第9話
「フォルツァ、二人が屋敷の前に着いたってよ」
今日は手伝いに来ていたレブルが、私たちのもとへ二人の到着を知らせに来た。とうとう、来たようだ。
「…分かった。よし、行こう」
私はフォルツァとともに、二人の待つ屋敷前へと向かった。
「お久しぶりね、シンシア」
「ごきげんよう、お姉様♪」
満ち足りたフォルツァとの生活に幸せを感じていた私は、正直二人への感情を忘れつつあった。二人がここへ来ると聞いた時も、きっとなんの負の感情もわかないことだろうと思っていた。しかしこうして二人の顔を直接見ると、忘れかけていたこれまでの日々が体中に、感覚的によみがえる。
「はるばるようこそ。私が当主のフォルツァです」
彼は公務などの際、一人称が僕から私へと変わる。気の許す相手との挨拶の場などであれば、一人称は僕のままであるから、今の彼は二人に気を許してはいないのであろう。
「はじめまして、マリアーナと申しますわ。それにしても、まさかこの屋敷が伯爵家であったなんて…小さすぎて近づくまで見えませんでしてよ?」
「まぁ、お二人にはお似合いの場所だと思いますけれど♪」
会う早々、マリアーナに続きナナも嫌味を垂れてくる。二人を見なくなってしばらく経ったけれど、二人とも全く変わっていないようだ。
屋敷に上がった後も、二人は同じ調子で口を開く。
「全然使用人がいないではありませんの。女癖や酒癖が悪くて、皆逃げ出していったというのは本当なのですね」
「お母様ったら、ご本人の前でそんなことを言ってはかわいそうでしてよ。いくら本当のこととはいえ♪」
「まぁ、これは失礼。お気を悪くされないでくださいね、伯爵様。レブルさんも、ごめんなさいね」
ここに来て、マリアーナが横に立っていたレブルさんに話しかける。それに続くように、ナナはレブルさんの腕を取り抱き着く姿勢をとる。
「ねぇレブルさん、うちに来てはいただけないかしら?私、あなたのような殿方にそばにいてもらいたいの。こんな所なんかにいるより、間違いなく幸せになれますわよ♪」
背も高くてイケメンなレブルさんを、早速気に入ったらしい。しかしナナの誘惑にしか見えないその行為を受けても、レブルさんは表情を変えず、冷静に返事をする。
「…気持ちは嬉しいが、俺はフォルツァの父親から直々に、息子を頼むと言われてるんだ。すまないな」
その言葉を聞いた途端、ナナはあからさまに不機嫌な表情を浮かべる。
「…使用人のくせに生意気なのね。そんな男、こっちから願い下げだわ」
同じく不機嫌な表情を浮かべるマリアーナが、それに続く。
「大体、どんな教育をすればこんなどうしようもない伯爵が生まれるのかしら。きっと、父親だってどうしようもない人物なのでしょうね」
私たちを煽るように気持ちの悪い笑みを浮かべながら、マリアーナがそう言った。それを聞いたレブルさんは、やや苦笑いをしながら口を開く。
「どうしようもない、ねぇ…お前はどう思う?」
その視線は、フォルツァに向けられていた。彼もまた苦笑いで、それでいて少し呆れたような表情で答える。
「ある意味、そうかもしれないね。それくらい振り切れてないと、帝国の皇帝なんて務まらないだろうし」
…刹那、二人の表情が凍りついた。
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