というか算数から出来てないよね」

「……」


 今回の陽菜の中間試験の結果を見せてもらった。中1最初の試験ということで算数の復習と文字式の基礎が主な範囲だったのだが、陽菜は算数の部分から間違えまくってた。

 うちの学校では30点未満が赤点であるのだが、


「19点って……」

「うう……これでも頑張ったんや、数学が悪いんや」


 文芸部の部室で机に項垂れている陽菜を睨む。


「とりあえず、分数のところから復習かな。それが終わったら割合で、あと速度の計算もマスターしなきゃね。中学の範囲はそれからだね」

「あのー、美咲ちゃん? なんかガチっぽい雰囲気やけど、課題だけ教えてくれたらええからな、な!」


 この期に及んでまだ甘っちょろいことを言う陽菜だったが、私はその程度では満足できない。


「なに言ってんの? やるからには本気でやるよ」

「目がガチなんですけど」

「ちょうどよかったね、部活でやることが増えて」

「……え? もしかしてこれから部活の日に勉強させられんの?」

「週2日じゃ足りないから、しばらくは毎日部室でやろうか」

「いやや! 勉強なんてやりたない! こんな部屋おれるか! ウチは家に帰らしてもらうで!」


 と、推理小説で真っ先に殺害されてしまいそうな人間のセリフを叫ぶ陽菜の首根っこを掴んで椅子に縫い付けた。


「やれ」

「はい」


 久しぶりに家庭教師の真似事ができて、わくわくしてきた。前世が懐かしいな。


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