第77話
「それではこれより、法院議会を開議いたします」
厳正な空気の中、法院長がそう言葉を発した。非常に大きな議会室には帝国のすべての貴族、皇室関係者、権力者が顔をつらね、まさに最終決戦にふさわしい場所だ。マリアチ皇室長の姿も、ケーリ監査部統括の姿も…そしてフォルツァのお父様である、皇帝陛下の姿もまでも見える。…一瞬でも気を抜けば、その異様なまでの雰囲気と圧に押しつぶされてしまう事だろう。フォルツァは私の隣に座ってはいるものの、法院において基本的には当事者の私が発言することになる。私は昨日のフォルツァとの会話を何度も自分の中に思い起こし、自らを奮い立たせる。
法院長の言葉を聞くや否や、公爵が席を立ちあがり、高らかに意見を始める。
「私ははっきり申し上げます。かねてよりシンシア様の素行には疑問を感じざるを得ません。彼女はフォルツァ様をはじめ帝国の権力者に根回しし、前回私が提出した告発文書も握りつぶさせました。このような行いが許されてよいはずがありません。皆さんもそうは思いませんか?」
公爵派と思われる貴族、皇室関係者たちが大きな拍手を送る。…私たちがこのまま何も反論しなければ有罪になるのだから、まったくたまったものではない。
味方貴族の拍手に勢いづいた公爵はそのまま発言を続ける。
「皆さま今一度よくお考え下さい。彼女の母君であるマリアーナ様のお話によれば、シンシア様はただでさえ貴族家で問題ばかり起こしておられたそうです。貴族家内ですらまともになじめない彼女が、帝國の長たる皇帝の妃にふさわしいでしょうか?」
まったく、黙って聞いていれば好き勝手なことを…
「そしてそんなシンシア様に心酔しておられるフォルツァ様も大問題です。帝国国民の大切な血税を自身の女遊びに浪費するなど、国民の未来を預かる貴族として到底許すことはできません!!!」
公爵は法院長の方へと顔を向け、まるで自身が正義の使者でもあるかのように言葉を発する。
「法院長、私はここに宣言いたします。今こそ悪しき者たちに相応の罰を下し、我々が帝国を生まれ変わらせるのです!!」
そのまま貴族たちの方へと体を向け、彼らを先導するように言葉を発する。
「私は責任をもってその先頭に立つことを約束いたします!!皆の手で、新たな帝国の未来をつかもうではありませんか!!!」
雄大な声で高らかに宣言する公爵に対し、大きな拍手と歓声が議会中から送られる。その時間はしばらく続き、雰囲気が落ち着いたのを見計らって法院長が冷静に口を開いた。
「…ゲルチア公爵の意見に、反対の者は?」
…議会中の皆が私の方を向く。その圧に思わず押しつぶされそうになってしまうものの、私はできうるかぎり冷静に言葉を返す。
「…法院長、私たちの意見を申し上げる前に、一人の人物を紹介させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
私の言葉に法院長はゆっくりとうなずいた。私はそれを確認したのち、フォルツァとは反対側に座っていた一人の人物の紹介を皆に始める。
「…皆さん、この子の名前はシグナ…ついこの間亡くなられた、ジクサー伯爵の一人息子です。お母様のマナ様とともに、現在は私たちと一緒に暮らしています」
シグナ君もまた、この厳粛な雰囲気に負けじと一緒に戦ってくれている。こんな小さな男の子が帝国議会で泣き出しもせず踏ん張っているのに、私が弱音などはけるはずもない。私は二人の思いを代弁する。
「…二人には分からなかったそうです。どうして二人の愛するジクサー様が、突然自分たちの前からいなくなってしまったのか」
「…そこで私たちがそれらを詳しく調べた結果、そこには信じられない真実がありました。ジクサー伯爵はある者の策略で、貴族位を失脚させられたのです」
そこまで話し終わるとともに、議会が若干ざわつき始める。そしてそんな彼らを代表するかのように、公爵が私たちに声を荒げる。
「お、おい!一体何の話をしてる!!!」
そんな伯爵に構わず、私は事前準備通りマリアチさんに声を発する。
