第65話

――マナ視点――


 シンシアさんが上品に一礼し、部屋を去っていった。私はその余韻に少し浸りながら、再び心地のよいベッドに横になる。

 天井を見つめながら、ついさっきシンシアさんが話してくれた事を思い出す。…まさか彼女があれほどの壮絶な過去を送っていたなんて思いもしなかった…今だに信じられないほどに。

 けれどシンシアさんは、そんな過去を全く感じさせないほどに幸せそうだった。彼女自身の強さはもちろん、フォルツァ伯爵をはじめ周りの人たちが彼女をそうさせているのだろう。本当にあたたかい貴族家なのだなと感じさせられる。

 そんな彼らの姿を見て私もまた、在りし日の過去の自分の姿を思い出していた。


――――


「マナこれ見て!パズル!買ってきた!」


 帰宅早々、ジクサーが少年のような笑みを浮かべながら私にそう言葉を発する。彼の手に握られているのは、そこそこ大きいサイズのパズル。…もう、普段は堅いくせにこういう時はまるで子どものよう…けれど私には、それがたまらなく愛おしく感じられる。


「まあまあ、それは楽しみですね」


 彼に笑っているのがばれないように、口元を手で隠しながらそう告げる。ジクサーは手短に着替えを済ませて机の上にパズルのピースを広げ、組み立ての準備を始める。


「よしっ」


 誰に言うわけでもなく、そう気合を入れる彼。もうずっと横から見ていたい…けれど私も着替えがあるため、いったん彼の前から姿を消す。

 …着替えを済ませて再び彼の前へと戻った時、そこにはうーんと頭を抱えるジクサーとシグナの姿が。どうやらもう詰まってしまったらしい。そのほほえましい姿に私がくすくすと笑っていると、それに気づいたシグナが私に言葉を発する。


「お母さんーー進まないよぅーー」


「う、うーん…」


 私は表情をそのままに、二人の隣へと腰掛ける。適当に手元にあったピースを手に取り、適当な位置にはめてみる。


「これかしら?」


「全然違うよぉーーもぉーー」


「あらあら」


 こんな時間がいつまでも続いてくれると、その時の私は信じて疑わなかった。けれどそんな幸せな日々は、ある日突然終わりを迎えるのだった。


――――


 私はその日もいつものように彼の帰宅を待っていた。シグナはもう寝てしまい、起きているのは数人の使用人と私だけ。彼はあまり帰宅が遅くなることはないから、何かあったのかなと私は少し不安になっていた。しかしすぐに彼は帰宅してくれた。…けれど…

 

「うう…マナ…ごめん…本当に…ごめん…」


 帰る早々、私がこれまでに見たことのない、悔しさと悲しさがいりまじったような表情でそう言葉をしぼりだすジクサー。


「お、落ち着いて!何があったの!?」


「うう…ぐっ…」


 私の言葉に嗚咽で答えるジクサー。…こんな状態の彼はいまだかつて見たことがないから、私はどうしていいのか分からなかった…

 しばらくそのやり取りが続いたのち、彼はふらふらと自室へ向かって消えていった。


 彼が亡くなったのは、それからすぐのことだった。


――――


 あの幸せだった日々を思い返すと、今でも死んでしまいそうなほどつらくなる。実際、死のうと思った事だって一度や二度ではない。…けれど、いつまでも悲しんではいられない。シンシアさんの話を聞いてそう思った。

 私はシグナのためにも、この悲しみを乗り越えないといけない。シンシアさんのように強く、強く。

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