第56話

 信じられない結果となった調査会にすっかり脱力してしまった公爵とマリアーナは、取り巻きの人たちによって抱えられながら部屋を後にしていった。調査団の人たちも次々と引き上げていき、クロースさんを残すだけとなった。

 クロースさんはやや笑みを浮かべながら、私に言葉をかける。

 

「…あの連結資産表、フォルツァ様とシンシア様が依頼されたというのは嘘で、ケーリさんが独断でお作りになったものでは?」


 投げられたその質問に私はドキッとしてしまって、言葉がたじたじになってしまう。


「さ、さささあ?ななんのことでしょう??」


「くすくす、大丈夫ですよ。先ほどもお伝えした通り、通知書に詳細な記載はありません。誰が作らなければならないなんて記載もね」


「は、ははは…」


 口角が上がらず、どうにも上手く笑えない。…私もすっかりクタクタになってしまっているようだった。そしてそれは私だけでなく、ここにいる皆が同じ様子だった。クロースさんはそんな私たちの姿を少し笑顔で見つめながら、フォルツァに正式な調査終了の旨を伝えた後、部屋を後にしていった。

 …途端、全員がイスににぐったりと倒れこむ。


「はあぁぁぁ…全く心臓に悪いぜ…寿命が縮んじまう…」


「ほんとに…私もうやめようかなぁ…」


 そうこぼすレブルさんとミルさん。二人はぼそぼそと愚痴をこぼしているものの、その表情は心底嬉しそうだった。


「で、でもケーリさん、一体どうして…?」


 ぐったりした体で、フォルツァがケーリさんにそう疑問を投げる。私もそれが聞きたくて仕方がなかった。


「はい。順に説明させていただきましょう」


 今回のからくりについて、ケーリさんが一から説明を始める。


「皆さんはお気づきだったかと思いますが、公爵様に財政資料を渡したのは他でもない、私です」


 そう、やっぱりそうだった。私もフォルツァも、そこには早い段階で気づいていた。


「前にお二人にご指摘した箇所と合わせて、公爵様にお伝えしました。そうすれば間違いなく公爵様は、前に私が指摘した箇所と同じ点を突くのではないかと思いましたので」


 そこも想像通りだった。前にケーリさんがリハーサルをしてくれていたおかげで、現に私たちは公爵の追及を上手くかわすことができた。問題はそこから先…


「私はこれで公爵様を跳ね返せると踏んでいたのですが、公爵様は奥の手を用意されていたようで…」


 そう、それがまさに連結資産表。


「私はその存在を、マリアチ皇室長を介してナナ様からお聞きしました。つい昨日の事ですが」


 ケーリさんの口から、想像だにしていなかった人物の名が告げられた。…ナナが、そうだったんだ…


「ちょ、ちょっとまって!」


 フォルツァが言葉を発し、ケーリさんに疑問を投げる。


「彼女が公爵の奥の手を教えてくれたとしても、それが昨日じゃ資料の作成はとても間に合わないんじゃ…?」


 い、言われてみればそうだ。確かレブルさんの話だと、私たち全員で取り掛かっても一週間はかかるって…


「申し訳ありません。全力で取り掛かったのですが、それでもここまでギリギリになってしまいました」


 …あ、あれ?…なんだか話がずれているような…?私は恐る恐る、ケーリさんに疑問を投げる。


「…ケーリさん、これだけの資料を一日で作るのは無理なんじゃ…?」


 私のその言葉に、ケーリさんは胸を張って答えた。


「私はすべての貴族の財政を監査する皇室監査部の統括ですよ?甘く見られては困ります」


 …前の監査の時、フォルツァがびくびくしていたのが分かるような気がした…この人は恐ろしい人かもしれない…


「ともかく、本当に助かったよ…ありがとうケーリさん」


 相変わらずぐったりしながらそう口にするフォルツァに、ケーリさんが言葉を返す。


「礼などいいのです。私は好きなようにやらせていただいただけですから」


 堅物だと言われていたケーリさんが、笑みを浮かべながらそう言った。皆その表情に一段と安心感を感じ、ほっと一息つく。

 しかしケーリさんはそのまま、私たちに次なることを告げた。


「お疲れのところ恐れ入りますが、実はもう一つ、ナナ様から気になる情報をお預かりしております」

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