第44話

--ナナ視点--


 …公爵様とお母様が、終わりのない口論を繰り広げている。それを止めるすべを持たない私は、ただ隣で事の成り行きを見守ることしかできなかった。

 …それを見ながら私は、つい先日のマリアチ皇室長との会話を思い出す。


--数日前-‐


 会議の事前説明のため、皇室長室を訪れた私。机を挟んだ向かい側に、皇室長が腰掛ける。


「本日ははるばるお越しいただき、誠に恐れ入ります」


 非情に丁寧な口調で、私に挨拶をする皇室長。


「お母様から話は聞いております。…私がフォルツァ様の、妃となるのだと…」


 私はお母様の決めることには逆らえない。ゆえに今回も、お母様に言われたとおりに行動する。ただそれだけのこと…

 そんな私に突然、皇室長が疑問を投げる。

 

「…それについてなのですが、あなた自身は、どのようにお考えなのですか?」


「…私、自身…?」


 予想だにしていなかった皇室長からの質問に、硬直してしまう。…しばらく何も答えないそんな私の姿を見て、皇室長はさらに続ける。


「…これは私の推測ですが、あなたは今回の話に、あまり前向きではないのではありませんか?…お母様がお決めにられれた事だから、仕方なく従っている…という事ではありませんか?」


 …そんなことはありませんと、否定しなければいけない…私は私の意思で、ここにいるのだと、はっきりと明言しなければいけない…

 けれど、皇室長のその優しい問いかけの言葉の前に、私は素直に首を縦に振ってしまう。私の反応を見て推測が確信に変わったであろう皇室長は、さらに疑問を投げ続ける。


「…これまでも、そうだったのではありませんか?…お母様の決定に、あなたは逆らえなかった。…それこそ、お屋敷でシンシア様を攻撃していた時から…」


「…」


 …あの屋敷でのある一日の出来事が、脳裏に鮮明によみがえる。


--数年前--


 お姉様のお洋服をボロボロに引き裂くお母様の姿を見て、私は思わず抗議の声を上げる。


「お、お母様!?いったい何をなさっているんですの!?」


 制止を訴える私の言葉に、お母様は逆上する。


「なに!?あなたもあいつの味方なの!?実の母である私を裏切るって言うの!?」


「わ、私はそんなつもりじゃ…」


「私の味方なら、あなたもあいつを攻撃なさい!決して死なない程度に、ともに苦しめるのよ!」


「で、でもそんなこと私には…」


「…できないのなら…そうねぇ、知り合いの娼館ででも働いてもらおうかしら?」


「!?」


「あそこはおぞましい男たちばかりが訪れるところだから、きっといい経験になるわよぉ?」


「そ、そんな…」


「…それが嫌ならやりなさい!!っさあ早く!!」


----


「なるほど、やはり…」


 私の過去の話を聞いて、皇室長は深いため息をつく。…その後皇室長は、真剣な表情で私にあることを告げた。


----


 …公爵様とお母様が、別室へと移っていく。部屋には私一人が残され、皇室長に告げられた言葉を思い出しながら、私はボソッとつぶやく。


「…無理ですよ、皇室長…私には…」

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