坂道と自転車

 

「剣道部格好よかったもんね」

「だろ? すげえよな」

「うん、部長さんもイケメンだったし」

「お前、ああいうのがタイプなのか」

「別にそういうわけじゃないけど」

「ふぅん」


 航平がぶすっとした顔をしながらこちらを睨んでくる。

 なんだこいつ。


「陽菜がそう言ってたってだけ」

「陽菜って……ああ、あの関西弁の」

「そうそう、同じクラスの」

「陽菜ちゃんも可愛いよな! 間違いなくモテるわ」

「でしょ、うちのクラスで一番可愛いと思う」

「……」

「なに」

「別になにも……」


 航平の顔はさらにぶすっとしていた。

 中学では私も航平も同じクラスになることができた。クラスで一番可愛い陽菜とも友達になれたし、ついでに幼馴染もいる。

 うん、今年もうまいことやって行けそうだ。


「そういう美咲は何の部活にするんだよ?」

「私は文芸部、陽菜も同じだよ」

「へえ、陽菜ちゃんと同じかそりゃよかったな」

「うん、中学生活が楽しみだなあ」



 そんな風に、航平といつものような会話をしてから、ポテチが無くなったので今日は帰宅することにした。帰宅といっても隣の部屋だが。


「じゃあね航平、また明日」

「おう、また明日」


 玄関のドアを閉めて自宅に戻った。

 航平の両親は共働きで帰りが遅い。鍵っ子だった私たちは小学生のころからよく遊んでいた。

 思えば、私がこちらに引っ越してきたのが小学二年のころ。航平とはその頃からの付き合いだ。つまり航平とは四年間幼馴染をやっているということで中々長い。


 平和な日々が過ごせればいいと思う。

 私も、航平も。






 文芸部に入部してから一週間ほどたった。一週間といっても毎日活動しているわけではないので、実質二日ほどしか行っていない。

 毎週火曜と木曜日、それが我が中学校の文芸部の活動日だった。


「いや、暇やわ」

「なに急に」


 文芸部の部室に私と陽菜は居た。

 壁一面に並んだ本棚とそれに挟まれた空間にある長机とパイプ椅子。この小さく狭い、ミニ図書館みたいな場所が我ら文芸部の部室だった。


「文芸部、なんもやってないやん!」

「本読んでるでしょ」

「それだけやん! もっとこう、みんなでリレー小説書いたりとかさあ! あるやん、あってしかるべきやん!」

「大声出さないで、他の人に迷惑」

「美咲とウチしかおらんやん!」


 そう、現在の部室には私と陽菜の二人しかいない。これまで三日間部室にいたが、他の部員と会ったことがない。


「部活動紹介してたあの先輩らは? どこにおるん?」

「みんな幽霊部員なんだって」

「じゃあなんで文芸部入ってん、あの人らは!」

「校則でみんな何かの部活に入らなきゃいけないって決まってるから、仕方なく入ったんでしょ」


 ああああ、と木製の机に項垂れる陽菜を慰める。


「まあいいじゃん、読書好きなんでしょ」

「せやけど、他になんかやりたい」

「例えばなによ」

「うーん、部誌作るとか」

「文化祭は秋だよ、今作ったって誰も読んでくれない」


 文庫本のページを捲りながら適当に返事をしていると、突然陽菜が立ち上がった。

 何を言い出すんだろうと思って、本を閉じて彼女を見上げる。


「映画見にいこ!」


 斯くして、今日の部活は終わりとなり、私と陽菜は一旦帰宅して公園に自転車で集合することになった。

 自転車かぁ……



「ねえ陽菜、電車使おうよ」

「お金もったいないし、ほんの二駅やん」

「ほんの二駅……」

「いけるいける、ほな行くで!」

「はいはい」


 最近の中学生は元気だな。

 自転車をこぎ出した陽菜を追いかけるため、私も自分の自転車に乗る。小学生の頃に親に買ってもらった、ごく普通の子供用のものだ。陽菜のものも同じようなもので、そう言えば自分が前世で小学生だった時も、やたら遠いところまで自転車で行っていたことを思い出した。

 前世では大学生になったころくらいから自転車に乗っていた記憶がない。

 友達と一緒に自転車に乗って遠くまで行くというのも、中学生である今のうちしかできない体験だ。


 大人になれば嫌というほど電車に乗ることになるのだから、これも今世における一つの思い出になるだろうと、しみじみと思っていた。


 途中までは


「はあ……はあ……、陽菜ぁ、待って」

「美咲ー、はよー」

「ちょっと、坂が長すぎる……」

「ほんまに運動苦手やってんなあ」

「そういう陽菜こそ、どこが文学少女よ」

「ほれほれ、置いてくでー」


 映画館に向かう途中には長い坂道があって、体力のない私は坂の中腹あたりで自転車をこぐのを諦めて、普通に歩きながら陽菜を追いかけていた。

 息を切らしながら自転車を引く私に対して、元気の有り余った陽菜はさっきからずっと立ちこぎのままだ。


「そういえばさー」

「はぁ……はぁ……、なに?」

「彼氏くんは元気なん?」

「……誰のこと?」

「ほら、剣道部の」

「ああ、航平のことか」

「そうそう」

「彼氏じゃないし」

「そうなん? 毎朝一緒に来てるからてっきり付き合ってるんやと思ってた」


 笑いながらそんなふざけたことを言ってくる陽菜。

 私と航平はそんな関係じゃない。

 ただの腐れ縁の幼馴染だ。


「家がとなりだから一緒に通学してるだけ」

「なにそのラブコメ!? めっちゃええやん!」

「そんなにいいもんじゃないよ」

「ウチもそんなラブコメ生活してみたいわ」


 立ちこぎの自転車をふらふらとさせながら陽菜は妄想に耽っていた。これだから恋愛脳は困る。

 すべてが恋愛につながるなんてことはあり得ないのに。


「やっと、坂道登りきった……」

「ほら、ここ下ったらすぐ映画館やで」


 押していた自転車のサドルに再び座り、映画館に向かう坂道を見おろす。

 この坂道を自転車で滑走すればきっと気持ちいいだろう。ブレーキのハンドルに指をかけながら、私と陽菜は勢いよく坂道を自転車で滑り降りた。


 スカートが捲れあがりそうになったが、火照った体にぶつかる風が心地よかった。


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