第8話

「シンシア、ここが間違いだね」


「ご、ごめんなさい…」


 皇帝の妻となるのは、当然簡単な事ではない。それは単に周辺貴族の賛同を得られるかどうかや、皇帝陛下の許しを頂けるかどうか、だけではない。次期皇帝の妻として、ふさわしいだけの経験や知識を身につけなければ、そこにすらたどり着けないのだ。

 私は毎日、こうしてフォルツァに付きっきりで勉強を見てもらっている。内容は当然膨大で、皇室や貴族関係の知識などはもちろんの事、関連法規から叙勲の手順まで、事細かに把握しておく必要がある。…これらを完璧に把握してしまっているフォルツァって、やっぱりすごい人なんだ…


「謝る必要なんて全くないよ、シンシア。むしろ謝らないといけないのは、僕の方だ…。本当ならこんなのは、時間をかけてゆっくりと身に付けていくものなんだ。それなのに、こんなにハイペースで…」


 申し訳なさそうに、フォルツァがそう言った。このペースを希望したのは私自身なのだから、彼に非などあろうはずもない。


「いえ、どんどん教えてください!私は一日も早く、あなたにふさわしい人になりたいんです!」


 それは、私の心の底からの言葉だった。


「シンシア…よし、わかった!」


 彼はきっと、これまで誰かに勉強を教えたことなんてないだろうに、教え方がすごく上手だった。ひとつひとつ丁寧に、政治に疎い私にも分かりやすい言葉を選んで説明してくれた。

 そして私もまた、これまで誰かに何かを教えてもらった経験がなかっただけに、新鮮な気持ちで勉強を進められた。この勉強の時間でさえも、私には彼の深い愛が感じられた。時には二人で政治や貴族に関して語り合い、時には二人で愛をささやき合い、時にはそれらを同時に話す日もあったかな?


「それじゃシンシア、これは分かるかい?」


「えっと、これは確か…」


 私が解答を書き、フォルツァに提示する。


「正解!さすがシンシア!」


 正解した私と同じくらいか、それ以上に喜んでくれる彼。その姿を見ているだけで、頑張るエネルギーが湧いて出てくる。

 そして彼は私の疲れた様子にも敏感で、私が無理をしないラインを的確に見抜いて、勉強を進めてくれた。…私の様子を確認するたびに顔を見られるのは、やっぱりちょっと恥ずかしいけど…

 そうした毎日を過ごす中で、彼の臣下の人たちがここに様子を見に来た時に、その人たちと話す事が何度かあった。最初は何を言われるかとびくびくしていたけれど、みんな心優しい人で、お祝いの言葉や喜びの言葉をかけてくれた。彼らの存在もまた、私が頑張る力の源となった。

 そんなある日の事、ついにあの二人がここを訪れるという知らせが入った。

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