「マリアチさん、お願いします」
マリアチさんはうなずいて私にこたえ、事前に準備していたある資料を議会中の全員に配る。それは不審な負債が記載された、ジクサー伯爵家の財政資料そのものだ。
「…こ、これは…」
「あのジクサーがこんなにも借金を…?」
「し、信じられん…」
資料を受け取った貴族たちが予想通りの反応を皆がしてくれる。やはりそれだけジクサー伯爵は堅い人物だったのだ。私はそのまま資料の説明を始める。
「財政資料に記されている通り、ジクサー公爵は莫大な負債を抱えていました。一貴族が抱えるにはあまりにも不自然な負債額です。そのうえ生前の伯爵様を知る誰に話を聞いても、彼にそんな様子は全くなかったと皆が口をそろえて話します」
公爵派の貴族たちも、その点に関しては同じ思いを抱いているようだった。
「た、たしかに…」
「ああ…伯爵は負債を抱えること自体を毛嫌いしていたから…」
しかし公爵はこの資料になにか不都合があるのか、大きな声で法院長に抗議の声を上げる。
「法院長!!!こいつら議題をすり替えて自分たちは言い逃れするつもりだ!!!もう十分だろう!!」
公爵の抗議の声を聞いた法院長は、静かな声で私たちに言葉を発した。
「…続けてください」
「なっ!!!!」
やや焦りの表情を浮かべる公爵を横目に、私はそのまま説明を続ける。
「さらに調べると、どうやら多額の負債を抱えて不自然な死を遂げた者はジクサー伯爵以外にもいることが分かりました」
さらに議会の貴族たちがざわつき始める。
「う、うそだろ…」
「そ、そんなまさか…」
…やはり味方貴族にもそのことは話していなかったらしい。彼らにとってこの報告は予想外のものだっただことだろう。さあ、今こそすべての決着をつける時だ。
「彼らに理不尽に負債をなすりつけ、家族の安全は保障するから自死せよと迫ったのは…」
「公爵、あなたですよね?」
…ざわついていた議会が、一瞬のうちに静寂に包まれる。皆絶句しているのだ。この議会にいる全員が信じられないといった目で公爵を見つめる。そんな皆からの視線に耐えられなくなったらしい公爵は、大声で反論を始める。
「ふっざけるなああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
自身の机を乱暴に叩き、感情的に講義をする公爵。…そんな公爵を不審な目で見始める貴族たち。私は感情的にならないようできるだけ努め、冷静に説明を続ける。
「あなたは多額の賄賂を味方貴族の皆様にばらまいている上、マリアーナにも相当高価な物を貢いでいるようですが、そのお金は一体どこから来てるのでしょう?…裏でそんな事をしているとでも考えなければ説明がつきません」
「…」
公爵がやけにお金を持っていることに関しては、公爵派の貴族も思うところがあったらしい。皆ますます不審な目を公爵へと向ける。
「はあああ????それだけで私を犯人にするつもりか???」
もはや半狂乱な公爵は、下品な声を荒げながら抗議をはじめる。
「私は公爵だぞ!?お前にその意味が分かるか!?私は凡人ではないのだ!!」
「凡人には思いもつかない方法で私は財政管理をしているのだ!!お前なんかに何が分かるというんだ!!!」
「それでも私が犯人だというなら証拠を出せ!!!」
…私は何も公爵に言葉を返さず、貴族の皆はそんな公爵の姿に絶句してしまっている。…そんな沈黙が公爵には心地よかったのか、ややその表情に笑顔が戻る。
「ぐふふふ。そうだろうそうだろう、証拠などなかろう。当然のことだ、私はそんなことしていないのだからなぁ!!!」
…まさに公爵がそう言い終えた時、ある人物が議会室の扉を開けた。
「失礼します」
その人物の姿に貴族の者も、皇室の者も驚愕の表情を浮かべる。彼らにとってはとんでもないサプライズとなったことだろう。…そしてそれは公爵とて例外ではない。彼の表情からは笑顔が消え、消え入りそうな声でぼそっとつぶやいた。
「…ナナ、どうしてここに…」
――ナナ視点――
