第25話
その後の男爵の行動は本当に早かった。彼は宣言通り、本日中に中央から注射薬を入手して、無事ここまで運んできたのだった。
「なんとか、間に合いましたかな?」
屋敷の前でそう言う男爵の表情は、やや疲れ気味だった。やはり、かなり無理をしたのだろう。
「お疲れの事と存じますが、時がございません。急ぎこちらへ!」
私は親子の待つ屋敷の中へ、彼を案内する。
「皆、無事だったか!!よくやってくれた!!」
親子の介抱をしていたフォルツァが、笑顔で私たちを迎えてくれる。私とレブルさんに順に目をやり、最後に男爵の方に目をやる。
「あなたがここにいらっしゃるという事は、うまくいったのですね。本当になんとお礼を申し上げればよいか」
フォルツァは直々に、男爵に頭を下げてお礼の気持ちを伝える。
「こちらこそ、伯爵。しかし今はとにかく、こちらを」
男爵はそう言うと、抱えていたカバンから薬を取り出す。私は導かれるように、カバンの中に視線を移す。
…さすがは中央で使われている薬だ。梱包からレベルが違う。薬自体も、非常に高品質なのだろう。ここ、地方で使われているものとは段違いだ。
事前に待機してくださっていた医師の先生に薬を渡し、投薬が始まる。しかしまだ喜べない。治療が始まったからと言って、必ず助けられる保証はないからだ。もしも手遅れの状態だったなら、たとえ薬を投与したところで助けてあげることはできない…
--現在--
何度か危ない場面を乗り越えながら、彼女の母は意識を戻し、会話ができるまでに回復した。
その後、彼女の母親の容体は順調に回復し、日常生活を送るうえでに全く支障のないレベルにまで到達した。
だと言うのに彼女は、重々しい表情で私たちに言葉を投げる。
「皆さま、本当にありがとうございました…それで、お、お薬代はいくらでしょうか…」
恐る恐る、といった表情でそう聞く彼女。その疑問に私が答えようとした時、なんと男爵が先に答えた。
「…これは貸しだな」
「?」
その場にいる全員が、頭上にはてなマークを浮かべる。そんな皆の表情に構わず、男爵は続ける。
「この薬は、未来の帝国への貸しだ。ここにいる次期皇帝とその彼女は、今の腐った帝國をぶっ壊して、帝國国民全員が幸せになれる未来を作るんだと。そして俺は、この二人なら本当にそれができるんじゃないかと思っている」
「男爵…」
そう言葉を漏らす私と、黙って聞き入るフォルツァ。
「だからこの薬代は、その未来が実現したときにでも返してくれればいいさ。あんたら親子の幸せな表情でな」
「だ、男爵様…ほんとうに…ありがとうございます…!」
「ありがとうございます…!」
額を床につけ、心の底から感謝を告げる二人。その横で、誰かが突然噴き出す。
「…ぷっ」
思わず噴き出したのは、レブルさんだった。
「な、なんだよお前…俺別に変なこと言ってないだろ!」
「いや、なんでも♪」
どこか楽しそうに、男爵をあしらうレブルさん。二人のその後のやり取りに耳を澄ましていたら、不意に横からフォルツァに話しかけられる。
「…シンシア、必ず実現しないといけないね。誰もが笑って過ごせる、明るい帝國を」
少し遠くに目線を送りながら、そうフォルツァが私に言う。
「…あなたと一緒なら、かならず」
改めて私たちは誓い合い、覚悟を共に決めたのだった。
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