第52話

「さて、まずはこの一次支出についてですが、大いに記載に不備がありますねぇ。管理者欄にはシンシア様のサインがございますが、この差額は一体どこへ行ったんですか?」


「…」


「あらあらシンシア、黙っていては分かりませんわ。何とか言ってみなさいな」


「マリアーナ、無理を言ってはいかんよ。言えるわけがないんだから」


「あらまあ、これはごめんなさいね、シンシア」


「…」


「それでは、こっちの臨時支出の方はどうですか?こちらも大いに値違いがあるようですが」


「…」


「くすくす、これはもう決まりじゃありませんの。ねえ、クロースさん?」


「え?ええ…確かにこれは…」


「…やれやれ、何か言ってもらわないと話にもなりませんな」


「公爵様、これ以上詰めてはかわいそうですわ。シンシアは私の大切な娘ですもの。彼女も反省しているのだと思いますわ」


「さすが、マリアーナはなんと優しいことか。…それに引き換えまったく…フォルツァ様には申し訳ありませんが、こんな女性を選ばれるようでは先が思いやられますなぁ。いやそもそも、次期皇帝にふさわしい者はあなたではないのではないでしょうか?」


「公爵様、私も同じことを考えておりましたわ!私たちの帝国の未来を創る者として、フォルツァ様は果たして真にふさわしいのかと」


「マリアーナよ、次期皇帝にふさわしい男は誰だと思う?」


「もちろん、公爵様に決まっておりますわ♡」


「そうであろうそうであろう、それしかあるまい!」


「もう決まりだ!じゃあクロース、調査報告書は今日中に書いて皇室に提出しておいてくれよ」


「…フォルツァ様、シンシア様、よろしいですか?」


「…くすくす」


 あまりにできすぎた話に、私は思わず笑ってしまう。隣に座るフォルツァに視線を移すと、彼もまた私と全く同じ表情を浮かべていた。私たちは財政資料を握りしめながら、心の中である人物に感服していた。


「…なんだ?何がおかしい?」


 私たちの姿が不気味だったのか、途端に顔から笑みが消える公爵。


「公爵様、シンシアの無礼をお許しください。きっと私たちに追い詰められて、おかしくなってしまったんですわ」


 一方のマリアーナは相変わらずだ。その何にも動じない精神は、もはや尊敬に値するかも。


「…ゲルチア公爵、もういいかな?」


「も、もういいとは…?」


 不敵な笑みを浮かべながらそう疑問を投げるフォルツァの姿に、一歩気持ちが引き下がっている様子の公爵。


「言いたいことは、もう全部言いましたか?それ以上言っておきたいことはありませんか?」


「な、なにを…言って…」


 現状は公爵側の圧倒的有利だというのに、フォルツァに押されている公爵。


「クロースさん!もう調査会は終わりですわ!あんな負け惜しみを聞き届けていては、時間の無駄でしてよ!」


 …フォルツァの次期皇帝の立場が危うくなった途端に、この態度だ。どこまで現金な女なのだろう…


「…フォルツァ様、ご説明を」


「!?」


 しかしクロースさんはマリアーナの言葉を聞かず、フォルツァに説明を求めた。


「…それでは、説明させていただきます」

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