第66話
――フォルツァ視点――
一人での公務を無事に終えた後、皇室にある一室にてイスに腰かけながら僕はふと考えを巡らせる。ここを訪れるのはあの会議の時以来だろうか。相変わらずここには独特の雰囲気とムードがある。
「お待たせしました。こちらがジクサー伯爵様の財政資料になります」
そんなことを考えている間に、頼んでいた資料を速やかに用意してくれるケーリ。さすがに仕事が早い。僕は彼に感謝の言葉を告げた後、目の前に置かれた資料に手をかけて内容に目を通していく。
ケーリはそんな僕の姿に疑問を投げるわけでもなく、むしろ自身も僕と同じことを考えている様子だった。
「…ケーリさん、これ…」
僕は資料の一点を指さし、ケーリさんに示す。そこには生前の伯爵の様子や態度からは考えられないほど巨額な負債が記されていた。
「…僕が知る限り伯爵は非常に堅い人物で、借金などとは無縁の人です。そんな人物がこんな財政資料を提出してくるなんて、なにか怪しいとは思いませんか?」
ケーリさんも僕の言葉にうなずいて、その考えに同意してくれる。
「私も監査の段階で、かなり不審だとは感じておりました。しかしそれ自体になにか虚偽の点やその他怪しい点も見受けられませんでしたので、一旦は承認することといたしました」
「…」
確かにケーリさんの言う通り、これ自体に不審な点は全く見られない。貴族が借金をしたり負債を抱えたりすることなどよくある話であり、この資料だけでなにか裏があるに違いないと考えるのは早計だろう…
しかしケーリさんはもう一言、自身の考えを追加で述べた。
「…ですが、この負債の所在が明らかに不自然であることに違いはありません。フォルツァ様のお考えの通り、生前の伯爵様の様子と照らしても非常に怪しいと言わざるを得ません」
…どうやら僕たちは同じ疑念を持っているようだ。この謎を解き明かした向こうには、帝國を真にむしばむ人間の存在が明らかになる…かもしれない。
いずれにしても、何らかの理由で伯爵が多額の負債を抱えていたことが分かっただけでも収穫だった。僕はもうひとつケーリさんに聞きたかったことを続けて確認する。
「…前にケーリさんが言っていた、怪しい公爵のお金の流れのほうについてはどうですか?」
僕の質問に首を横に振ってこたえるケーリさん。
「残念ながら進展なしです。公爵様には本当に疑いの点がないのか、あるいは周到に秘密を隠されているのか…」
「…」
半ば分かってはいたものの、その報告に若干落胆する。…やはりあの公爵がそう簡単に尻尾を出すはずはないか…
しかしケーリさんはもう一言付け加えた。
「進展はありませんが、進展につながりうる事ならあります」
「?」
その言葉の後、ケーリさんは僕が思ってもいなかったことを話し始める。
「…ナナ様からの報告によれば、公爵様は帝國のどこかに秘密書庫を有しているそうなのです。そこにたどり着ければ、何かの証拠が出てくるかもしれないと」
「…秘密…書庫…」
突然出てきた秘密書庫という言葉に、僕は妙な胸の高鳴りを感じた。ケーリさんは続けて説明する。
「ナナ様が探って下さってはいるようなのですが、さすがに公爵様もそう簡単には教えてくれないようで…」
いくら近しい人間と言っても、そう簡単には教えてはくれないだろう…しかし…
「…しかし、希望が見えてきましたね。もしそれが本当なら、公爵の行いに関してはっきりと白黒つけることができるでしょう」
若干の笑みを浮かべながら僕はそう言った。ケーリもうなずいて返事をしてくれる。彼女が頑張ってくれているというのに、僕たちが何もしないわけにはいかない。僕たちは僕たちで、できることをやらなければ。
そう考えていたその時、ケーリさんはさらにもう一つ気になる情報を話してくれた。
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