公爵家を飛び出していった使用人の後を追い、私はある場所にたどり着いた。…そこは公爵家からかなり離れた山中、人気など全くない場所だった。
使用人は隠し扉と思われる場所に向かい、何かの合図を送る。ほどなくして隠し扉が開かれ、中から監視役と思われる人物が現れた。二人は互いに身元を確認しあった後、隠し扉の奥へと姿を消していった。
「…作戦成功、秘密書庫はこんな場所にあったのね…」
私は急ぎその場を離れ、その足で皇室に向かい、秘密書庫の詳細な位置をマリアチ皇室長に通報した。マリアチさんは私の話を聞くなり、大声で部下に指示を発した。
「よし!秘密書庫の場所が特定できた!!急いで彼に伝えてくれ!!」
――秘密書庫監視役視点――
やれやれ、ここの監視役ほど退屈な仕事はないぜ全く…私語は禁止されてるものの、俺はもう一人の監視役に話しかける。
「全く公爵様も心配性だよなぁ。こんなとこ誰にも見つかったりしないってのに」
「だよなぁ。別に監視なんていらないよなぁ。…ああもう、退屈で死にそうだ…」
そんな会話を繰り返していた時、不意に隠し扉がノックされる音が聞こえた。俺たちは互いに顔を見あわせ、またかという表情を互いに浮かべる。
「また来たのか…どんだけ暇なんだよ…」
ここ数日、公爵家の使用人が資料は無事かと一日に何度も訪ねてくるのだ。…まったくこっちの身にもなってほしいものだ。毎回対応しなくちゃならないんだからな…
俺たちはいつものように隠し扉を開け、訪ねてきたものの顔を確認する。…しかしそこに立っていたのは、これまで俺たちが見たことのない人物だった。
「だ、誰だお前!?」
「皇室長より、こちらに重要な資料が保管されているとの話を聞き、確認に参りました」
「は、はあ!?」
皇室だって!?…一体なんでそんな連中がここに…
「これは帝國皇室権限の調査です。あなた方は拒否することはできません」
「調査って…お前まさか…」
その男は懐から手帳を取り出した。表紙にはある組織のエンブレムがはっきり刻まれている…
「申し遅れました。本調査において調査団団長を務めます、クロースと申します」
「!?!?」
クロースって確か、前にシンシアを調査した調査団の責任者…!一体なにがどうなって…
…しかしこいつらを通すわけにはいかない…俺は少ない脳みそをフル回転さえ、一つの反論を考え付いた。
「ま、まて!!!調査団が来るなら事前通知書があるはずだ!!そんなもの届いてないぞ!!」
そう、調査団が調査に乗り込むには調査通知書による事前通知が必要なはず…!見たところこいつらがそれを送って様子もないし、もし公爵家に届いていたのならあの慎重な公爵様が見落とすはずがない…!
…しかし内心で勝利を確信したその時、調査団員の陰からある人物が姿を現した…
「あら、大変だわ!!」
「ナ、ナナ様!?どうしてあなたがここに…!?」
ナナ様は突然団員たちの陰から姿を現したかと思うと、とんでもないことを口にし始める。
「私、先日クロースさんからこんなものをお預かりしていたのに、公爵様にお渡しするのをすっかり忘れてしまっていたわ!!」
…彼女の手に握られていたのは、まぎれもない…
「そ、それは…通知書…!?」
そ、それじゃあ…ナナ様も…こいつらの味方…
「通知書は事前に公爵家に送らせていただいております。我々はルールに則り、この書庫に保管されている資料を改めさせていただきます」
「う…ぐ…」
もはや俺たちに逃げ口はなかった。
――――
「…」
ナナは黙ったまま私の前まで歩み寄ると、自身が手に持つ資料を私へと差し出す。
「…思いっきりどうぞ、お姉様」
私はやや笑みを浮かべる彼女から渡された資料を受け取り、それを皆の方に提示しながら説明を再開する。
「これは公爵家秘密書庫に保管されていた裏財政資料です」
皆の視線が資料に注がれる。公爵もまた青い表情で資料にくぎ付けになっている。
「ここに記載されている公爵家の負債が消滅した日付と、ジクサー伯爵に負債が発生した日付は完全に一致、その上その額まで詳細に一致しています。そうですよね?ケーリ統括」
