第60話

「僕はフォルツァ、これでも貴族なんだ。こっちは僕の婚約者のシンシアだよ」


「よろしくね、シグナ君」


「よ、よろしく…」


 …なんだか忘れかけてしまっていたけど、フォルツァの肩書は辺境の伯爵だったっけ。さすがにこの子に自身が皇太子だとはまだ言えないか。


「それじゃあ、行きましょう!」


 簡単な自己紹介を互いに終えた後、私たち3人は足を進める。しばらく進んだ所で、私はシグナ君に聞こえない程度の声でフォルツァに言葉を発する。


「ねえフォルツァ、どうしてシグナ君がジクサー伯爵の子どもだって分かったの??」


 ああそれはね、とフォルツァは私と同じく小声でこたえ始める。


「彼の右手を見てみて」


 私はそう言われて、シグナ君の右手に注目する。そこには特徴的な細い腕輪がつけられていた。


「あ、あれは…」


「あの腕輪、伯爵も同じものを生前つけていたんだ。だから、もしかしたらって思って」


「す、すごい…よく覚えていたね…」


 確かに特徴的な腕輪だ。…だとしたらあれは、もしかしたら伯爵の形見なのかな…?


「…伯爵は、本当に印象深い人だったしね」


 フォルツァとそんなやり取りをしているうちに、どうやら目的地に到着したようだった。ある地点を指さしながら、シグナ君がその旨を言葉で発する。


「ここだよ。ここでお母さんと暮らしてるんだ」


 彼が指さしたその先には、小屋にしか見えない建物が一軒…


「こ、これが…伯爵家…?」


 それが私の正直な感想だった。ここに来るまでにたくさん見てきた、いわゆる一般の平民の人たちの家よりも数段簡素なものだった。…それはとても、貴族の家には見えなかった。


「…なるほど、それで彼は伯爵は殺されたんじゃないかって思ったんだ…」


 腕を組みながら、何かに納得した様子を見せるフォルツァ。


「ど、どういう事?」


「伯爵が本当に病死したのなら、きっと相当な遺産が二人に残されるはず。だけどこれを見る限り、たぶん遺産は無かったんだろう。…いや、むしろ取られたと考えるほうが自然じゃないかな…」


 そ、それってまさか…


「…つ、つまり伯爵は誰かに殺されて、彼の持つ資産は全てその人物に取られちゃったってこと…?」


「…今の段階じゃ、何とも言えないけど…」


 フォルツァが示す恐ろしい可能性に、私は少し体が震える。もしそれが本当だったら、いったい誰がこんなひどいことを…

 私たちが外でそんな会話をしていてしばらくたった時、先に中に入っていたシグナ君私たちを中へと手招きする。私たちは彼に手招きされながら、中へと足を踏み入れた。

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