第10話
「こ、皇帝…」
「そ、そんなまさか…」
ついさっきまで高圧的だった二人が、蛇に睨まれた蛙のように震えて固まっている。長い間一緒に過ごしてきたけれど、こんな二人を見るのは初めてであったので、かなり新鮮な気持ちだった。
「ち、父親が皇帝という事は…あなたは…」
恐る恐る、といった口調で、マリアーナがフォルツァに言葉を投げる。フォルツァはもはや二人を憐れむような表情で、その言葉にこたえる。
「私は帝国皇帝たる父、フォーサの息子です。すなわち、」
「世間で言うところの、皇太子だな」
レブルさんもまた、どこか二人を憐れむような表情でそう言った。
「…!?」
それを聞いた途端、それまで固まっていたナナがフォルツァの前へと歩み寄る。レブルさんが一瞬間に入ろうとしたが、それをフォルツァは手で制止した。
「皇太子さまぁ♡お姉様なんかより、私を選んでは下さいませんかぁ♡」
…私は目をそらし、その地獄のような光景を見ないように努める。恥ずかしくはないのか、この女は…。この場にいるだけで、吐き出してしまいそうなほど気持ちの悪い声で、フォルツァに言い寄るナナ。彼の右腕に抱き着き、その豊満な胸を腕に押し付けている。
「…君を選んだら、君は私に何をしてくれると?」
「うふふ。お姉様のような貧相なお体では、お若い皇太子さまは満足できませんでしょう?私を選んでいただけたら、この私の体の全てを皇太子さまにささげますわぁ♡」
「…へぇ、なるほど。それはなかなか魅力的な提案ですね…」
「そうでございましょう?皇太子さまが望まれるなら、どのような行為であっても私は受け入れられますわぁ♡」
…その下品なナナの言葉の前に、もう立ち去ってしまおうかと考えた時、フォルツァが低い声でナナに告げた。
「…もう、満足ですか?」
「!?」
「…こんなことで、私の気が変わるとでも?あなたの下品さがうつってしまうので、離れて頂けませんかね?」
「!?」
私は顔を上げ、二人の表情を見る。フォルツァは心の底から汚いものを見るような表情を、ナナは全く現実が受け入れられないような表情を、それぞれ浮かべていた。ナナの後ろではマリアーナもまた、ナナと同じ表情を浮かべていた。そんな皆の表情を見て、レブルさんが口を開く。
「…シンシアから聞いてはいたが、まさかここまでとは…」
それに返答するように、フォルツァが口を開く。
「…全くだ。義理ではあっても、二人はシンシアのお母様と妹様。心のどこかでは、まっとうな人物であると期待していたんだが…本当に残念だ」
「!?」
「!?」
弾丸で体を貫かれたような、そんな表情を浮かべる二人。まあ無理もない。きっと二人はこれまで、手に入らなかったものなんてひとつもなかったのだろうから。
ナナはプルプルと体を震わせながら、低い声で言った。
「…ああそうですか。皇太子さまのお気持ちはよく分かりました。私を選ばなかった事、後から後悔しても知りませんわよ?」
ナナはそう吐き捨て、マリアーナを連れて屋敷から逃げるように飛び出ていった。彼女が一体何を企んでいるのかはわからないが、彼女はこのまま黙って引き下がるような女じゃない。私はこれまでの経験から、どこか妙な胸騒ぎを感じていた。
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