#4

 森を抜け、街も抜ける頃には、すでに朝日が山の方から顔を出していた。セラが母親と暮らす家は街外れの丘にある。

「こんな朝になってから帰って、お母さんは心配しないの? 」

 朝になっても帰らないなんて僕は初めてだった。家に帰ったらきっとこっぴどく怒られるだろう。

「大丈夫。いつもこんな感じだから。お母様は私が夜、呪いから人々を守っていることを誇りに思っているわ」

 この街は比較的治安の良い方ではあるが、それでも、年頃の娘が朝になっても帰って来ないなんて他の家の親だったら、大騒ぎになるだろう。話を聞く限りだが、どうもセラのお母さんは世間とは少しずれた価値観を持っているようだ。

 セラの家が見えてきた。広い庭に2階建ての立派な家だ。セラがドアをノックすると

「はーい」

 奥から声が聞こえた。

「お母様私です。セラです。ただいま帰りました」

「今開けるわ。待っててね」

 足音が近づき、ドアが勢いよく開かれた。髪を一つに結んだ彼女の母親はセラを抱き上げた。

「おかえり、私の天使。無事に帰ってきてくれて嬉しいわ」

 抱きしめられるのは日課らしく、セラは特に驚いた様子はない。彼女への愛情はあるらしいが、ならば尚更、どうして娘にこんな危険なことをさせるのだろうか。そんなことを考えていると、母親が僕の方に気がついた。

「セラ。このかたは? 」

「今日私が呪いから助けた人です」

「レンです。娘さんのおかげで助けられました」

 母親は僕を舐めるように見た。その目つきはまるで蛇のように鋭い。

「それはよかったわ。それよりも、うちまでわざわざついてきてなんの用かしら? 」

「娘さんが今やってることをお母様であるあなたからも止めていただきたいんです」

 口にした瞬間、母親の目はいっそうキツくなったように見えた。

「あなたには関係のないことよ」

「そもそもあなたの可愛い娘さん、傷だらけじゃないですか!そんな痛い思いしているのを、あなたは苦しく思わないんですか? 」

「これは神様から授かった力なの。力を使うことこそ、この子の使命であり、この力で人々を救えるのは誇りでもあるわ。良いことじゃない。あなた、娘が助けてくれなかったら命はなかったのよ。それなのに、人々が呪いで苦しんでいるのを助けるなというの? 」

「彼女がそこまでやる必要はないと言っているんです。確かに僕は彼女に助けられました。感謝もしています。だけどこんなの間違ってる! 」

「あなたが何を言っても無駄よ。これは天命なの。もう二度と、うちには近づかないで」

 家の扉は勢いよく閉められた。ドアが閉まる前、一瞬見えたセラは俯いていて表情がよく見えなかった。僕は彼女に命を助けられた。だけど僕は彼女に何もしてあげられなかった。

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