生き残り
目の前が、まっくらになった。
絶望したっていう意味じゃなくて、突然、見えていたものがパッと消えた。
(なんだ?)
まわりを確認しても、何もないし誰もいない。
上からスポットライトみたいな光がさしてきた。
手紙のつづきを読め、と言われている気がする。
――よくよく考えたら、最初の出会いからして、おかしかっただろ?
なんのことはない。
本当に地球をすくいたかったら、キミの意見なんて無視して、オレがそれを実行すればよかったじゃないか。
なぜ、しなかったか。
それはね……“みっしょん”をしくじらせたかったからだよ。
たしかに、もっとイージーな方法もあった。キミの意識を改変するとかね。
しかしながら、地球の人々の間にルールがあるように、異星人の間にもルールがある。そんなにカンタンじゃないのさ。
そこまでが一枚目。
異星人の告白は、二枚目へとつづく。
――ちなみに、あのときキミが〈最後の手段〉にすがりついていたら、完全にアウトだった。
ボン! ……ってね。
キミたちは地球もろとも、
こんな言われかたは、さぞ不快だと思う。
でも、これがオレにとってのミッションでね。生命の破壊……。もちろん
あっ。
電気をつけたように、いきなり明るくなった。
………………なんだろう。
いつもの学校で、いつもの景色。
でも今までと何かがちがうような。
うまく言葉にできないけど。
三枚目。
――さて、ここからが大事なところだ。
オレはキミにあやまらなくてはならない。
“みっしょん”を邪魔をしてたことと、もう一つ……。
お詫びがしたくて、キミにナイショで、とても自分勝手なことをしてしまった。
屋上の出入り口、開け放されたままのドアの向こうから、物音がする。
こん、こん、こん、とゆっくり階段をあがってきているようだ。
――白石存太君。
〈彼女〉には失礼なことを承知で、あえてこう表現する。
キミに、ある贈り物をしたい。
贈り物?
ぼくに?
「わっ!」
突風がふいて、手に持っていた手紙が飛ばされた。
クルクル回りながら、屋上の地面をすべってゆく。
あわてて、前かがみになって追いかけた。
こつん
と、手紙の
黒い、すこし
毛のない、つるっとした脚。
女子の、脚――――?
(いてっ)
後頭部を平手でたたかれた。
どこか、なつかしい感じがする。
まるで、なんどもなんども、こうやってたたかれてきたような……
「こら。ダメでしょ?」
「え……」
手紙が、バサバサッと鳥の羽ばたきみたいな音を立てて、大空に
「しっかり見~す~ぎっ! ほーんと」
両手を頭のうしろに回して背中を向け、また、ぼくのほうに向き直って両手をおろす。
ゆれるスカーフ、はためくスカート。
「バカな弟もつと苦労するよ」
あまりにも意外な登場で「なんでいるの?」と、ふつうの会話のように言ってしまった。
ひょっとして今のこれも、ぼくだけにしか見えてない……のか。
「いちゃ、おかしい?」
「えーと……」
「いちゃ、いけない?」
いたずらっぽい笑顔を浮かべて、両手を大きく広げた。
ぼくは―――――その、胸の中に、
「……ソンちゃん! …………」
とびこんだ。
心臓がうごいているのがわかる。
体がある! あたたかい!
生きてるッ!
――これは地球の倫理や道徳に、きっと反することだろう。
しかし、オレはこうすることが正しいと思う。
キミの遺伝情報をもとにして、白石
「吹雪から地球をまもったね! えらいっ! さすが、私の自慢の弟だ! このこの!」
「い、いたいって」
――ん? 復活かな? それとも再生?
