第12話 新たな夏物語 ~流転2~


「.....マジかぁ」


 貴裕に案内されてやってきた三人は、頑丈な檻に閉じ込められた二人を茫然と見つめる。


「これを外したい。それで、両親に知られないよう二人を匿えるところが欲しいんだ」


 がしゃがしゃと太い鎖を揺らす貴裕を眺めつつ、青木は周囲を一瞥した。

 話にあったとおりの地下施設。広い栽培エリアと奥に続く通路がいくつもあり、人が住むに適した環境。

 かつて、貴裕はここを利用して大麻の栽培、加工を行っていたらしい。その話に頷ける施設だった。


「なあ? 少し話を詰めたい」


「へ?」


 青木は柔らかく微笑み、檻の中の二人に、必ず助けに来るからと言い残し、地下から立ち去った。




「あのさ。おまえの話を総合すると、あの二人をくっつけたいんだよな?」


 まだあどけない子供二人。両親の庇護の元、健やかに育てられるべき二人を襲った今回の事件。

 素直に頷く貴裕を見て、青木は仏頂面で言葉を紡ぐ。


「なら、あのままのが良くはないか?」


 貴裕は言われた意味が分からない。あんな不衛生で暗い檻の中に二人を置き去りにする?

 かっと血が上り眼を剥く貴裕に苦笑し、青木は説明を続けた。


「まあまあ。ずっとって訳じゃない。あの二人が互いを唯一と思えるくらいまで..... そうだな、身体の関係を結ぶくらいまでは、あのままが良い」


 よくよく聞けば、ここで救出してしまうと、二人は間違いなく引き離されると青木は言う。

 万由の両親にすれば、可愛い娘を拉致監禁した犯人の息子だ。逢わせたくもないだろう。

 さらに年端もいかぬ子供らに選択肢はない。親の意向のまま物理的に離されるのが目に見えていた。


「だからさ。お前の両親を脅して口をつぐませ、実質的な権利を俺らが手に入れて、あの二人を地下で匿うんだよ。どうだ?」


 言われてみれば確かに。


 犯罪に巻き込まれた被害者が、その犯人の家族に逢わせてもらえるわけはない。二人がどんなに望んでも、大人達によって阻まれるだろう。


 そんなのは許せない。まゆちゃんは、俺達の傍にいて欲しい。


 物理的に引き離され、さらに時間がたってしまえば思い出も風化する。

 そして新たな生活に慣れて、新たな人生を始め、新たな恋もするだろう。


 .....浅はかだった。


 世慣れた三人は、そう言った先の先まで考えたのだ。

 恵まれない人生を送り、幸福は永遠ではないと、常に最悪を予想する三人。

 その切ない習性が貴裕の幸せを想像し、どのようにすればソレを継続出来るか考えてくれた。


「肉体関係をもてる年齢になるまで..... そうだな、あと五年くらいか? あそこに監禁しておこう。ついでに子供でも出来たら、もう二人を引き離そうとはすまいよ」


 何気ない青木の言葉に、貴裕の胸がズキリと軋む。


 前の時も貴裕は万由に恋をしていた。それと自覚のない仄かな恋心。

 自覚したのは最後の時。

 遠退く意識の中で思い出したのは、無邪気な彼女の笑顔だった。

 ふいに黙り込んだ貴裕を一瞥し、青木は咥えていたタバコをグシャっと噛み潰した。


 そういう事か。複雑なんだろうな。


 貴裕の恋心に気づいた青木は、翌日、仲間とともに貴裕の両親の元へ乗り込み、相も変わらず肉体的言語を用いて、見事件の病院の権利書をもぎ取った。

 己の犯罪を知られた貴裕の父親達は青木の言うなりで、経済的な負担にならない程度の援助もふんだくり、貴裕は青木の元で暮らす事となる。


「これで問題解決だな? まあ、気楽にやろうや」


 にっと快活に笑う仲間達。


 こんな子供の話を信じて手伝ってくれた事が信じられない。

 呆気に取られた顔で青木を見上げ、その疑問は貴裕の口を突いた。


「ふん? まあなぁ。普通なら信じられないだろうなぁ。でもさ」


 青木は貴裕の頭を撫でる。


「俺らの生い立ちや、仲間を裏切らないことを知る人間は、身内にしかいないんだわ。お前が俺らを頼った理由が、俺らの仲間だってことを証明してるんだよな。それが未来であろうとな」


 うんうんと頷く他の二人。


 彼等に信じてもらうため、貴裕は前の人生で知った彼等の生い立ちや、失敗談などを口にした。

 自分にしてもらったアレコレも。

 とても良くしてもらったのだと話す貴裕から、面映ゆそうに眼を逸らした三人。


 その親近感は、確かに貴裕を仲間だと認めていた。


「初対面なはずの相手に、ズラズラと赤裸々な話を並べられてみろや。信じざるをえないべ?」


 苦笑する三人に頷き、貴裕も人としての感情を取り戻していく。


 未来で粉々にされたはずの貴裕の心は少しずつ接がれ、元のようにとは言えないが、最低限、人間としての自尊心が復活した。

 

