また明日

 

「なんかテンション高いな、美咲」


 航平の部屋で一緒にモンハンをやっていたらそんなことを言われた。


「そう? いつも通りだけど」

「なんかあったのか?」

「あー最近、陽菜に勉強教えてるからかな?」

「陽菜ちゃんもお前のスパルタ教育受けてんのか……」


 スパルタとは失礼な。効率の良い勉強法と言っていただきたい。中間試験が終わってからのここ数週間、ほぼ毎日陽菜と部室で勉強会をしている。

 ぶつくさと文句を言いながらも、きちんと真面目に勉強してくれているので陽菜は根は良い子なのだ。次の期末試験では必ず陽菜にいい成績を取らせてやろう。


「航平はテスト大丈夫だったの?」

「ああ、お前のおかげでな」

「よかったよかった」


 航平が私のことをスパルタ呼ばわりしたように、今世における私の最初の生徒は彼なのだ。

 小学生の頃から一緒に宿題をしていて、ときどき航平のわからない部分を教えたりしていた。


「それにしても」


 呟きながら航平の部屋を見回す。

 剣道着やら籠手やら竹刀やらダンベルやら、そういうアイテムが床にごろごろと転がっていた。


「一気に男の子っぽい部屋になったね」


 どこか前世の自分の部屋を思い起こさせるのは部屋の見た目のせいだろうか、それとも匂いか。剣道着から漂う汗臭い香りやら、部屋全体に染み付き始めた栗の花のような匂いやらを、鋭敏な私の嗅覚がそれを脳に伝えてくる。


「剣道着買ってもらったんだ」

「カッコいいだろ?」

「そうだね、若干臭いけど」

「臭いとかいうな……」


 やや落ち込みながら呟く航平の声も昔に比べれば低くなっていて、すでに随分と声変わりをしていた。子供の成長は早いというが、この時期は変化が大きいからとくにそう思わされる。


 キリのいいところでゲームが終わったので、3DSの電源を落とした。時計を見るとすでに18時を過ぎていた。


「今日はお母さん帰ってくるの?」

「ああ、お前も食ってくか?」

「迷惑だからいいよ、じゃあ私は帰るね」


 そう航平に別れを告げてさっさと部屋を出る。航平の部屋から廊下に出ると、2つの空間の匂いの差を知覚させられた。人の家は独特の匂いがするが、航平の部屋は特にそうだった。

 独特といっても初めて感じるタイプという意味ではなく、むしろどこか懐かしさを感じさせるという意味でだ。


「じゃあね航平、また明日」

「……ああ、また明日」


 歯切れの悪い航平の様子が気になったが、この年頃なら色々あるのだろうと思い家に帰った。










「終わったー! やりきったで美咲!」

「お疲れ様、よく頑張ったね」


 ある日の文芸部の部室にて、これまで陽菜に教えていた数学が一段落ついたのだ。先ほど陽菜が取り組んだまとめテストを見る限り、教えた範囲は十分に理解できていると思う。小学生の内容から今度の期末試験の範囲まで、陽菜は頑張って勉強した。

 頑張る生徒を見ていると教える側としてもやる気が出てくるので、久しぶりに張り切ってしまった。


「うう……疲れた……こんな数学の勉強したん初めてやわ」

「期末試験頑張ってね、期待してるよ」

「ククク……、偉そうに本なんて読んで余裕かましてるけど、美咲は期末テスト大丈夫なんかぁ?」

「さあ、危ないかもしれないね」

「ウチの勉強に付きっきりなのはありがたいけど、美咲はちゃんと出来てるんかいな」


 ここ1ヶ月ほぼ毎日部室で陽菜に数学を教えていた。その分自分の勉強時間も減ってしまったが、問題ない。中学の範囲はとっくに全科目復習しきっているのだから。


「じゃあ、今日はもう帰ろっか」

「明日からは旦那さんとイチャイチャできるんやろ? 楽しみやな」


 陽菜がニヤニヤと笑いながらそんなことを言ってくる。

 今日は期末試験前の最後の部活だった。私の中学では試験前の一週間は部活が休みになる。そのためどの部活に所属していようが、この期間だけはみんな同じ時間に下校するのだ。


「だから航平は彼氏じゃないって」

「部活ないから、明日からは毎日航平くんと一緒に登下校するんやろ?」

「そりゃするけど、別に普通でしょ」


 私がそう言うと陽菜はさらに笑みを深めて生暖かい視線でこちらを見てくる。これだから恋愛脳は困る。


「じゃあね、また明日」

「ありがとうなー、美咲」



 陽菜とは家の方向が違うので、下校路の途中で別れる。最近はこの道を一人で帰るのが当たり前になってしまった。

 小学生のころは航平と一緒に登下校していたが、剣道部の朝練や練習があるため、部活が本格化してからはずっと一人で帰宅している。

 そういえば最近、航平の部屋で遊んでないな。

 試験前に勉強するついでに航平の部屋に行くのも良いかもしれない。


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