とにかく、この世に生まれさせたんだ。
もちろん記憶つきでね。さしあたって、世界のほうも再起動しておいた。さっきブラックアウトしたアレだよ。
彼女をとりまく環境のほうの帳尻合わせもバッチリさっ。
「ソンちゃん、男の子のクセに泣いてるの?」
「姉ちゃんもだろ」
――だけど……彼女の一生に責任を負うのは、ハンパなことじゃない。
生命を与えたのはオレだけど、その決断にいたった最大の理由がキミだということは、絶対に忘れないでくれ。
でもオレには見える。キミたち双子が、お互いに手をとりあって生きていくステキな未来が、ね。
何かのはじまりを
◆
一週間後。
河川敷のゆるい下り坂に、白いレジャーシートを敷いて座っている。
人数は六人。シートは大きめのものを、横に二つならべている。
「なんかイヤなことでもあったのか?」
あぐらに頬杖をついて、ぶっすー、と音のつきそうな表情の
「ソンタ……おまえは立派だよ。おれは、どうしても納得いかねー」
大友がつぶやく。
真上に広がる空は青黒くて、西のほうだけが赤い。
そろそろ午後六時。
「今日は、いつもの髪型とちがうね」
大友の横にすわる、
「だ、だから、なんやねん! ふかい意味は」一瞬、ぼくの親友に視線を送った。「ないっちゅーねん……」
きゃっきゃっと小さな子供たちがシートのないところを元気に走り回っている。
ほんの数日前には氷点下まで気温が落ちていたなんて信じられない、いかにも真夏っていう
「すみません先生、わざわざ来てもらって」
斜め後ろに座っている、白いブラウスに仕事用のスカートの
「なにを水くさいことをおっしゃる。私たちはチームじゃありませんか」
セミロングのゆらゆらした黒い髪を、耳にかきあげる。
ぱしゃ、とシャッター音が近くのどこかから聞こえてきた。スマホに向かって、大学生らしいグループがピースしている。ぱしゃ、ともう一度音がした。
「若いっていいですねぇ」
「先生も、じゅうぶん若いですよ」
「いやいや……ところで、ラス美ちゃんは熱心に何を読んでいるのですか?」
その言葉に反応して、彼女が顔をあげた。
背筋ののびた、いい姿勢の正座。
白地に、赤い花がたくさん
風で長い髪がゆれている。
つややかな黒髪に、キラ、キラ、と七つの星が光った。
「手紙です」
むむむ、と先生がメガネに手をあてて好奇心たっぷりの反応を示して、
「誰からのお手紙ですか?」
と質問した。
ラス美さんにかわって、ぼくがそれに答える。
「ぼくの友人――」
すこし考えて言い直す。
「いえ、ずっと……信じられないくらい遠いところにいる、大事な友だち――です」
なるほど、と先生は深くうなずいて、それ以上たずねてこない。
それなりに察してくれたんだと思う。
“みっしょん”を与えた異星人に関係するのかな? ぐらいには想像しているだろう。
「ところで……」
ラス美さんが口をひらく。
気持ち、ほんのちょっとだけ目が細くなった。
「この文面から
うっ。
さすがの洞察力。
「え? えーと、それは風で飛ばされて……」
シラをきるしかない。
せっかく告白がうまくいったのに。
ほかの女子とも遊ぶ予定があったって、誤解されるのは非常にまずい。
宇宙のかなたのずっ友が残したものの、ラス美さんに見せていない部分。
――ああ、あとこれを伝えておかないと。
日曜日のデートの件。
これも、今となっては“みっしょん”妨害のささやかな抵抗だったんだけど……
あの二人の記憶を書き換えたんだ。
キミ――すなわち白石存太がデートにあらわれて、ありったけの恋愛スキルで徹底的に〈無双〉しまくった記憶にね。
どちらも魅力的な女の子で、どちらもキミへの好感度がMAXまで上がっている。
もしかしたら告白する心が揺れ、キミに迷いを生じさせられる――なんて、ツメの甘い
ちなみに教えてあげると、今回の異常な雪と寒冷化による死者はゼロ。
これはオレじゃなく、“みっしょん”をやらせたほうの
さっきの大学生のグループが、カンパーイ、といっせいに歓声をあげた。
お酒と、タバコのにおいがこっちに流れてくる。
トイレにでもいくのか、急に大友が立った。
――そして最後に。
キミの命がけの“みっしょん”に心から敬意を表する。ソンタ君。じゃあね。
「うるせーーーっ‼」
