第61話

「お母さん、伯爵様が来たよ!」


 入ってすぐに、横になっている彼のお母さんの姿が目に入った。聞いていた通り、体はかなり弱ってしまっているらしい。


「…」


 彼のお母さんは完全に眠ってしまっているようで、彼の言葉に返事をしない。


「大丈夫だよシグナ君、ちょっと失礼するね」


 彼にそう言葉をかけると、彼のお母さんの腕や首の周辺をチェックしていくフォルツァ。


「…ねえシグナ君、お母さんは食事はとれてる?」


 フォルツァの質問に、頭を横に振ってこたえるシグナ君。


「僕が用意しても、あんまり食べられないみたいなんだ…食欲もないって言ってて…」


 フォルツァは一瞬考える素振りを見せた後、再び質問を投げた。


「それじゃあ、食べたものを吐いたりする事はある?」


「うーん…それはないかな…」


「なるほど…」


 どうやらお母さんの状態を理解したらしいフォルツァ。


「フォルツァ、お母さんの状態は…?」


「栄養素の欠乏がかなり進んでしまってるけど、食事さえ十分にとれれば…」


 その言葉を聞いた私は、シグナ君たちが普段どんな食事をとっているのか気になり、今ある食材を見せてもらおうと考えた。


「ねぇシグナ君、食材はどこに置いてあるの?」


「あっちだよ」


 シグナ君が指さした先に目をやり、衝撃を受ける。…かつての私が見ていた光景と同じものがそこにはあったからだ。


「…!?」


 こ、これは…

 そこには、人があまり食べない食材や部位ばかりが集められていた…きっと彼は誰かの余りものや、安売りされた通常食せない部位の食材を買い集めて、なんとか食いつないできたんだろう…かつての私も、めぼしい食材はマリアーナやナナに持って行っていかれてしまっていたから、その光景には見覚えがあった。そしてこれらを食材にして料理をすることの難しさも、私はよく知っていた。


「シグナ君、ちょっとお料理を作りたいんだけど、手伝ってもらえるかな?」


「い、いいけど、これで何ができるって…」


「まかせて!!」


 私はいつになく、やる気に満ち溢れていた。あの日あの時の苦い経験を、今こそ活かす時だ。

 二人で簡素な台所に向き合い、さっそく調理を始める。


「実はこの野菜はね、この調味料を付けると消化が良くなるの」


 私は自身の経験と照らして、知りうることを一つずつ彼に教えていった。


「この食材、これだけじゃかたくて食べられないけど、水分を含ませてこうすると…」


「す、すごい!やわらかくなってる!」


 驚きとうれしさがまじったような、そんな表情を見せてくれるシグナ君。


「この根っこの部分は苦くて食べられたものじゃないけど、これ実は日に当てるだけで苦みがとれちゃうの」


「そ、そうなんだ…」


 いろいろな説明をしていく中で、私は一つの事に気づいた。


「それにしても、シグナ君は手際がすごく良いね…私なんかよりもお料理の才能があるんじゃ…?」


 そう、子どもながらものすごく要領が良いのだった。彼は本当に将来、大物料理人になれるんじゃ…


「もう、そんなことないよお姉ちゃん」

 

 そんな私の言葉を、謙虚に受け流すシグナ君。…そういう態度も含めて、この子は本当に将来すごいことになる気が…

 などと会話をしながら調理を続け、簡素ながら食事が完成した。私が一口毒見をしたのち、シグナ君に味見をしてもらった。


「…どうかな?」


 彼の顔をのぞき込み、反応をうかがう。


「おいしい!!おいしいよお姉ちゃん!!!これすごい!!!」


「それは良かった♪」


 心の底からうれしそうな表情を浮かべる彼を見ていると、私もすごくうれしくなる。


「これなら食欲がないときでも、無理なく食べられそうだ…さっすがシンシア!!」


 シグナ君に続いて味見をしたフォルツァも、うれしい言葉をかけてくれた。


「な、なんだか恥ずかしいな…」


 私が妙な気恥しさを感じていた時、それまで眠っていた彼のお母さんが目を覚ました。

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