第69話

「仕方がなかったんだ!!!」


 ジョートさんの大きな叫び声が、一体に響き渡った。その声はどこか悲しそうで、悔しそうな声だった。


「仕方がなかった…言いなりになるしかなかった…」


 …言いなり?ジョートさんは今言いなりになったって言った…?


「言いなりって、一体どういう…」


 私は反射的にそう言葉を発した。ジョートさんは一瞬だけ私と私の後ろのシグナ君の方を見た後、俯きながら再び口を開いた。


「…ある日、ある人物から突然伯爵様に誘いの声がかかった…自分の手伝いをしてくれないかと…」


 シグナ君も含め、全員が彼の言葉に耳を傾ける。


「…だがその手伝いの内容というのは、不正も不正だった…真面目だった伯爵様はその申し出を断った…」


 かすかにふるえるシグナ君を、私は全身で抱きしめる。


「…そしたら奴は、私に接触してきた…このままでは伯爵家は丸ごとつぶされ、伯爵はもちろん、私も仲間の臣下たちもただでは済まないと…」


「…だから私は…私は…!」


 ジョートさんは若干目に涙を浮かべ、震えながらそう話した。…彼自身も、自身の行いに思うところがあるのだろう。

 そんなジョートさんの胸ぐらをレブルさんがつかみ上げ、黒幕を問う質問を突き付ける。


「誰だ!?伯爵に話を持ち掛けてきたって言うその人物は!?」


 ジョートさんは視線を下に落とし、答えない。…けれど彼は不意に私とシグナ君の顔を見た。それによって心境の変化があったのか、彼はゆっくりと、恐ろしそうに口を開いた。


「…公爵だ…」


 私も、レブルさんも、シグナ君も、皆がその言葉に驚愕した。…しかしフォルツァだけは、それが分かっていた様子だった。


「…やはり」


 フォルツァはそう言った後、その根拠について話し始める。


「あなた宛てに送られていた伯爵の遺産の一部、あれは公爵派の貴族を経由して送られていましたね?」


 ジョートさんは観念した様子で、否定はしなかった。…ちょ、ちょっと待ってよ…それって…


「…そ、それじゃああなたは伯爵様を裏切ったの…!?」


 シグナ君とともに、私はジョートさんをにらみつける。その視線にジョートさんはやるせなさそうな表情を浮かべ、叫び声をあげた。


「っ仕方がなかった!!!!!!」


 こぶしを握り締め、少しばかり涙を流しながら、いろいろな感情が入り混じった表情で叫ぶ。


「相手は帝國ナンバー2のあの公爵だぞ!?いったい誰が逆らえるというんだ!!」


 うなだれ、絶望の様子で言葉をしぼりだす。


「…あの勇敢な伯爵様でさえ、あんな事に…ううう…」


 ジョートさんのその悲痛な様子の前に、皆黙り込む。そして同時に、公爵への怒りの炎が沸々と燃え上がるのを感じた。

 ジョートさんが話を終えたところで、私は次の質問を彼に投げかけた。…シグナ君とマナさんにとって、絶対に知っておかなければならない事について。


「…ジョートさん。伯爵様の死の真相を、教えてください…」


 ジョートさんはうつむいたまま、静かな声で私の質問に答え始める。


「…公爵はただでさえ金遣いが荒い上に、不正に関わる仲間の貴族たちへ賄賂を毎日のように送っていた…だから公爵は常にお金が不足していた…」


 …そう、それはケーリさんとナナが不審に思っていたところ…


「…そこで公爵が考えたのが、負債飛ばしだ…」


「ふ、負債飛ばし…?」


 彼の口から飛び出した聞いたことのない言葉に、思わず言葉を繰り返す。


「簡単な事だ…内通者を使って、自身の負債を自分と敵対する貴族に付け替えるだけのこと…」


「…例えば、公爵がどこからか借金をして負債を抱えたとする。けれどその負債を内通者を使って敵対貴族の名前に書き換える。すると自分は負債が帳消しになる上に、敵貴族はいつの間にか多額の負債を抱えているってトリックだ…」


 …公爵が湧き出るようにお金を持っている裏には、そんな非道なトリックがあったなんて…

 それを聞いたフォルツァは一歩ジョートさんに歩み寄り、言葉を放つ。


「…伯爵はあなたと公爵に仕立て上げられたあの完璧な財政資料を見せられて、絶望したというわけですか…?」


 ジョートさんは首を縦に振ってその質問に答えた後、説明を続ける。


「…公爵は伯爵様に、何も言わずに死ねば家族の面倒は一生見てやると約束したんだ…それで…伯爵様は…」


 そ、そんなひどいことが許されていいはずがない…!!!あの公爵、裏でそんな事をしていたなんて…

 彼が行った答え合わせを聞いて、私たちは全員言葉を失っていた。その沈黙はしばらくの間続き、最初にそれを破ったのはレブルさんだった。


「…それで、お前ここに何しに来たんだ?まさか今更謝りに来たわけじゃないよな?」


「…!」


 …否定しないあたり、図星なのだろう。やはり彼は皆に罪の意識を感じていて、その感情のままにここまで来たんだ。

 うつむき沈んだ表情を浮かべるジョートさんに、レブルさんが強い声をかける。


「そんな情けない表情をしてる時間はない!!戦いはまだ終わってないんだぞ!!!」


 その声に私も気持ちを高ぶられ、続けて声を上げる。


「その通りです!!本当にあなたが罪の意識を感じているのなら、あなたにはまだやらなければならないことがあります!!」


 ジョートさんだけではない。私たちもまた、今度という今度は公爵に相応の報いを受けさせなければいけない。

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