第16話
「お、お待たせいたしました…」
恐る恐る、男爵のもとへ料理を運ぶ。正直、自信は全くない。知識では知っていたものの、自分で試したことなんて一度もない調理法だった。それをこのぶっつけ本番で、実行してしまうことになったんだから…
「うーむ、見ただけではよくわからんな。見た目で見抜けぬよういろいろな工夫を凝らしてきたようだな、全くこざかしい女だ…」
私は動悸が激しく、もはや男爵の挑発に乗る余裕もない。一方でフォルツァは、冷静に男爵へ言葉をかける。
「丹精込めてお作りさせていただいた証拠です。男爵の深読み癖にもこまりますな」
「ふんっ。どんな小細工をしようとも、ウナギの味や食感というものは誤魔化せはせんぞ。あらゆる地域、種類のウナギを食してきた私だからこそわかるのだ」
自信満々に笑いながら、そう告げる男爵。その姿に、私はより一層全身が緊張する。…見破られたら、一瞬の終わりだ。
「まぁそれでは、頂くとしよう」
男爵はそう言い、一口、また一口と料理を口の中へと運ぶ。
「妙に、味が薄いな…これは…」
考えを巡らせながら噛みしめること約一分。突如男爵は下品な声で高笑いを始めた。
「ククク、なるほどそういうことか!ハハハハハッ!」
…まさか、仕掛に気づかれてしまったのでは…私は額に汗が流れる嫌な感覚を覚えながら、フォルツァの方に視線を移す。彼もまたなんの手立てもないのか、無表情で微動だにしない。
「いやいや、すまんすまん。おかしすぎてな。まず先に、このウナギ料理そのものは絶品だ。この腕はうちの専属料理人にも劣るまい。だが…」
私は動悸を必死に抑え、表情に出さないように心がける。
「この料理、ほとんど調味料が使われていないな?」
不敵な笑みを浮かべながら、そう告げる男爵。彼は私たちの顔を観察しながら、そのまま続ける。
「調味料をあまり使わずに済むのは、イズ地のウナギだ。これはウナギ自身に塩分や甘味が豊富に含まれているから、調理量を足す必要がない。したがって普通に考えれば、この料理はイズ地のウナギを使っているという事になる。だが…」
ドクッドクッ…心臓の鼓動が、また一段と早くなる。少しでも気を抜けば、この場に倒れこんでしまいそうなほどに。
「だがそれが巧妙な罠。なぜならイズ地のウナギの触感は、もっと弾力があるからだ。つまり、私にそう思い込ませるためのトリック。であるならばこのウナギは…」
私もフォルツァも、固唾をのんで男爵の言葉を待つ。
「クアキ地のウナギに違いない。ここのウナギは味が薄いために、通常は様々な調味料の使用が前提となる。そこをあえて使用しないことで、私の舌を誤魔化そうという魂胆だったのだろう?その考えはよかったが、触感というものは私の前にごまかせないのだよ…残念だったねぇ…お二人さん」
「…では、お答えは?」
「これは、クアキ地のウナギだ」
「…ではシンシア、お答えを」
私は深呼吸をして心を落ち着かせ、はっきりと男爵に告げる。
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