 三人は未来の貴裕がやっていたという大麻の栽培を行い、けっこうな稼ぎを弾き出し、その地下施設で雅裕と万由も成長していく。




「.....と言うわけでさ。ここから出て家族のとこに帰ると、たぶん二人は二度と逢えなくなると思うんだよね」


「それは..... たしかに」


「嫌よ、まぁ君と会えないなんてっ!」


 不安気な雅裕と、感情を露にする万由。


「でも、何年もお父さん達に会えなくなるかもしれないんだよ? まゆちゃん」


「良いのっ、まぁ君にはアタシとタカちゃんしかいないじゃないっ! お父さん達には、まだアタシの妹や弟がいるものっ」


 なんともはや。一番危惧していた万由の方が、匿われるのに積極的だった。

 てっきり、家に帰りたいと泣かれるか、怒るかされると考えていた貴裕達は、良い意味で拍子抜けする。


「アタシ、ここが好きなの。前から、ずっと。この辺にいると心が落ち着くの」


 トロンとした瞳で万由は宙を見つめた。


 ここ? 病院のことか? それとも何か他の?


 訝しげな大人らと貴裕を余所に、二人は地下暮らしを望んでくれた。


「まゆちゃんがいてくれるなら、ボクは何処でも良いよ」


「アタシも。まぁ君と一緒に暮らすわ」


 イチャコラする小学生様。


 思わず中指を立てる大人気ない仲間らに苦虫を潰し、貴裕は地下に色々なモノを持ち込んだ。

 二人が快適に暮らせるよう、元々あった居住区を充実させる。


「あ~、ここ良いなぁ。俺もここに住もう。うん」


「だよなぁ? よく出来てるよ、ここ。機械系が動かせたら、文句なしじゃね?」


 新しく持ち込んだベッドマットに寝そべり、ぐでたま化しているのは松前毅。

 水回りを確認して、調整しているのは竹中哲。

 タケちゃん、サトちゃんと呼ばれる、仲の良い二人である。

 聞けば同い年の同中出身。幼馴染みでもあり、宿無れて公園で寝泊まりしている所を青木に拾われたらしい。

 かなり凄絶な虐待を乗り越えてきた二人は、悲惨なその過去を笑い話に出来る強者だった。


「.....なんか良いよなぁ、こういうの。秘密基地的な?」


「あー、わかるわ。ワクワクすんね、うん」


 クスクス笑う二人の緊張感の無さに、思わずつられ笑う貴裕。

 

 そうこうするうちに時間は流れ、未来という名の過去を持つ貴裕が、雅裕と万由の勉強を受け持って、買い集めた参考書を片手に教えていた。

 何故か時々、部屋の片隅で静聴しているサトちゃんとタケちゃん。


「俺ら中卒なんだけど、まともに勉強してなくてさ」


「そそ。聞いてるだけだから、気にせず続けて?」


 前に聞いた話から察すれば、勉強どころではなかったのだろう。

 リアルで、生きるためだけに必死だったはずの二人だ。

 貴裕は勉強部屋に机を増やし、二人にもノートと筆記用具を渡した。

 軽く眼を見開き、によによする口角を隠せない二人。


「良いのか? 邪魔じゃないか?」


 おずおずと聞いてくる哲に、貴裕はふわりと微笑む。


「何人でも同じだよ。むしろ部屋の隅で体育座りしていられる方が気になるし」


 ニヤリとほくそ笑む貴裕に、思わず赤面する大人二人。


 こうして穏やかに日々が過ぎ、雅裕と万由が十五歳になったころ、二人は貴裕を呼び出した。


「どうしたの? 三人だけで話がしたいなんて」


「「...............」」


 モジモジと顔を見合わせる二人。

 

「その.....な。お前の気持ちを聞きたくて」


 気持ち?


 不可思議そうな貴裕に、覚悟を決めた眼差しで万由が口を開く。


「前にタカちゃん言ったよね? 子供が出来たら家族になれるって。離れ離れにならないって」


 どくんっと貴裕の心臓が心拍数を上げる。

 

 あれから何とか万由への恋心を振り切ろうと努力した貴裕だが、それは成功せず、むしろさらに沼って抜け出せなくなっている現状だ。

 その相手を目の前にした上、何を言われるのだろうか。


 惚気か? まさか、性行為が分からないとかの相談じゃあるまいな? 勘弁しろよ?


 あるいは一足飛びに妊娠報告か。それならめでたいが、ある意味罰ゲームにも等しい苦行である。


「.....そうだね。家族になれるよ、間違いなく」


「じゃ、家族になろう?」


「はい?」


 きょんっと呆け、貴裕は間の抜けた声で首を傾げた。


「そのね..... えっと、昨日ね、まぁ君と.....やってみようとしたのね」


「うん」


「出来なかったの..... タカちゃんが気になって」


 はい?


