第55話

「失礼します」


 突然部屋の扉が開かれ、一人の人物がここに姿を現す。…聞き覚えのあるその声に、私は反射的にその人物のほうへと視線を向ける。…まさにその人物こそ、ついさっき私が感謝を告げた人物。かつて財政に関して、私とフォルツァを締め上げてくれた人物。皇室監査部の長で、堅物で数字にうるさくて、だけどこんな時は心の底から頼りになる人物。


「「ケーリ!!」さん!!」


 突然現れたその姿に、私はもちろんフォルツァやレブルさんまでもが声をそろえて叫んだ。ケーリさんは入室後一切表情を変えずに、そのままクロースさんのもとへと足を進めた。そして私たち同様に驚愕しているクロースさんに対し、カバンから分厚い資料を取り出す。


「こちら、フォルツァ様とシンシア様から作成の依頼を受けておりました、連結資産表になります」


 私はとっさにフォルツァと顔を見合わせる。私たちのどちらも、そんな依頼をした覚えがないからだ。


「っ!!そ、そんなばかな!!」


 公爵は慌ててクロースさんとケーリさんのもとまで駆け寄り、資料を奪って机の上で広げる。1ページ1ページをすみからすみまで念入りにチェックしているようだけど、数ページを確認した段階で諦めたのだろう、力なく床に座り込む。

 公爵は目の前で何が起こっているのか理解できていないようだけれど、それは私たちも同じだった。一体何がどうなっているのか…?ケーリさんがどうしてここに…それにどうやってこの連結資産表を…?

 しかし動揺が止まらない私たちとは対照的に、クロースさんはこの状況でも冷静だった。彼は公爵が机の上に広げた資料を改めて手に取り、重要箇所を適切に確認していく。…しばらくの間その時間が続いたのち、彼はケーリさんに言葉を発した。


「…さすが、と言ったところでしょうか。非の打ち所のない、実に見事に仕上げられた資料ですね」


「恐れ入ります」


 二人はやや笑みを浮かべあいながら、そうやりとりをした。そしてすっかり黙り込んでしまった皆に対し、クロースさんが統括として言葉を発する。


「さて、以上で準備資料の確認はすべて終わりました。提出された資料内に告発文の根拠となるものは全く確認されず、また資料そのものにも欠陥や虚偽の記載は一切確認できませんでした」


 クロースさんのはきはきとした言葉が室内に響き渡る。その声をさえぎる者はもはや誰もいなかった。


「告発文書は誤りであったことをここに認め、以上調査内容を調査報告書として皇室に提出することと致します」


 クロースさんはすっかり脱力してしまった公爵のほうに顔を向け、彼に言葉をかける。


「調査会はこれにて終了とし、調査団は調査報告書の提出をもって解散することと致しますが、公爵、よろしいですね?」


 もはや公爵にもマリアーナにも、反論の余地などなかった。

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