映画と料理
この間から公開されている『僕キノ』という少女マンガ原作の恋愛映画を見た。噂どおり中々面白いストーリーで、いかにも女子中学生に受けそうな映画となっていた。
そしてここにも、そんな女子中学生が一人。
「うう……ぐすっ! めっちゃええ話やった」
「うん、ストーリーの出来がかなりよかった」
「主人公が献身的でカッコよかったわぁ……」
「最後のどんでん返しの演出もまとまりがあったね」
感動して泣いている陽菜と二人、映画館の中のベンチに座っている。どうも陽菜はかなり感受性の高いタイプの人間らしい。私のように、前世がある上に元々枯れたような性格の人間とは大違いだ。
売店で買ったジュースの残りをすすりながら、啜り泣く陽菜が落ち着くまで待つ。
暇だ。
そう思ってスマートフォンの電源を押すと、LINEの通知が入っていた。
航平からだった。
『今日、母親が帰ってこないらしい』
航平のLINEはこれだけだった。
まあ、航平が何を考えているのかはだいたいわかる。
画面下の入力フォームを押して返信を書く。
『なに食べたい?』
すぐに既読がついた。あいつ暇なのか、と思って時計を見たらすでに剣道部の練習は終わっている時刻だった。
『カレー』
『OK、七時には帰る』
『てか今どこにいんだよ』
『映画館』
『まじ、誰と?』
『陽菜だよ』
と、そこで私のスマホ画面を覗く不届き者に気がついた。
袖で目元を隠して涙を拭っているように見せかけているが、その視線は私のLINEの画面をしっかり見ていた。
「なに」
「いや、なんでも……」
「気になるじゃん」
「じゃあゆうていい?」
「うん」
すでに泣き止んでいた陽菜は、一旦息を吸い込んで胸を膨らませるとこう叫んだ。
「お前ら夫婦か!!」
やはり関西弁はうるさいと思ってしまうようなツッコミだった。
「旦那によろしく」などと馬鹿なことを言う陽菜と別れて、帰りにスーパーに寄ってカレーの材料を買いに行く。航平とご飯を食べるのは久しぶりで、家の冷蔵庫にはあまり材料が用意されていない。
「じゃがいも、たまねぎは要る。にんじんはまだ有ったかな」
冷蔵庫の中身を思い出しながら買い物カゴに野菜をいれていく。この際だからと数日分をまとめて買い込んだらわりとビニール袋が重くなってしまった。
「自転車で来ててよかったな」
子供用の自転車のカゴはビニール袋で一杯になってしまった。その重さでふらつく前輪をハンドルでもって繰りながらベダルを踏み込む。
はやく帰らねば。
意気揚々と自転車をこいでいたら赤信号に止められた。そこでふと、陽菜に夫婦だと言われたことが気になった。
というか、
「まるで主婦みたい」
夫婦ではないが、主婦みたいというのは何となく自覚できた。
マンションの駐輪場に自転車を止めてカゴから袋を取り出しエレベーターで五階まで上がる。
「ただいま」
家の鍵を開けて中に入り、誰もいない空間にボソリと帰宅したことを呟いた。
キッチンに買い物袋を置いて手を洗い、炊飯器にお米をセットする。
私と航平の二人分で3合。
自分以外のために料理をするのは久しぶりだった。中学に上がってからは初めてだな。
エプロンをつけてまな板の上でさっき買ったばかりの野菜を切り刻む。
ピンポーン、と鳴るチャイム。
家の外にも聞こえるように少し大きめの声でそれに返事をする。
「あいてるよー」
ガチャリとドアが開く音がして中に入ってきたのは航平だろう。
声は聞こえないが足音でわかる。
予想どおり、玄関から廊下を通ってリビングに現れたのは航平だった。
「よお」
「まだ出来てないよ」
「それくらい待つよ」
「ん」
リビングでくつろぎ始めた航平を無視して料理に集中する。
火の通りの遅い具材から優先的に鍋にぶちこんでいく。牛肉を入れたところで航平が話しかけてきた。
「映画どうだった?」
「面白かったよ、陽菜なんて号泣してた」
「へー」
あんまり興味がなさそうな態度だった。じゃあなんで聞いてきたんだよとは思うものの口には出さない。
「剣道部は順調なの?」
「一年はまだほとんど見学みたいなもんだけどな、来週からは剣道着借りて練習させてくれるらしい」
「へえ、なんかいいじゃん。こっちなんて陽菜と二人きりだからね。部活らしいことなんて何もしてない」
「だから映画なんて行ってたのか。自由な部活だな」
呆れたように言う航平だった。
彼はこれから運動部のキツイ練習に励むことになるのだろう。まあ精々頑張れ。私はのんびりやる。
生き急いでも、どうせいつかは死ぬのだ。
前世の私みたいに。
ぼうっと前世のことを考えていたらいつのまにかカレーが出来上がっていた。
「よしできた、航平ご飯入れて」
「あいよ」
戸棚から大きめのお皿を2つ取り出して、航平がご飯を入れたそれを私が受け取ってルーを注ぐ。
「「いただきます」」
久しぶりに誰かと一緒に食卓についた。
カレーライスは普通に美味しかった。
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