 顎を落としたまま、貴裕は万由の辿々しい説明を聞いた。


 要は、万由は貴裕が好きなのだという話である。

 雅裕も好きだし、行為をいたすのに否やはないが、どうしても貴裕が気になって仕方がないとの事だった。


「兄さんはそれで良いわけ?」


「別に? ボクは万由が好きだし、貴裕も好きだし? 夫が二人いても良くない?」


 良くはない。日本では重婚を認めていないのだから。

 だが、それは倫理での話だ。人様に吹聴するわけでもないし、個人の秘め事の範囲でなら許されるだろう。

 この閉鎖された空間で、世を知らない二人の倫理観は歪んでしまったらしい。


 本気で好きなら複数と睦んでも構わないと? それ許しちゃうの兄さん?


 思わず脱力する貴裕に、無邪気な万由が痛恨の一撃を放つ。


「ダメかな? タカちゃん。アタシの事、嫌い?」


「嫌いなわけないだろうっ!」


 知らず声を荒らげる貴裕。


 あ~~~っ!! 何てこった。どうして、こうなった?


 まさかの閨への御誘いだ。こんな甘美な誘惑に、やりたい盛りなガキが勝てるわけない。

 しかも雅裕の許可つき。二人で万由を愛そうと。三人で夫婦になろうと。


「ありえねぇぇぇ..........」


「ボク達がこうして幸せなのは貴裕のおかげなんだよ? 当然じゃない? 誰でもってわけじゃない。貴裕だから許すんだ」


「家族になるならタカちゃんも一緒だよ? アタシの旦那様になってよ」


 なんつう殺し文句だよ、二人とも。


 義弟も家族ではあるが、それではダメなのだろう。

 弟ではなく夫婦に。一昔前には兄弟で妻を共用するのも、ままあった事と聞く。


 眼が眩むような提案に抗えるはずもなく、貴裕は万由と雅裕と三人で夫婦となった。


 覚悟を決めたら楽なモノ。


 仲睦まじい三人に、再び中指を立てるタケちゃんとサトちゃん。

 青木だけが苦笑しつつも幸せそうに幼い夫婦を見守っていた。


「貴裕が幸せなら、形なんか、どうでも良いさ」


 青木の言葉に、大人気なく嫉妬していた毅と哲も、そっぽを向きつつ黙り込む。




 そうして暫くすると万由が身籠った。




「女の子かな? 男の子かな?」


「どっちでも良いよ、元気に産まれてくれれば」


「そうだね。きっと可愛いね」


 念のため半年ほど待ち、堕胎可能な月齢を過ぎてから、三人はようやく人前に姿を現した。


 今度こそ引導を渡してくれる。


 辛辣な笑みを浮かべ、貴裕も被害者を装い、三人で青木を伴い警察へ駆け込んだ。





「違うっ! 俺じゃないぃぃっ!!」


 貴裕らの両親は逮捕される。


 病院の地下に監禁されていたのだと警察に駆け込んだ三人。


 地下の栽培施設の植物を別な物に植え替え、まるで自給自足していたかのように装ってから、青木達は手に入れた病院を確認しに行き、偶然地下を見つけ三人を発見したのだと偽証した。

 三人は地下に残されていた種などを栽培して飢えをしのぎ、長く監禁されていたのだと涙ながらに訴える。

 未来で雅裕が実際にやっていた事だ。十分に可能だった。


「いや、まさか。廃病院を壊して更地にしようと下見に行った先で子供を見つけるなんて。有り得ませんよ、人のやる事じゃない」


 貴裕と知り合ってから五年。青木らは大麻の売り上げを使い、小さな店などを複数経営し、それなりの地位を築いている。

 資産も潤沢で、社会的地位を持つ彼の言葉を疑う者は誰もいなかった。


 両親を陥れるために何年もかけて準備された陥穽だ。抜かりはない。


 貴裕のために振り込まれていた援助金の口座も、詐欺に使う用の架空口座。お金は海外を経由して青木の元に送られていた。

 裏社会を利用したマネーロンダリング。看破するには専門家が必要である。

 発見し保護した第三者と、被害者三人の証言が決め手となり、貴裕の両親は実刑を受けた。もちろん執行猶予などつきはしない。

 

 貴裕が最初に描いたシナリオどおり事は進み、落胆した祖父が後見人となって三人は新たな人生を歩き始める。

 

「はれて自由だ」


 万由と両親も再会を果たし、やはり良い顔はされなかったものの、大きな御腹を幸せそうに抱える娘を見て、渋々雅裕との結婚を認めた御両親。

 すでに出産間際な夫婦を引き離すわけにもいかず、急遽籍を入れて形だけは整え、三人は祖父の用意したマンションで暮らすことになった。

 不承不承な万由の両親に平謝りな祖父と雅裕。


 これもいずれ思い出に変わるのだろう。


 貴裕は天を見上げて、自分を逆行させてくれた誰かに礼を言う。


 ありがとう。


 心からの祈りに、太陽が瞬いた気がした。


 こうして悪夢の夏は終わり、貴裕は夢にまで見た未来を掴みとったのである。

 

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