第54話

 そのあまりにも理不尽な記載方法に、私は反射的に公爵に言葉を投げる。


「ゲルチア公爵!!こんなの気づけるわけありません!!無茶苦茶です!!」


 しかし公爵は私の言葉を聞きいれるどころか、むしろ私を煽り返してくる。


「まったく、シンシア様は演技がお上手ですなあ。本当はとっくにお気づきなのでしょう?けれども罪が発覚するのが嫌でそんな言い訳を」


「違います!絶対にこの通知書に問題がります!!」


 100人いれば、100人が私に同調してくれるはずだ。それほどに悪意に満ちた通知書だった。


「やれやれ。自分たちの責任を通知書のせいにされては困りますなぁ」


 当然ではあるけど、いくら抗議したところで公爵は話を聞きいれてはくれない。私は訴える相手を公爵から調査団統括のクロースさんへと変更する。


「クロースさん!!こんなの認められるんですか!?」


 クロースさんは表情を変えず、冷静に返事をする。


「…準備資料の記載方法に、細かな基準はございません。基準はただ一つ、書かれているか、書かれていないかだけです」


 クロースさんは私たちの気持ちを汲んでくれる表情を浮かべてはくれたものの、ルール上公爵に非は無いとの立場だ。


「ぐふふふ」


 クロースさんの言葉のおかげでさらに余裕ができたのか、信じられないほど満面の笑みを浮かべる公爵。そんな公爵を前にただただ焦りを募らせる私たちに、クロースさんが冷静に、かつ冷酷な言葉を発する。


「…ご提出いただけないのなら、この件をそのまま報告書に記載させていただきますが、構いませんか?」


 な、なにか打つ手は…!?私はとっさに頭に浮かんだことをそのまま口にする。


「わ、分かりました!!用意するのでお時間を!お時間をいただけませんか!?」


 通知書に非がないと言われてしまっては、もうこれしかない…できるかは分からないけど、それでもやるしか…


「時間稼ぎのつもりですか?付き合う必要はないぞクロース」


 公爵と私に挟まれる形となったクロースさん。…彼が口を開くまで、一瞬とも一時間とも思える思い沈黙が部屋を包む。


「…調査会は本日の日付ですので、本日中までであれば問題はないかと」


 クロースさんのその言葉に、私は少しだけ希望を見出す。そのままフォルツァたちのほうに振り向き、皆に声をかける。


「フォ、フォルツァ!急いで仕上げよう!!」


「…」


 しかしフォルツァを含む皆は、完全にうつむいて黙り込んでしまっている。…せっかくクロースさんが時間をくれたのに、一体どうして…


「レ、レブルさんも!みんなで作ればきっと」「無理だ…」


 私の言葉を、レブルさんがうつむいたまま遮った。その表情はこれまで見たこともないほど悔しそうで、無念そうだった。


「無理なんだよ…連結資産表は全員で取り掛かったって一週間はかかるほどの資料だ…とても間に合わない…」


「そ、そんな…」


 …私はゆっくりと、公爵のほうへと顔を戻す。そこには完全に勝ち誇った表情を浮かべる公爵と、全く同じ表情で隣に座るマリアーナの姿があった。

 …そうか、二人ははじめからこれが狙い…私たちの気を準備資料に散らしておいて、本命はこの準備資料外からの攻撃…


「…シンシア様、いかがされますか?」


 クロースさんの言葉に、私は返事をすることができない。私の頭の中は、これから先に起こるであろう事でいっぱいになっていた…

 資料を準備できなかったこの一件だけで反逆罪に問われるなんて、普通ならあり得ない。けれどこの一件を皮切りに、私に不審なイメージを植え付けることはできる…その上公爵は皇室にも貴族にも顔が利く。ありもしない証拠をでっちあげて私を有罪にすることなんて、彼なら簡単なことだろう…そして私の犯罪を暴いた彼は帝國のヒーローになり、次期皇帝の座を確かなものとする…まさに完璧なシナリオ…

 私は脱力し、倒れるように椅子に座り込む。その姿を嬉しそうに見た公爵が、ゆっくりと全身を嘗め回すように見ながら私に告げた。


「シンシア様、ご心配なく。失脚された後も、私が優しく可愛がって差し上げますからな」


「…っ!」


 想像するだけで震えが止まらない。そんなことになるならいっそ死んだほうが…


「シンシアっ!」


 隣に座っていたフォルツァが、突然私の手を強く握る。


「どんなことがあっても、必ず君だけは守ってみせる…!絶対に…!!」


「フォルツァ…」


 私をかばったりしたら、あなただってどうなってしまうか分からないよ…


「ぐふふふふ。それでは私はこれで」


 完全勝利、といった表情を浮かべながら席を立ち、扉へと向かう公爵。その後にマリアーナも続く。誰もが公爵側の勝利を確信した、その時だった。


「失礼いたします」


 不意に扉が開かれ、ここに第三の人物が現れた。

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