一切の間をあけずに私の問いかけに返事をするケーリさん。
「その通りです。過去の伯爵家の資料に照らし合わせた結果、負債額、飛ばしとされる日付、そしてそれに関わった人物の名前まで、すべて一致していました」
その報告を受け、公爵派の貴族たちが次々と顔色を青くしていく。
「こ、公爵様…」
「そ、そんなことが…」
当の公爵もまた、彼らと大差ないリアクションであった。
「…ば、ばかな…お前ら…いつの間に…」
――ケーリ視点――
「ケーリさん、遅くなってしまって申し訳ない」
クロース団長はそう言いながら、その手に握る例の資料を私の前へ差し出す。
「よくぞ手に入れてくださいました。ここから先は私の仕事です」
そういう私の顔を、少し不安気に見つめる彼。
「…しかしケーリさん、議会までもう時間がありません。他の貴族との照合は後日に回して、ひとまず今日はこの資料を突き付けるだけにされてはいかがですか…?」
彼の考えは冷静で、この上なく合理的だ。…けれど私は、自分のわがままを通したかった。この議会で公爵を糾弾できなければ、次にいつそんな機会が訪れるか分かったものではない。…もしかしたら、こんな機会は二度と訪れない可能性だってある。…そしてなによりも…
「…君、私は皇室監査部の統括ですよ?何も問題はありません。必ず議会までに資料を完成させて見せます」
――――
「公爵、あなたはご自身が抱える莫大な負債を、内通者を使って自身と敵対する貴族に飛ばし、自分自身は莫大な利益を得たうえ、一方で敵対貴族を完膚なきまでに破滅させた、違いますか?」
「ぐ…」
奥歯をかみしめながらこぶしを握り、体を震わせる公爵。何も言葉を返さない彼の姿を見て、彼の味方の貴族たちはさらに一段と不信感を募らせる。
「お、おいおい…」
「う、嘘だろ…公爵様がそんな事…」
…それでもなお意思が固まらない貴族たちに対し、私は力強く叫んで訴えた。
「みなさん、いい加減に目を覚ましてください!!!」
「「!!??」」
「公爵に一度逆らえば最後、みなさんも彼らのように破滅させられるのですよ!?みなさんはそんな帝國で本当に領主領民が幸せになれると思いますか!?」
互いに顔を見合わせ、現状を正確に認識していく貴族たち。
「そ、それは…」
「た、たしかに…」
一人、また一人と公爵の洗脳から目を覚ましていく。
「お、おいお前たち!!」
そんな彼らの姿が気に食わないのか、大声で叱責する公爵。しかし彼の言葉にもはや力はなかった。
「…なんてひどいことを…」
「…あなたのような人を信じてしまった私が情けない…」
次々と自身に投げられる非難の言葉に、机を盛大に叩いて最後の抵抗とばかりに声を発する公爵。
「おい!!!お前たち私を裏切るのか!!!今までお前たちの面倒を見てやったのは誰だと思ってるんだ!!!」
「…公爵」
「!!」
私の投げた低い言葉に、にらみつける表情で返事をする公爵。…今こそ彼にとどめを刺す時だ。
「…私たち貴族の存在意義とは、領民の皆が豊かに、楽しく、心から幸せに暮らせるよう尽くすことにあります。帝国の未来が明るいものとなるよう皆は力を合わせ、懸命に日々を生きているんです。…しかしあなたはそんな大切な使命を忘れたばかりか、貴族の立場を私利私欲のために使い、さらにあろうことか自分の勝手で気に入らない貴族を一方的に陥れ、その家族を絶望の底に叩き落した。…あなたの身勝手な行いのせいで多くの命が失われ、多くの人が心に癒えぬ傷を負いました」
「…謝罪してください。あなたが陥れた人たちだけでなく、この帝國に生きるすべての人に、心の底から謝罪してください!!!!!」
「…!!!!」
議会中の皆の厳しい視線が公爵へと向けられる。公爵は一歩、また一歩と震えながら後ずさりしたのち、その場に膝をついて崩れた。その後彼が再び言葉を発することはなかった。
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