#8

 僕が次に目を開けた時、目の前に見えたのは涙を目一杯に溜めたセラの顔だった。

「あれ、僕一体どうしたんだ……? 」

 ふらふらする頭を無理矢理回転させて記憶を辿る。確かセラがデビーに呪いを浴びせて……あれ?その前に僕、デビーに刺されていたような……気がついて自分の腹部に目をやったが、傷口なんてどこにもなかった。

「……お父さんがね、レンを助けてくれたの」

 

 セラが落ち着くのを待って僕は彼女から話を聞いた。僕は腹部を刺された後、意識を失ってしまっていた。その間彼女はサンディに、彼女の父に会ったそうだ。

「私の愛しい娘よ。話したいことはたくさんあるけど、時間がない。この少年は今にもこの世からいなくなろうとしている。私は人間に落ちた身だが、言っても元天使だ。最後の力を使ってこの少年を生き返らせようと思う。いいかな? 」

「それをしてしまったらお父さんはどうなっちゃうの? 」

「本来、人を生き返らせるのは禁忌とされている。そうだな……この幽霊の姿さえ保っていられないだろうな」

 サンディは苦笑いした。

「そんなの……いやだよ。せっかく会えたのに」

「俺はもう死んだ身だ。こんな姿ではセラを助けてあげることができない。でも彼は違う。彼ならセラに何かあったときに助けてあげられる。それに彼は、もうお前にとって大事な存在なんだろう? 」

 彼は言い終えると僕の傷口に手を当てた。すると僕の傷はみるみるうちに塞がっていった。サンディの姿は傷が塞がるほどに薄くなっていく。

「愛しい娘よ。今まで苦しい思いをさせて本当にすまなかった。お前はもう自由だ。これから先、時には人のためになにかをしなきゃいけない時もあるだろう。ただその人のために動くかどうかは他人が決めるんじゃない。自分自身で決めるんだ」

 消えかかる寸前、サンディはセラの頭に手を乗せた。

「大きくなったな。お父さん、成長したお前に会えて嬉しいよ」

 その一言だけを残し、サンディの姿は朝日の中へと消えていった。


 僕たち2人はセラの家がある丘の上に座り、すっかり空の上に登った朝日を眺めていた。

「辛い思いをさせてごめん……」

 利用されてたとはいえ、実の母を自らの手で亡き者とさせてしまい、さらには僕のせいで父を2度目の死に追いやってしまった。

「大丈夫。レンが気にやむことじゃないよ。それに、私自身が選んだことだから」

 そういう彼女の顔を恐る恐る覗き込むと、思ったよりもすっきりとした顔で朝日を見つめていた。

「これからどうするの? 」

 僕は彼女に聞いてみた。

「わからない。とりあえずお家はあるし、しばらくはゆっくりしようと思う」

「そっか」

 彼女は今までずっと体を張ってきたのだ。十分な休養が必要だ。

「さて。俺は少しやることがあるんだ」

「何するの? 」

「あいつにガツンと言ってやるんだ。人を呪うなら他人を巻き込むなって」

 呪いのおかげでセラに会えたのは間違いないが、あんな命のかかったことは2度とごめんだ。

「お人好しなのに、はっきり言えるの? 」

 セラは今まで僕が見たことのない笑顔で言った。僕の顔は少し赤くなる。

「も、もちろん言えるさ。僕は生まれ変わったんだ。前の僕とは違う」

 胸を張って言う僕を見て彼女は笑う。僕もそれに釣られて笑う。

 空にはうっすらと雲がかかり、隙間から陽の光がまるで天使が使う梯子のように差し込んでいた。

   

                                 fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天使の呪い 旦開野 @asaakeno73

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