第59話
「!!」
後ろから気配もなく近寄ってきていた小さな男の子が、一瞬の間に私たちのカバンを奪い走り去る。…いや正確には、走り去ろうとした。
「っ!!」
しかしフォルツァはその気配を事前に感じていたのか、男の子がカバンを手にしたのと同時にその手をつかんで、強奪を阻止したのだった。
フォルツァは男の子がケガをしない程度に体を固定し、彼に口を開く。
「…君、どうしてこんなことを?」
「…」
男の子は答えず、ただただ俯くだけだった。
「ね、ねえフォルツァ、この子…」
私の言葉にフォルツァはうなずいて返事をした。私がこの子を見て思ったことを、フォルツァもまた思ったのだろう。…この男の子、見るからにものすごく痩せている…それに身にまとっている衣装もぼろぼろで、足に至ってはなにも履いていなかった。ここに来る前に何人かの子供たちとすれ違ったけど、誰一人としてここまでひどい状態の子どもはいなかった。
私が男の子に話しかけようとした時、フォルツァがあることに気づいたようだった。
「…君もしかして、ジクサー伯爵の…?」
「…!?」
フォルツァの発したジクサー伯爵という言葉に、分かりやすく反応する男の子。
私もその名前は耳にしたことがある。確かケーリさんにも負けないくらい堅い性格の貴族の人で、皇帝陛下からの信頼も厚かったけど、最近突然病死してしまったって…
…でもフォルツァは、どうして彼がそうだと気付いたんだろう…?
「…そうか、突然ジクサー伯爵がご病気で亡くなってしまって、それで君は」「違う!!!!」
男の子は突然、フォルツァの言葉を叫んでさえぎった。
「違う…お父さんは…殺されたんだ…!!!」
「「…!?」」
彼の口から放たれたとても穏やかではない言葉に、私もフォルツァも驚愕してしまう。
「…良かったら、私たちに詳しく話してはくれない?私たち必ず君の力になれると思うの!」
気づいた時には、私は自然にそう言葉を発していた。男の子は少し考えるそぶりを見せた後、私たちに話を始めた。
男の子の名前はシグナ君と言って、フォルツァが見抜いた通りジクサー伯爵の子どもだった。お父さんとお母さんとシグナ君の三人で幸せに暮らしていたある日、突然伯爵の死の知らせが届けられたという。彼のお母さんはそれに大きなショックを受け、精神的にかなり削られてしまい、今はほぼ寝たきりの状態だという。
しかも伯爵の死と同時に、見知らぬ男たちが突然伯爵家に押し寄せ、そこにあった金品などのことごとくを奪って行ってしまったというのだ。
それで君はこんなことを?…と彼に聞こうとしたけど、聞く必要もないと感じた。彼の表情を見れば全てわかる。彼がこんなことをする理由は間違いなく、お母さんのためなのだろう。…子どもを雇ってくれる働き口なんて帝國にはどこにもないだろうし、こうするしかなかったのだろう事が容易に想像できる…
「…ありがとうシグナ君、私たちに話してくれて」
話すのは辛かっただろうに、シグナ君はすべてを私たちに話してくれた。私は自身の右手をそっと彼の頭の上に置き、私ができうる最大限の優しさで頭をなでた。…彼は私の言葉にうなずきながら、両瞳に涙を浮かべていた。
私は一瞬フォルツァの顔を見て、目で合図を送る。彼が少し笑いながらうなずいて私に返事をしてくれたのを確認して、私は再びシグナ君に言葉をかける。
「シグナ君、君の家まで案内してはくれない?今の私たちでも、何か二人の力になれると思うの!」
彼は力強くうなずき、私たちの思いに答えてくれた。私とフォルツァは彼の案内の元、目的地を目指して足を進め始めた。
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