第6話
--フォルツァ伯爵視点--
なんとも、地味な女性だ。それが初めて彼女を見た時の正直な感想だった。気の強そうな図太い女性が来るに違いないと思っていたけれど、どちらかと言えば気は弱そうで、体も華奢。本当にあの人が手紙の主なのだろうかと、疑問に感じていた。しかし、そんな不安はだんだんと消えていった。
まずなにより、彼女がここまで馬一頭で来たことだ。向こうの屋敷からはかなりの距離があるため、男であっても体力的にしんどい事だと思う。しかし彼女はあまり疲れている様子もなく、到着時は僕に綺麗な笑顔を見せてくれた。…彼女は屋敷で、一体どんな訓練をしていたのだろうか…?
そして次に驚かされたのが、彼女の並外れた清掃技術。通常貴族家の掃除などは使用人が行うため、今まで掃除などした事もないだろうと思っていた。貴族令嬢ならなおさらだ。しかし彼女は、皇室清掃専門の使用人すら凌ぐレベルの技術と知識を持っていた。彼女は屋敷で、一体どんな訓練をしていたのだろうか…?
そして極めつけが、彼女の料理技術。これも清掃と同じく、通常は使用人や料理人が行うため、貴族令嬢であるなら経験などない者がほとんどであろう。しかし彼女はここに来た当日に、ここにあるものだけであれほどの料理を完成させた。あの時つい口が滑って言ってしまったが、あの料理は本当に皇室料理人に引けを取らないものであった。
…あれから数日の時を彼女とともに過ごし、僕はますます彼女の持つ魅力に取りつかれていった。
そして今日、僕はどうしても気になった事を彼女に聞いてみることにした。
「ねぇシンシア、君は向こうで一体どんな生活をしていたの?」
「…」
これだけの知識と技術を持っているからには、きっと何か想像もできないような訓練や特訓をしていたに違いない。てっきりそう思った僕は、無神経にもシンシアにそう疑問を投げた。
彼女は答えずに目を伏せ、どこか暗い表情になる。…なにかよくないことを聞いてしまったか…そう思い話題を変えようとした時、彼女はゆっくりと僕の疑問に答え始めた。
…思い出すのもつらかっただろうに、彼女は向こうでの生活のすべてを話してくれた。本当の両親の事や、義理の母親、そして妹の事も。その凄惨な向こうでの暮らしも、すべて。
気づいた時には、僕は彼女の前まで歩み寄り、その手を取っていた。
「…つらいことを思い出させてしまって、本当にごめんね」
まず最初に、そう口にした。これは僕の心の底から出た言葉だ。彼女は少し笑って首を横に振り、気にすることはないですよと言ってくれる。
「いきさつはどうであっても、君はここまで来てくれた。途中で逃げ出すことだってできただろうに、君はそうはしなかった」
彼女の手を取ったまま、その澄んだ瞳を見て僕は続ける。
「…今まで、本当に大変だっただろう。よく頑張ったね、シンシア」
「伯爵…」
僕は誠心誠意の思いを込め、そのまま彼女に告げた。
「どうか信じてほしい。僕は必ず、君を守ってみせる。君を、幸せにしてみせる。君がここに来てよかったと、ずっと思ってもらえるような男になってみせる」
シンシアは瞳に宿った涙を見せないかのように、僕の胸に飛び込んでくる。僕は繊細な宝石を扱うつもりで、彼女の頭に手を置き、やさしくなでる。少しして、落ち着きを取り戻したシンシアの顔を見つめながら、僕は彼女に言った。
「シンシア、僕も君にすべてを打ち明けるよ。今度は、僕の話を聞いて欲しいんだ」
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