第23話

--数日前-- 


「君のおかげで、この親子を助けられるかもしれないよ!」


 私の提案は、すんなり二人に受け入れられた。もちろん、失敗のリスクを承知の上で。さすがこの二人は、並の神経の持ち主じゃないことを改めて実感する。


「それでは、私はすぐに向かいます」


 私のその進言に、レブルさんが続ける。


「…念のためだ、俺もついて行こう。フォルツァ、文句はないな?」


 私たちの表情を見たフォルツァは笑顔を浮かべ、高らかに言った。


「もちろんだとも。うまくやってきてくれ!」


 私たちはその足で、目的地を目指して馬で出発した。親子の介抱はフォルツァに託し、私たちは私たちのやるべきことをやるんだ。


「…しかし、シンシアにこんな度胸があったとはな…正直驚きだ」


 馬で走る途中、レブルさんが私にそう笑いかける。


「伊達に、苦労を積んできてはいませんから」


「ふんっ」


 そんな軽口を交わしている間に、目的地の屋敷前まで到着する。屋敷の見張り員の前まで馬を走らせ、そこで下馬する。私の隣を歩くレブルさんは、厳戒態勢をとっている。その姿から、緊張感が伝わってくる。


「こんな時間に何事だ。貴様ら、無礼という言葉を知らんのか」


 至極当然のことを、見張り員の人に言われてしまう。


「夜分遅くに申し訳ございません。失礼なのは承知の上でございます。私はフォルツァ伯爵が妃、シンシアといます」


「シンシアって…まさか…」


 見張り員の表情がみるみる青ざめていくのが、暗い夜でも分かる。


「しょ、少々お待ちくださいっ!!!」


 彼は大きな声でそう言うと、屋敷の方へ走っていく。屋敷中の明りが次々と付いて行き、あっちこっちで騒がしい音が聞こえてくる。…少しして、一人の人物が小走りでこちらに向かってきた。


「シンシアさん、一体いかがされました??」


 他でもない、ブーシャ男爵その人だ。私の中では、ウナギ好きなおじいさんというイメージが焼き付いているけど。


「こんな時間のお尋ねになってしまい、本当に申し訳ございません。ですが緊急を要する事態なのです」


 私の真剣さが伝わったのか、男爵の表情もまた引き締まる。


「…なにが、あったんですか?」


「領民の女性が重い感染症を発症してしまったのです。このまま治療薬が手に入らなければ、彼女は…」


「…なるほど。それで私の力を借りたいと…?」


 男爵はそう言うと、腕を組んで考え込む。了承するか否かを、考えているのだろうか?


「…ひとつ、お聞かせ願えますか、シンシアさん」


 神妙な面持ちで、私に言葉を投げる男爵。


「はい」


「…きっとその領民の方、亡くなったとてあなた方には何の影響もないはず。それに薬代だってかなり高い。なのになぜです??」


 想像していなかったその疑問に、少しびっくりする。けれど、私の答えはもう決まっている。私の隣ではレブルさんも、私が何と答えるのか耳を立てているようだった。


「…私は、陰湿な母親と妹のもとに育ちました。…誰からの助けを得られることもなく…」


 二人とも口など挟まず、真剣な表情で私の言葉を聞いてくれている。


「そんな私を助け出してくれたのは、他でもないフォルツァでした。そしてそんなフォルツァを育てたのは、この帝國国民のみんななのです」


 私の言葉が意外だったのか、二人とも少しびっくりしているような反応だった。


「つまり私は、この帝國に住む国民の皆に助けられたのです。私はただ、その恩返しがしたい…」


「…何より私は、貴族なのですから!」


 私の言葉を聞き届けた男爵とレブルさんは、なにやら目配せをしているようだ。そして二人とも笑顔を浮かべて頷き、男爵が屋敷に向かって大声で叫んだ。

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