ぴた、とまわりの空気がとまった。
大友がこぶしをにぎりしめて、けわしい顔で言う。
「おまえら、誰のおか……もが」
「うるさいんは、アンタや」
ケチャップとマスタードがのったフランクフルトを、曳舟さんにつっこまれている。口の中に。
「すんません。この人、ちょっと酔うてまして」大友の頭を片手でつかんで強引に下に押し、自分もいっしょに頭をさげる。
「わたしからも謝ろう」
うおっ。
座っててもそうだが、立ちあがると
怒ってた様子の男性陣が、あっというまにおとなしくなった。吸っていた人はあわててタバコを消す。
さすがラス美さんだ。
「なんでだよ!」声をひそめて、大友がぼくたちだけに聞こえるように言う。「なんで世界をすくったのは――てめーらが今たのしくやれてんのは、たった一人でがんばったソンタのおかげだって大っぴらに――」
ぼくは大友の左に立った。
「いいんだよ。知っているのは、ぼくたちだけで」
「せやで」大友の右側に、曳舟さんが立つ。
「そうです。ヒーローは人知れず活躍するのがカッコいいのです」そのとなりには先生が。
「みろ」ぼくの左には、ラス美さんがいる。
五人で、横にならんだ。
花火があがる。
花火なんか、正直なんどでも見てる。
いつか見たような色と大きさと形のヤツが、ただ、ばんばんと連続で空に打ち上がるだけだ。
ぼくたちはそれを、静かに眺めた。
言葉を発すると、このいいムードが、ぶちこわしになるようで――――
「あー! 花火はじまってるじゃん!」
こんなふうに。
まったく、姉ちゃんはマイペースすぎるよ。
「おそかったね」
「聞いてよソンちゃん、お手洗いがめっちゃ行列でさぁ」
ふっ、とみんな微笑んだみたいな顔になって、ぼくたちはシートに座った。
花火はつづいている。
「二学期から、教室で授業を受けるんですか?」
「そうだ」ラス美さんはやや上に向けた横顔のままで言う。「本当は……貴様と同じクラスにしてくれと希望したんだがな」
「え?」
聞けば、ラス美さんは小三のときに引っ越した海外の学校で、何回も飛び級して高校卒業に必要な単位はすべて取っているらしい。
帰国して転校した際、学校側の配慮で〈高一の入学式〉からではなく、高二からスタートしたそうだ。
「残念だが……わたしは貴様より、一年もはやく卒業してしまう……」
「たった一年じゃないですか」
えっえっ? と姉ちゃんの声。
なんでだよ、とはっきり苦情をいう大友。
あほっ、と曳舟さん。はよはよ、とも言っている。
(ぼくとラス美さんを、二人きりに――)
された。
行儀よく正座する彼女のとなりに、体育座りのぼく。
「きれいですね」
「えっ⁉」
ばっ、と高速で顔がこっちに向いた。
顔が赤い……のは、ちょうど赤色の花火があがっているからかな。
「浴衣が」
「そ、そうか」
「浴衣とラス美さんが」
「貴様……」
つん、と視線をはずされてしまった。
まいったな、と思っていると、
「白石ちゃん。これ」
いつのまにか近づいていた先生が、ちょんちょんと肩をつついて、ぼくに何かを手渡す。
そして、ぐっ、と両手のグーを顔の前でつくる。あとはがんばって、って言ってるみたいだ。
これは写真?
つるつるした光沢がある紙に印刷された、ちゃんとしたものだ。
(!)
なるほど……そうだよな……貴重な〈あの瞬間〉を、ラス美マニアが見逃すはずもない。
もしかして、ホワイトアウトした屋上でドローンが遠ざかったのは、これを撮ることが目的だったんじゃないのか? 雰囲気を邪魔しないために。
「ん? 白石、なにを見ている」
「記念品です」
「みせてくれ」
ぼくは、それをわたした。
ラス美さんの顔が、みるみる赤くなっていく。
いま空にかがやく、どんな花火よりも赤く。
「い……いつ撮ったんだ! わたしに無断で――」
ぽろっ、と彼女が手にもっていたものを落とした。
ぼくがキスしたから。
七色に照らされる写真。
それは、ぼくが吹雪になる前に告白をつけたことを、あきらかに証明する一枚だった。
[おわり]
吹雪になる前に告白をつけるんだッ! 嵯峨野広秋 @sagano_hiroaki
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