転性のノスタルジア
都森メメ
中学一年生
部活動
卒業文集
六年二組
『可愛いが格好いいに変わってからしばらく、不可逆の変質に付き物である悲しみと郷愁を抱いた。
もう戻れない過去をセピア色のガラス越しに眺めては、あの頃に戻りたいと無意識に想いつづける。そのセピア色が昔の嫌な記憶を隠していることはわかっている。それでも、そのガラスの向こうへの憧れを捨てることのできない人間の愚かしさが愛しかった。
突き詰めればその憧れるという行為自体に心を癒す効果があるのであって、いざ向こう側へ追いやられるとまたこう思うのだ、元居た場所に、かつての故郷に帰りたいと。』
講堂の床には緑色のシートが一面にひかれていてその上にはパイプ椅子がきっちりと並べられている。その中に入った私たちは列ごとにパイプ椅子で作られた通路を歩き、出席番号順に座っていった。わいわいと楽しそうな雰囲気に包まれた講堂は私の気分を昂らせてくれる。
懐かしい、記憶の奥にある景色が想起されて、とても心地いい。目の前にある壇上には何人かの上級生と先生がいてレクリエーションの準備をしている。
「なあなあ、なんの部活にするか決めた?」
隣に座った女子が話しかけてきて、手には部活動紹介のしおりと印字されたプリントを持っている。昨日はじめて会ったこの子は出席番号がとなりで、この中学に入学して最初に話したのが彼女、
「まだあんまり決めてないけど、とりあえず文化系かな」
「おお、ウチも同じや」
「運動とか得意そうなのに、意外」
陽菜からは活発そうな印象を受けたので、きっと小学校のころは運動系のクラブに入っていたと思っていた。
「よう言われるけど、意外とウチは文学少女でインドア系なんやで」
「関西弁の文学少女、なるほど」
「キャラ濃いなこいつって思たやろ?」
「いや、全然」
「そういう美咲はイメージ通りやろ、運動苦手そう」
「当たり、そのぶん勉強は得意だよ」
「へえ」
天然の茶髪でややくせ毛がある陽菜は関西弁で話し、明るい性格をしている。
自分のことを文学少女だと言うのも、なんというか中学生らしくて微笑ましく思う。
「どんな本読むの?」
興味本位で陽菜に聞いてみる。
「大体なんでも読むけど、一番好きなんは恋愛小説やな」
「最近ので面白いのってなんかある?」
「うーん、強いて言えば……、『僕キノ』とかかなあ」
「ああ、こないだ映画化されたやつ。すごい人気だよね」
「そうそれ、映画はまだ見てないけど……ってもうそろそろ始まりそうやな」
陽菜はそう言って前を向いて静かになった。私もおしゃべりをやめて壇上を見上げると、壇上ではマイクを持った先生がちょうど話を始めたところだった。これから始まる中学生としての生活を彩るために部活動に入りましょうという内容の演説をしてからその先生は引っ込んだ。
先生と入れ替わりに舞台袖からは上級生の男の子が出て来て、その後に何人か続いて剣道着を着た子もぞろぞろとついてきた。パイプ椅子に座る私たち一年生の雰囲気が一層熱くなる。
「剣道部すごい迫力やな」
「そうだね」
「うちらの中学、わりと剣道部強いらしいで」
「へえ、だから一番最初なのかな」
小声で陽菜とおしゃべりをする。周りの生徒も目の前の上級生を品定めするかのように小声で話していて、ガヤガヤと少しだけ騒がしくなった私たちの目の前で、剣道部の生徒ふたりが試合を始めた。
お互いに向かい合い竹刀の剣先を相手に向け、そのまましばらく無言で佇んだあと、講堂中に響き渡る大声をあげて竹刀をぶつけ合った。その迫力に小声で話していた私たち一年生は圧倒されすぐに静かになる。バシンバシンと竹刀がぶつかり合う音が何度も響いて、しばらくして決着がついた。
そのあとは剣道着を着ていない上級生がぜひ剣道部に入ってくださいという演説をして、最初の部活動紹介が終わった。
「はぁ、凄い迫力やったなあ」
「そうだね、みんな一気に静まりかえったし」
「あと剣道部の部長さん、格好良かったな」
「うん、絶対彼女いそう」
「間違いないやろなあ」
その後も部活動紹介は続いたが、剣道部ほどのインパクトのある部活はなかった。
「最初に剣道部を持ってきたのはアカンと思う」と陽菜は言った。
「部活どうしよっかなあ」
「私は決めたよ」
「マジで、何にしたん?」
「文芸部にする」
「おお、無難やな。ウチもそうしよかな」
「うん、一緒に入ろうよ」
「よし、ウチも文芸部入るわ!」
その日は陽菜と一緒に下校した。仲良くなれた友達ができて良かったと思う。
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