#7

 僕は一度、うちへと帰り、家族に散々怒られた後、再び家を抜け出した。サンディと僕は、出会った場所で落ち合い、街へと続く道にある大きな岩に身を潜めていた。

「少年、君に助けを求めておいて何だけども、本当にうまくいくのか? 」

 セラは日が沈むと呪いに襲われそうになっている人を助けに外に出る。チャンスはその時だ。そのまま僕の家に匿ってしまえばいい。

「言っても君の家と僕の家って、そんなに離れていないだろう。仮に今夜、うまく彼女を連れてこられても、すぐに見つかってしまうんじゃないか? 」

「あとのことはあとで考える」

「やれやれ……」

 太陽が沈み、月の輪郭がはっきりとしてきた。昨夜とは違って月は少し欠けている。

 予想通り、セラは月明かりに照らされた一本道を1人で歩いてきた。今夜もどこの誰とも知らない人を呪いから守るために森へと行くのだろうか。

「セラ! 」

 僕たちが隠れている岩を彼女が通り過ぎたところで僕は彼女の名前を呼ぶ。彼女はそれに反応して振り返った。

「レン。どうしてここに? 」

 彼女はまさに、キョトンとした顔でこちらを見た。

「君のことを聞いたんだ。どうして呪いが効かない力があるのか」

「私の知らないことをどうして……? 」

「詳しいことは後で話す。とにかくもうあの家からは出よう。君はお母さんに利用されているんだ。大丈夫、しばらくは僕の家にいればいい」

 戸惑う彼女に僕は手を差し出す。しかし彼女にはまだ迷いがあった。

「僕を信じてくれ」

 彼女はその言葉を聞いて僕の方へと手を伸ばしてくれた。

「そうはさせないよ」

 僕とセラの手が触れる直前、僕の背後から声が聞こえた。声のする方に目を向けると、そこにいたのはデビーだった。

「会ってすぐの男を無邪気に信じるように教育した覚えはないのだけど」

「……」

 セラは母に言われて黙って俯いた。僕はデビーを睨みつける。

「もういいだろう。実の娘が痛みに苦しんでいるのに、本人が辛いと言っているのに、まだこんなことをさせるつもりなのか! 」

「彼女の力は神様から与えら得たものなの!その力を世のため人のために使うことで、世界が幸せになるし、彼女の幸せにもつながるわ」

 デビーは威勢よく叫ぶ。

「そうやってセラにずっと嘘を吹き込んでいたのか! 彼女の力はお前が意図的に与えたものだろう」 

 顔を上げたセラが不思議そうな顔でこちらを見た。僕は視線をデビーからセラへと移す。

「デビーは天使を騙して、天使との子供を作った。それが君だ。デビーは力のある子を産み、英雄にすることで、英雄の母になろうとしたんだ。君は彼女の欲望のために利用されていたんだ」

「私のお父さんは……天使なの? 」 

 自分の父が天使だったと言われて驚かない人はいないだろう。セラは目を丸くした。

「なんでお前がそんなことを知っている……? 」

 デビーは事実を隠す気はないらしかった。

「サンディが教えてくれたんだ。彼は今もまだ、幽霊になりながらも、娘のことをずっと見守っていたんだ」

「お父さんが、ずっと私を……? 」

 セラはずっと知らなかったお父さんについて知り、整理がつかないながら、嬉しそうにしている。

「……ふふ。フハハハハハハ」

 突然デビーは声高らかに笑い出した。

「少年。事実を知ったところでどうすることもできまい。私の野望を邪魔する奴はたとえ神であろうと消し去るまでよ」

 彼女はマントの下からナイフを取り出した。そして僕の方目掛けて走り出した。急なことで僕は反応できなかった。

「危ない!! 」

 セラが僕を庇おうと腕を掴んだが、デビーの動きの方が早かった。心臓は外したものの、デビーの持っていたナイフは僕の腹部に突き刺ささり、鮮血が流れ出た。あまりの痛さに立ってられなくなる。セラが支えようとするが、支えきれず地面に膝をつく。

「レン!しっかりして、レン! 」

 セラが懸命に僕の名前を叫ぶ。

「さぁ、セラ。お前もこの男のようになりたくなかったらさっさとこっちへおいで。呪いは無効化できても、刃物だったらお前もちゃんと死んでしまうよ」

 デビーの手が娘の方へと伸びる。セラの体がフルフルと震えているのが僕に伝わってきた。彼女は自身の母親の方を向いた。僕には見えなかったが、おそらく彼女は恐ろしい形相をしているらしかった。彼女の怒りが体を伝ってくる。

「あなたは……私の大切な人を何人消せば気が済むの……? 」

 決して声量は大きくないはずなのに背筋の凍えるような声で彼女は言った。すると、彼女の体が光を放った。よく見ると今まで受けてきた傷が光っているようだった。

「私の体にはわずかだけど、多くの呪いが刻まれてるの。この呪い、今あなたに返してあげる」

 光はセラの体を離れ、様々な形へと変化した。蛇、悪魔、そして僕が使おうとしていた黒猫……彼らはデビーを目掛けて突進した。

「や、やめろ、あっち行け……! 」

 デビーの言葉などには耳も貸さず、呪いたちは彼女の体にまとわりつき、ついには彼女の体を飲み込んだ。デビーの姿が光で見えなくなると、光は一層強まり、僕は目を開けていられなくなった。次に目を開けた時には、デビーの姿は消えていた。僕はデビーの脅威がなくなったことに安心して力がなくなってしまったのか、目を開けていられなくなった。遠くの方でセラが僕の名前を何度も読んでいるのが聞こえた。

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