幼馴染み
マンションのエントランスに入ると、集合ポストの前に立つ幼馴染を見つけた。自動ドアをくぐると幼馴染もこちらに気づいたらしく、よう、と声をかけてきた。
「よう美咲」
「航平も今帰ったところだったんだ」
航平のとなりのポストを開けて、中に入っていた夕刊を取り出す。航平が解除してくれたエントランスのロックが閉まらないうちに、私もマンションに入ってエレベーターに向かう。
航平はエレベーターの五階のボタンを押して待ってくれていた。そのまましばらく、お互いに無言でエレベーターの中に突っ立っていた。エレベーターが五階に到着し、私も航平も目の前の廊下を右に曲がる。そのまま直進して503号室の前で私は立ち止まる。航平はその先の504号室で立ち止まった。
夕刊を脇に挟み、カバンから家の鍵を取り出そうとした時、航平が話しかけてきた。
「このあとモンハンやろうぜ」
「いいよ、着替えたらすぐいく」
短い会話を終えると、私も航平も家の扉を開けて中に入った。
幼馴染の航平は私と同じマンションの、となりの部屋に住んでいる。
自分の部屋で、まだ慣れていない制服を脱いでいく。シワにならないようにスカートをハンガーに吊るして、私服に着替える。
女性として転生してから何度もこの着替えるという行為を行ってきたが、制服を脱ぐことにどこか特別感があるように思えるのは前世の男だったころの影響だろうか?
リビングの戸棚からポテトチップスの袋を取り出す。自室にある3DSを充電器から外して、ポテチと3DSを抱えて家を出た。マンションの廊下を五メートルほど歩いてすぐのところが航平の家だ。
インターホンも押さず、ドアノブに手をかけて鍵のかかっていないドアを開ける。玄関に入って後ろ手に鍵を閉めて靴を脱ぐ。
勝手知ったる幼馴染の家。
マンションなので私の家と作りは同じだ。
私の家ならば自室に当たる部屋、つまり幼馴染の家なら航平の部屋であるところのドアを開ける。
「……ノックくらいしろよ」
「ごめん」
航平はパンツ一丁だった。
扉を閉めて少し待つ。やることがないので、手に持っていた3DSの電源をいれておく。モンハンを起動したところで目の前のドアが開いたのでそのまま中に入る。
「はいポテチ」
「サンキュ」
航平の部屋の床にある小さなテーブルの前に座る。
「何狩る?」
「銀レウス、あとちょっとで素材が揃う」
「ん」
私も航平も無言でゲームに没頭する。私が弓で航平は太刀。遠距離から航平のアバターである狩人を眺めながら銀色の龍に弓を射っていく。
ハンター航平の太刀が龍の尻尾を切り飛ばした。龍はそのまま別のエリアに逃げたので私も航平もフィールドに残された尻尾を剥ぎ取る。
「出た?」
「いや、甲殻だった」
「残念」
若干落ち込んだ航平にそう声をかけて龍を追いかける。移動先のエリアはだいたい決まっているので地図を見なくてもわかる。
予想どおりそのエリアの中央にたたずむ龍に突っ込んでいくハンター航平。
少し離れた位置で弓矢に塗るビンを入れ換えるハンター私。
ハンター航平が斬りかかると、銀色の龍はすぐに足を引きずり始めた。航平は龍の進路にシビレ罠を設置しはじめた。
私もそれにあわせて弓の照準を合わす。
シビレ罠に引っかかった龍に向けて、麻酔ビンを塗った私の矢が飛んでいく。そのまま続けて2、3発射るとクエストクリアのエフェクトが画面に出た。
ボタンを押して報酬を確認する。
「出た?」
「出た」
「おめでと」
「やっと銀レウス装備作れるわ」
目当ての素材が出たらしい航平は嬉しそうに床に寝転んだ。ゲームが一段落ついたのでポテトチップスの袋を開けた。
3DSの電源を落とした私に対して、航平はまだ武器屋の中にいる。
一人でパリポリとポテチを貪っていると、装備一式を完成させた航平が3DSの画面を見せてきた。
「この鎧やっぱかっけえよな」
「うん、レウス装備はやっぱ格好いいよね」
ニヤニヤとゲーム画面を眺める航平は実に男子中学生らしい。まだ中学生になって2日目だというのに。
ふと航平がにやけた顔を引き締めてこう言った。
「俺決めたわ」
「ん?」
「剣道部入る」
「ぶっほ!!」
思わず笑いそうになってポテチを吹き出しかけた。口許を手で押さえていると、航平がこちらを睨んできた。
「何笑ってんだこの野郎」
「いや、何も」
「バカにしただろ」
「してないしてない」
「笑ってんじゃねえか!」
誤解されているが別に馬鹿にしたくて笑ったわけではない。ただ、航平を微笑ましく思ったから笑ったのだ。ああこの子も男子中学生なのだなあと、懐かしさのような変な感情だった。
「いいと思うよ、剣道部」
「ホントに思ってんのか?」
「思ってるよ、でも航平、剣道なんてできるの?」
「できるよ、やりまくってやるよ」
「その身長で?」
「こ、これから伸びるんだよ!」
航平の身長は私とほぼ変わらない。一般的に小学生は女子のほうが背が高い傾向にあり、ついこの間まで小学生だった私たち二人は、どちらかと言えば私のほうが数センチほど背丈が上だった。
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